宇宙港の戦い 17
イゾーロ・ヤマモトが、マジックミラー越しに初めてイラコ・ジーゲルを見た時、妾腹の第四皇子はロールシャッハテストを受けているところだった。
ロールシャッハテスト。
左右対称なインクの染みを見せ、何を連想するか被験者に答えさせる。
答えた内容によって、被験者の精神状態を分析するという精神鑑定手法だ。
だが……。
「乾いたあとにもう一度垂れた血」
「左右とも同じ人間だけど、片方は偽物」
「潰したテントウ虫」
「見えてはいけない模様」
「人の顔だけど、皮を裏返しにかぶってる」
「何かを食べてる影。何を食べてるかは言えない」
「死体が蝶のふりをしている」
「向こうから誰かが覗いてる」
「見たことある。この形で夢に出てきた」
「何にも見えない。誰かが消した」
二歳くらいの小さな黒髪天然パーマの子供が、ニコニコ笑顔かつ、ノータイムで連発している回答は、イゾーロがそれぞれの染みに対して抱いた印象とは、まったく異なるものであった。
「それにしても、どうしてパジャマの上にガウンを着ているのですかな?」
「世話をさせているメイドの話によると、最近お気に入りのファッションらしい。
まあ、子供とはそういうものだ」
隣に立って見守っていた人物が、イゾーロの質問に答える。
彼の立ち位置を考えれば、こんなマジックミラー越しではなく、直接イラコ皇子の傍らに立てばよかろうものだが、逆に、その立場があればこそ、そうもいかないのだろうか?
「む――見ろ」
その彼が、鋭くつぶやく。
無論、彼以上に年を取っており、すでに老人の域へ入っていた当時のイゾーロとて、これを見逃しはしない。
ロールシャッハテストを受けているイラコ皇子に対し、インク染みが投影されたスクリーンを後ろから押し退ける形で、突如として野球ボールが投げ込まれたのだ。
子供相手だから球速はゆるいが、それにしてもこれは――不意打ち!
しかも、ちょうどイラコ皇子のおでこに当たる軌道で、アーチを描いている!
幼子がこれを受ければ、さぞかし泣きわめくだろうと思いつつ、どうすることもできないイゾーロは身を固くしたが……!
――パシィッ!
……と、幼さに見合わぬ見事さで、イラコ皇子がこれをキャッチしたのである。
グローブすら使わぬ素手!
球速のゆるさを加味しても、明らかに年齢離れした動きだ!
しかも、驚くべきはそれだけではなかった!
「……三」
キャッチした野球ボールに目もくれないまま、イラコ皇子が宣言したのであった。
「……キャッチしただけでなく、あの数字を読み取ったのか!? あの幼さで!?」
当然、イゾーロはボールの表面に『3』とマジックで書かれていたのを捉えている。
だが、投擲された野球ボールであるからには当然だが、ボールそのものが回転しているのだ。
これに資質を感じぬならば、武芸者ではあるまい。
が、問題は……?
「あのロールシャッハテストの内容、果たして、何を意味しているのか……?」
心理学者ならぬイゾーロであっても、イラコ皇子がインク染みから想起した内容を思えば、予想はつく。
「……生粋のサイコパス。
有り体に言ってしまえば、そう結論付けられる。
自らのそれも含め、命を命と思わず、そのやり取りから得られるスリリングさに至上の喜びを感じるだろう、というのが心理学者の見立てだ。
無論、このロールシャッハテストだけではなく、様々な方向性から鑑定した上での、な」
そして、隣に立つ人物が告げたのは、その予想を肯定するものであったのだ。
「……さて、それを聞いて、私はどうすればよいのかな?
精神の矯正は、明らかに専門外だが」
肩をすくめながら尋ねると、隣の人物――銀河皇帝フリードリヒ・ジーゲルは、報道でもますます威厳が増してきた顔を厳しくしながら、こう言ったのである。
「お主には、あの子に……イラコに、M2の操縦を叩き込んでやってほしい」
「ほおう? これは意外なことを。
モノの感じ方や考え方が危ういので、常人のそれに矯正してほしいと、そう言うのかと思いましたがな」
「あれは天稟だ。
むやみやたらにその才を潰すのは、惜しい。
もっとも、単純に好戦的なままでいて簡単に命を散らしては困るゆえ、そこに関しては教育するが……それは、あれの母が――」
――PRRRR!
