宇宙港の戦い 8
正面メインモニターの一部を切り取ったウィンドウに表示されるのは、ベレンジャーの単眼型カメラアイによる高倍率映像……。
その気になれば天文学の分野にも応用できる高性能なカメラは、遠方でランダムに艦首大口径荷電粒子砲を発射する火力艦の艦首基部を、ハッキリと映し出していた。
この箇所を破壊すれば、火力艦という艦種は攻撃能力をほぼ喪失し、置物と化すのだ。
「すぅー……はぁー……」
吐き出した息に従い、ディート・ジーゲルを構成する全身の細胞が脈動。
それが操縦桿へと伝わり、ウィンドウ内に表示された照準を、大きく震わせる。
何しろ、標準的なスペースコロニー数基分もの規模があるレク宇宙港であるから、ここから火力艦たちが接続されていたブロックまでは、60キロメートル以上もの距離があるのだ。
結果、近くて遠い狙撃用ウィンドウ内のレティクルは、ディートの指先がコンマ数ミリブレただけで、敏感な反応を示すのであった。
普通に考えるならば、精緻な射撃など行える距離ではない。
だが、問題はなかった。
それをこなせるからこその第三皇女ディートなのであり、ベレンジャーなのである。
「ッ……!」
息を止める。
同時に、ユカタに包まれた全身も硬直。
パイロットシートの肘置きを利用して、右腕は肘関節ごと固定。
体中の骨が、肘置きと一体化してロックされるイメージ……!
筋肉というものは、たやすく収縮するもの。
骨による固定こそが、真実の静止であった。
そして、肘置きを介して自身の骨格そのものが機体と繋がるかのようなこの瞬間が、ディートはたまらなく好きだ。
いや、繋がるかのようではない。
真実、ベレンジャーとディートは今、一体となっている。
その証拠が、これから行う狙撃。
そっと引かれたトリガーに従い、ワインレッドの機体が構えていた粒子狙撃銃が、秘められた力を解放した。
ベレンジャー本体に内蔵されている新型リアクターが、通常仕様のドンナーとは隔絶した出力を発揮。
マニピュレーターのコネクタから、粒子狙撃銃に莫大な電力を供給する。
それによって、狙撃銃内の粒子加速機構が恐るべき力で重金属粒子の加速を実行。
膨大な熱エネルギーを秘めた荷電粒子の奔流が、銃口で収束し、放たれた。
反動はない。
当然、銃声もない。
M2サイズとしては規格外の高出力ビームが、レティクル通り、火力艦の艦首……正しくは、そこへ張り巡らされた電磁シールドへと直撃する。
シールドと狙撃ビームのせめぎ合いが、バチバチと、恐るべき明滅を生み出す。
補正されたカメラ越しだからよいものの、もしも生身で見たのならば、目を焼かれること疑いなしだ。
そして、その明滅が収まった先……。
狙った火力艦は――健在なり。
いや、それどころではない……無傷!
圧倒的、無傷だ!
