宇宙港の戦い 12
「ふぅー……」
狭苦しいコックピットの中で呼吸を整えながら、対面する相手――タイゴンの黒い機影を見やる。
足場などない宇宙空間で片足立ちするかのように右脚を畳んで持ち上げ、右手はすくい上げるように、左手は頭部を上から庇うように……。
イラコが戦う際、基本としている格闘の構えだ。
対するアルファードのタイゴン弐式は、両手をポケットパーツに差し込んだまま、自然体で立った姿。
一見して、無防備。
実際としても、無防備。
しかし、居合斬りが静から動へ爆発的に転化させるのと同様、これこそが、最も素早く得意の蹴りをねじ込んでいけるスタイルなのである。
「お互い、飽きるくらいにこうやって向き合ったよなあ」
祖父イゾーロの屋敷に備わった道場で、何度となく対峙した時のことを思い出しながら、つぶやく。
レーザーによる通信回線は繋がったままであるため、この声はイラコにも聞こえているはずであった。
『ああ。
けど、M2でこうして向かい合うのは、初めてだ』
宇宙空間に漂いながらであるというのに、小ゆるぎもしないまま構えを維持するタイゴンから、イラコの言葉が返る。
互いの視界に存在するのは、お互いの機体のみ。
ハッキングされた戦艦が生み出す粒子光や爆光は、見えていて見えない存在と化し、余分なもの全てが世界から取り除かれた。
「こうなっちまったし、いい機会だから言っとかないとな。
実は、前々からお前に言ってやりたいことがあったんだ」
『ああ、そいつはよくないな。
さっさと言ってスッキリしようぜ?』
「じゃ、遠慮なく。
なんでお前――そんなに遅いんだ!?」
それを合図とし……。
弐式が、純白の機体を彗星のごとく突進させる!
スラスターの推力だけではない。
瞬時に腰を屈めての捻りが生み出す運動エネルギーと、足裏の電磁ソールが生み出す電磁エネルギーをも取り込んでの、瞬間移動じみた動きだ。
イラコとイラコママが得意とする縮地は、アルファードも見取り稽古でモノとしているのであった。
そこから放つのは、素早く脚を折り畳んで繰り出す――前蹴り!
その名も、アプチャプシギ!
テコンドーにおいて基本とされる、足指の付け根を当てにいく一撃だ!
だが、このタイゴン弐式の足に五本の指は備わっていない。
代わりに装備されているのが、電磁光をまとった電磁ソール!
見る者を鮮やかに魅せるレッド・ソールが、四半世紀前に試作された原型機へと放たれたのだ!
コックピットの中で、目配せ。
「いつものひとつ」
微笑いかけながらの一撃を、タイゴンは後ろへのステップで回避。
甘い! それだけならば、踏み込んで蹴り抜く!
だが、タイゴンは下からすくい上げるように構えていた右手を持ち上げ、振り払うようにしてみせたのだ。
相手の五指で電磁光を放つのは、『超キュートでクールで可憐な天才美少女の第四皇女エステちゃんが開発した電磁格闘爪――ラスティネイル』!
電磁ソールと電磁ネイル……両者が一瞬だけ触れ合い、バチバチとした電磁光の干渉を生み出し、反発。
その衝撃により、先手必勝の前蹴りは弾き返された。
だが、まだまだ終わらない。
トルリョチャギ!
ヨプチャチルギ!
右のネリョチャギ! 左のネリョチャギ! 右のネリョチャギ!
アプチャプシギ!
イラコママから教わった暗殺拳……ではなく、無料動画で見たのを教えてくれたというテコンドーの特徴は、ローキックが存在しない点だ。
おおよその技は、胴体部から上を狙う一撃の重さを重視したものとなっている。
これはつまり、コックピットブロックなどの急所が胴より上に集中している対M2戦においては、はなはだ効果的ということ。
左右の脚で交互に放つ三連かかと落としも混ぜ込みながらの連撃を、タイゴンは滑るように後ろへ移動しながらかわし、いなしていく。
防がれているといえる。
防ぐことしか、させていないともいえる。
蹴り技において最速かつ、他の格闘技においては基本とされる下段蹴りが存在しないテコンドーで、これほど猛然と攻め続けられるのは、ひとえにアルファードの技量あってのこと。
そして、秘密といえるのが、両の腰に増設したポケットパーツだ。
これは何も、格好付けのために備えたわけではないし、付け加えるならば、生身のアルファードが普段、ポケットに両手を突っ込んでいるのも、無意味にやっているわけではない。
これこそが、キックスピードを上げる源泉。
両手の動きを腰に乗せることで、肉体全体の運動ベクトルをも腰部に集約。
通常では考えられぬほどの鋭さを、一撃一撃へ付与しているのであった。
「どうしたどうした!