着信音。
「はい、もしもし、フリードリヒ・ジーゲルですー!
……うむ、うむ。
承知した」
傭兵時代というか、庶民上がりの癖が一ミリも抜けていない着信の挨拶をした後、思い出したように威厳をまといながらうなずいた銀河皇帝が、携帯端末の通話を終える。
「それは、あれのママが自ら担当するそうだ」
……どうやら、呼び方を訂正させられていたらしい。どうやって察知したかは、怖いので考えないことにした。
……“鋼鉄の侍女”。
第四皇子イラコの母――。
――PRRRRR!
――第四皇子イラコのママ。
……着信音が途切れる。ゆ……許された。
第四皇子イラコのママであるメイドは、銀河最大の不可侵存在なのだ。
なお、本名は知らないが、今はイラコママと名乗っていた。
「ただ、知っての通り、彼女は惑星レクの……あー……」
「……イセタウン」
街の名前も出てこない白人の皇帝に少し苛立ちを覚えながら、これを教えてやる。
「そう、そのイセタウンで暮らしている。
余の妃が、その……なんだ。
非常に怒っているのでな。
だから、余自身も、今こうしているように、イラコを見る時は間接的な形を取っている」
「浮気で子供を作ったとなれば、さもありましょう。
それで、第四皇子殿下のママが直接にM2の操縦を教えることは難しいから、私にやってほしいと?」
「うむ。
我が妃の怒りが収まる頃合いを見て、イラコは定期的にママと会わせてやるつもりだがな……。
まさか、惑星レクまでM2を持っていかせるわけにはいくまい」
「はっはっはっはっは……」
我ながら、驚くほどカラリと乾いた笑い声が漏れた。
それから、ジロリと銀河皇帝を見やる。
長身の上、生半可なボディビルダーでは及ばぬほど筋肉質なこの皇帝に対しても、一切引かぬ胆力がイゾーロには備わっている。
「これが、あなたなりの敗軍の将の扱い方ですかな?
妾腹の息子を預けて、懐柔しようと?
そのママとも、知らぬ間柄ではないから?」
「そんなに、複雑なことは考えていない。
ただ、頼めると踏んでいる人間の中で、お主が最も腕利きであるというだけだ」
真っ直ぐな眼差しを向けると、真っ直ぐな眼差しが返ってきた。
かつての部下であり、今はサンダーアイと呼ばれている傭兵――メケーロ・ビルケンシュトックは、この皇帝の良き戦友であるらしいが、こういう気性に惹かれたのだろうか?
しばし、沈黙。
考えた末にイゾーロの口から漏れたのは、自身、思いもよらぬ言葉だったのである。
「……一つ、条件が」
「聞こう」
「無論、本人が興味を示せばですが……和菓子の作り方を教えても?」
「ワガシ?
……ジャパンの菓子だったか?」
これに対し、きょとんとした顔になる銀河皇帝だ。
「意外だな。
お主に、そんな趣味があったとは」
「生来の甘党が高じた、というだけのことですがな」
「まあ、これといって却下する理由はないが、どうしてだ?」
やはり、素のところは一般庶民なのだろう。
威厳の皮が剥がれた皇帝陛下に対し、微笑を浮かべながら答える。
「孫の方は、あまり菓子などに興味がないようでしてな。
せっかくの技……誰かに伝えたいと、ふとそう思ったまでのこと」
こうして……。
かつてのフリーレン自由商業同盟突撃機動軍指揮官、イゾーロ・ヤマモト元大佐は、第四皇子イラコ・ジーゲルの家庭教師陣に加わったのであった。
--
その教え子が、ママから受け継いだ機体――タイゴンを駆り、この白光と対峙している。
「伝えた技、この手で途切れさせるのも、また一興か」
イゾーロはつぶやきながら、ロングソード二刀流による苛烈な攻めを継続するのであった。




