宇宙港の戦い 10
「なんだこれは……?
なんなんだこれは……?」
カワハラがうめいたのは、致し方のないことであろう。
人間でいうならば“口”にあたる部分を展開させたベレンジャーの面構えは、あまりに異形な代物だったのである。
何しろ、これは……!
「マスクパーツの中に、“目”を隠し持っていただと……!?」
そうなのだ。
狙撃を本領としているからだろう……ベレンジャーの頭部に備わっているのは、単眼タイプのカメラアイであった。
だが、マスク状のパーツ――正体を知った以上、これはクラッシャーと評するのが適切か?――が開いた中に出現したのは、もう一つのカメラアイなのである。
口の中という、おおよそ通常の生物では、舌以外の感覚器が存在するなどあり得ない箇所に、それが存在する……。
いかに相手がマシーンであるとはいえ、人間という生物を模した上でそのような様を見せられては、本能的な嫌悪感を抱くのは当然であった。
しかも、しかもだ……。
「こいつ……喜んでいるとでも、いうのか?」
本当の顔を明らかなものとしたベレンジャーが、肘から先の消失した右腕と健在な左腕を掲げ、第二の“目”で吠えるかのようにしている。
その様は、さながら対戦相手を威嚇するプロレスラーのよう。
女性がパイロットということもあり、どこか華奢で壊れやすそうな印象があったこれまでとは一線を画す……野性味すら漂うパフォーマンスだ。
そう、これはパフォーマンス。
なんの意味もない威嚇行動。
「ハッ……! ハッタリをかけてくれやがる!
冗談のブラフ……視線のフェイク……!
そんなもんが通用するこのおれっちじゃねえぜ……!」
そのことに思い至り、余裕を取り戻すカワハラである。
確かに、右手の粒子小銃を捨ててしまった今、カワハラのサムライ・ドンナーはまったくの無防備。
それに対して、ベレンジャー側はかかとに仕込んでいた電磁ヒールクロウというアドバンテージを見せつけていた。
だが、それがどうしたというのか?
カワハラ自身がカラテ技を習得している以上、このドンナーは無手の状態であっても、全身凶器。
かかとのクロウなどという、いかにも扱いの難しい武装を取り出したところで、恐れることはない。
口部に仕込んでいた隠しカメラアイと合わせて、コケオドシとみるのが妥当だろう。
いや、そうみたい。
つい先ほど、渾身の連続攻撃をかわしきられた事実が、カワハラの自信に陰りを生んでいた。
要するに、だ。
今のカワハラは、敗北を予感していながら、そこから目を逸らしていたのである。
それも、影響したのだろう。
「チェイアアアーッ!」
カワハラが選んだのは、これまでで最も強烈な一撃。
そして、カラテの基本にして奥義。
サムライ・ドンナーは、腰を深く落とし、真っ直ぐに相手を突いた!
……右の正拳突きだ!
これならば、あのイラコにすら通ずるだろうという最大の得意技は、しかし――当たらない。
いや、正確には、当たったように見えた。
確かに、コックピットブロックが存在する箇所を貫いたと、そう思えたのである。
が、手応えはなし。
サムライ・ドンナーの万力じみた手で作った拳が貫いたのは――赤い残像だったのだ。
「――何っ!?」
瞬間……。
カワハラの首筋に、ひやりとした感覚が走る。
まるで、刃物を押し当てられたような気分……!
「――おおっ!」
迷わずサムライ・ドンナーを前に跳ばせたのは、英断。
サブモニターに映し出したバックカメラの映像は、こちらの頭部があった箇所を横薙ぎにするヒールクロウの電磁光を確かに捉えていた。
「うっ……おおっ……!」
機体各部のスラスターを巧みに操り、地面などない宇宙空間で前転を決めるかのように動く。
そうして、立ち上がったかのような姿勢で背後を振り向くと、フラミンゴのごとく左脚で片足立ちとなったベレンジャーが、ゆらりと持ち上げた右脚を揺らめかせていたのである。
「あの一瞬で……!
おれっちの背後に回り込んだ……!」
そして、こちらは相手の残像に拳を叩き込んでいた。
それが、この攻防の真相。
これでは……!
これでは、まるで……!
「イラコっちやイラコママが得意にしている縮地……!
妹ちゃんも習得していやがるっていうのか……!?