そんなもんかあ!?」
『……あんたに聞きたいことがある』
「ああっ!?」
タイゴンはすでに構えを変えており、中腰のまま両手を前に突き出し、盾とするような姿勢になっている。
その状態で両手のラスティネイルを起動させ、電磁光が輝いている様は、まるで彼岸花が咲いているかのよう。
花弁を思わせる形で開かれた十本の電磁爪が、かろうじてのところで、弐式の蹴りを受け流し続けているのだ。
『イゾーロ先生は、今回の件に関与しているのか?』
「ああ、そのことか!」
納得を覚えながらも、攻勢は緩めない。
問答で隙を生み出すなど、対人戦闘においては基礎中の基礎だ。
「安心しな! 爺ちゃんは何も知らねえよ!
全部、俺たち世代で計画したことだ!
銀河帝国の支配が、我慢ならなくてなあ!」
嘘である。
だが、主導がアルファードたち世代なのは、事実。
『なぜだ!?
少なくとも、この惑星レクは繁栄しているじゃねえか!?』
「……繁栄、ね。
まあ、見た目上はな。
なあ、覚えてるか? お前に見せた1967年の映画!
シドニー・ポワティエって俳優が主演のやつだ!」
『忘れるもんか! アレで俺は、20世紀から21世紀の映画が好きになったんだ!』
「そーそー、そうだったな」
苦笑しながら、ピットロチャギ!
上段にねじり込むような軌道を描くガード殺しの一撃も、タイゴンの電磁爪は受け流してみせた。
「お前、あの映画を見て随分と憤ってくれたよな!
第二次世界大戦も終わって、20世紀も後半戦迎えてた時代にこんな差別がまかり通っていたなんて、許せないって!
けどよ! あれが世の真理だ!
差別は残っている! 夜の大捜査は、まだ終わっちゃいない! 人類の夜は明けていない!
だから、俺たち日系人はイセタウンなんて辺鄙なところへ押し込められる! 文化保全という正義のお題目付きでな!
お前だって、日系の血が入っているからって、随分とイチャモン付けてこられたはずだ! なかったとは言わせねえぞ!」
『あった! あったが、帝国に反乱を起こして、それがマシになるっていうのか!?』
「少なくとも、悪くはならねえさ!
フリーレーン自由商業同盟に属していた時代は、欧米系民族主体の銀河帝国が統治する今より全然マシだったと聞いてるしな!
日系人の爺ちゃんが、軍で出世している!」
――トラヨプチャチルギ!
一瞬、背を晒すという隙を見せながら放つのは、テコンドー最大最強の一撃!
蹴りというよりもはや砲弾のようなそれを、タイゴンは後ろへ大きく飛びのきつつ、十本の爪全てでどうにか弾く!
「なあ、イラコ!
もう一度言う! 俺たちに付け! そして、頭となって導いてくれ!
鶏口牛後だ! チキンになれ!
今日が落ちる前夜だ!」
次は……次は、アプ――。
『――知ったことかあっ!』
蹴りから蹴りへと移行する狭間の隙。
コンマ数秒にも満たぬアルファードのそれを縫い、タイゴンの拳が弐式の顔面を打ち抜く。
「――ぐっ!?」
四つあるカメラアイの一基が死んだ!?
だが、不可解なのは、電磁ネイルを用いず、脆いマニピュレーターで殴りつけてきたこと。
発勁の応用なのか、運動エネルギーを余さずこちらの電磁シールドへ流し込んだらしく、五指を破壊するような無様は晒していなかったが、そもそもラスティネイルで切り裂いてくれば、もっと大きなダメージとなっていたのだ。
意味が分からない。
いや……手を抜いた?
というより、ここまで抜かれ続けていた?
困惑するアルファードに、イラコはこう告げたのである。
『ゴチャゴチャうるせえ!
ブッ殺したくなったなら、ブッ殺す!
男が拳を握る理由は、それだけだ!』