これは、ごくごく当然のこと。
全長18メートルのM2が、全長400メートル以上の戦艦と力比べをしたのだ。
いかに兵器史では矛側が盾側に対し優位だといっても、限度というものがあった。
同クラスの機動兵器ならばたやすく溶解させる一撃も、戦艦にとっては蚊に刺されたようなものなのである。
「……」
それはつまり、蚊に刺された程度の痛みはあるということ。
ならば、問題はない。
水滴が、岩を穿つように……。
何度となくアタックすればいいだけだ。
二射目。
三射目。
四射目。
ドンナーならばとうにリアクターが限界を迎えているだろう連射を、ベレンジャーは苦もなくこなす。
惑星の磁場も補正に入れての連続射撃は、最初の一発が命中した艦首基部へ、寸分違わずに叩き込まれた。
こうなれば、いかに戦艦サイズの電磁シールドといえど、たまったものではない。
ビームが直撃するごとに、火力艦を守る電磁シールドは、明らかにそのスパークを弱らせており……。
四射目で――決壊。
ついに、荷電粒子ビームの貫通を許したのだ。
電磁シールドの守りがない生の装甲など、粒子兵器にとってはトウフのようなもの。
複合装甲に仕込まれた熱吸収機構など気休めにもならず、ベレンジャーの放ったビームが、艦首基部を直撃。
これを溶解させ、大口径荷電粒子砲をものの見事にへし折った。
「ハァー……」
ここで、ようやく停止していた呼吸を再開。
通常の戦闘ならば、さっさとこのポイントを捨てて別の箇所から狙撃を再開するところであるが、今回はそうしない。
何しろ、今このレク宇宙港で暴れているのは、ハッキングされてランダムに砲撃している戦艦たちだ。
理由はわからないが、そう複雑なプログラムは用意できなかったのだろう。
特に計算も学習もなく、本当にただバカスカとビームを撃っているだけなので、通常の人間相手に要する駆け引きは必要ない。
唯一、それが必要だろうサムライ・ドンナーたちに関しては、あのシレーネ王女が……というより、エステが手がけた改修鹵獲機が散々に翻弄し、ヘイト役を引き受けてくれているのであった。
ゆえに、ここで足を止めたまま、次なる火力艦を――潰す!
「……っ!」
また呼吸を止め、骨格から機体と一体化しての連続射撃。
やはり、全く同じ箇所に四発撃ち込めば十分ということだろう。
さっきと同様、火力艦の一隻が自慢の艦首大口径荷電粒子砲を溶解され、無力化される。
何しろ自軍の戦艦なのでもったいない気持ちはあるが、これら火力艦の砲撃がもたらしている被害は、あまりに甚大。
現代戦において最大最強の火砲がかすめれば、それだけで戦艦級の電磁シールドも耐えきれず小中破。
直撃した艦は、大破轟沈の憂き目を見ていた。
最も被害甚大なのは、的として大きく何発もの直撃を受けている宇宙港そのもので、さすがにケタ外れの電磁シールド圧である程度は防いでいるものの、人的・物的双方で、すでに取り戻しが難しい被害を受けている。
とくに人的資源の取り返しがきかないことを思えば、たかが戦艦、破壊するのは仕方がなかった。
兵器など、また作ればそれでよいのだ。
「はぁー……ふぅー……。
っ……!」
またも同じように、四連射で無力化。
知識のない者が見れば、これは、実にたやすい仕事であると思えるだろう。
何しろ、ろくに回避運動もしない相手を撃つのだから、これはゲームセンターのシューティングシミュレーションよりもたやすく見える。
しかも、M2に搭載された学習コンピュータの大いなるサポートが得られるのだ。
だが、分かる人間からすればこれは――神業と呼ぶのも生ぬるい。
前述通り、標的との距離は60キロメートル以上。
磁場などを考慮しなかったとしても、単純な計算で、発射時一ミリ銃口がズレれば、最終着弾地点は30メートルもズレることになる。
それを、瞬く間の四連射で、寸分の違いもなく全く同じ箇所に当てているのだ。
機体を構成するネジの一本一本に至るまで完全に意識を合一させ、その上で、余人には到達し得ない第六感じみた超感覚を働かせなければ、実現不可能な境地。
その上、この神業でもう三隻もの火力艦を無力化していた。
消耗の程は、推して知るべし。
ディートの全身からはびっしょりと汗が流れ出し、ユカタを湿らせて体に貼り付けている。
おかげで、ディート自身も完璧を自負しているプロポーションが、ハッキリと分かる有り様になっており、これはもう、扇情的な格好であるといって相違なかった。
一分一隻のペースで仕留めた結果、合計で100秒以上も呼吸を止め、極限の集中状態を発揮していた脳は酸欠寸前。
「はぁー……はぁー……」
荒くなりすぎないよう注意しながら、深い呼吸で息を整える。
「――っ!?」
つまり、隙だらけとなっていたところで感じたのは――殺気。
気がついた時は、もう遅い。
猛烈な閃光の渦が、ベレンジャーに襲いかかっていた。
例えるならばその輝きは、世界を変える一撃だったのである。