いや、鍛えているようには見えなかったから、M2限定で再現できる……?」
その問いへ、応えるかのように……。
あるいは、カマキリが獲物との距離を見定める時のように……。
ベレンジャーは、上下二つのカメラアイが備わった異形の頭部を傾げる。
そして、カメラアイのレンズに反射している光が、尾を――引いた。
超スピードで動いたのだ。
「――ううおっ!?」
ベレンジャーが繰り出したのは、カワハラのカラテや、アルファードが使うテコンドーとはまた異なる、上段の突き蹴り……。
だが、戦場が道場の畳から、地面なき宇宙空間になろうとも、培ってきた技は嘘をつかない。
カワハラの操作を受けたサムライ・ドンナーは、頭部に蹴りが突き刺さるスレスレのところで、この突き蹴りを回避。
さらに、首を限界まで折り曲げることによって、続く攻撃――ヒールクロウがすり抜ける形での斬撃も、避けきる。
直感的な動作であったが、もし、これを怠っていたならば、ブラウン管テレビを思わせるドンナーの頭部は、真っ二つに切り裂かれていただろう。
だが、安心などしている場合ではない。
一撃で終わる格闘技の技など、基本的に存在しない。
多くの格闘術は、その後に続ける連撃をも見据えているものなのだ。
「くそがっ……!」
毒づきながら、ベレンジャーが放ってきた続く蹴撃をしのいでいく。
まずは、空中で身を翻しながら放ってきた左脚のローリングソバット。
これは、しゃがみ込むような挙動で回避。
が、これは攻撃でありフェイント。
ベレンジャーはローリングソバットを振り抜ききることなく、空中でピタリと静止。
そのまま、左脚のヒールクロウを突き刺さんとしてきたので、大きく飛び退く動きで避けた。
だが、ベレンジャーの攻め手……いや、攻め脚は衰えない。
そのまま、右脚一本立ちの姿勢で宙を滑るように移動しながら、左脚での連続蹴りを繰り出してきたのだ。
膝から下を小刻みに動かしての連続キックは、そうでありながら腰の動きも乗っており、十分な威力を予感させる。
また、単純に蹴りだけを回避しても、その後にヒールクロウで切りつけようとしてくるのが、ひたすらに厄介だった。
本来一手であるはずの攻撃が、二手に化けている形。
対処に回された時点で、こちらは後手の後手を踏まされているのだ。
一見して扱いづらいだけに見えたヒールクロウが、なんという脅威……!
いや、恐るべきは、このような武装を十全に使いこなしてみせる第三皇女ディートの実力か……!
「は……反撃できねえ……!」
ついに、ベレンジャーの左脚による蹴りが、サムライ・ドンナーの胴体を打ち抜く。
互いの電磁シールドが干渉し合い、それは決定打にならなかったが、しかし、致命的な隙は生み出された。
宇宙空間であえて跳躍するような姿勢を見せたベレンジャーの右ヒールクロウが、防御の間に合わないこちらの胴体に――突き刺さる!
「イ……イラコっち……!」
最後、カワハラの口を突いて出たのは、そんな言葉。
そして、最期に見た光景は、メインモニターに映し出されたベレンジャーが、ヒールクロウを突き刺したまま、雄叫びを上げるかのように上体を逸らした姿であった。
そこからベレンジャーが放ったのは、突き刺さったヒールクロウを基点に、バク転しながらの左蹴り!
これによって突き飛ばされたサムライ・ドンナーの内部機構は、クロウの電磁エネルギーで甚大なダメージを受けており、結果、リアクターは核融合爆発を引き起こしたのである。
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「褒めてあげるわ。
これ、イラコに使うつもりの切り札だったのよ?」
ディートは内側からの爆発に飲まれ、消滅していくサムライ・ドンナーの姿を見ながら、そんな言葉を漏らしていた。
言い終えるなり、展開されていた両足のヒールクロウを収納。
口部クラッシャーも閉じられ、ベレンジャーは本来の面構えを取り戻す。
普段隠されているもう一つのカメラアイを剥き出しとすることで、接近戦に対応可能な立体視を得ていたのだ。
「一体、どんな奴がパイロットだったのかしらね?」
敵機が爆散した空間……命の残滓すら感じられぬそれを見ながら、つぶやく。
だが、それはまさに一瞥。
すぐに興味を失い、ディートは操縦桿を操ったのである。




