宇宙港の戦い 3
「さて……」
荷電粒子の閃光と光子魚雷の爆光が弾ける中、敵首魁の打破をイラコに託したディートは、あらためて愛機ベレンジャーの単眼型カメラアイを巡らせる。
このSVT-960-001ベレンジャーは誰が見ても分かる通り、狙撃に特化した機体だ。
となると、素人ならば誰もが思うのは、天文学者が舌なめずりしたくなるほど高性能なカメラアイをフルに作動させ、手にした大型粒子狙撃銃で遥か遠方から標的を狙い撃つ姿。
だが、それは仕事の最後の最後に行う姿……レストランにおけるサーブの行程であって、スナイパーという兵種が誕生した20世紀から今に至るまで、狙撃という行為で最も重要なのは、状況を見て取って、場所とタイミングを推し量ることである。
スナイピングの本質は、情報収集であり、臨機応変な作戦立案。
で、あるからこそ、妹である銀河一可愛い天才美少女エステは本機を開発するにあたって、そもそものベースを、汎用偵察型M2の設計案から引っ張ってきているのだ。
その性能を十全に発揮できるディート・ジーゲルの視野は、常に広く、俯瞰的である。
ゆえに、深紅のアンティークドールじみた華奢な機体で戦場を一望すれば、おおよその状況というものを把握することができた。
巨大な蜘蛛の巣じみた構造をしているレク宇宙港のそこかしこでは、接続から解き放たれた銀河帝国の宇宙戦艦たちがコンピュータを狂わされたまま、アトランダムな砲撃を行っており……。
不幸にもそれが命中した宇宙港の一部や戦艦は、電磁シールドのスパークを放っている。
ただし、電磁シールドで防げている攻撃は、ごく一部。
ことに、出力の都合上、シールド圧で劣る戦艦たちはそれが顕著で、直撃を受けた艦艇はよくて小破、悪ければ中大破にまでダメージが及んでしまっていた。
これは、ごくごく当然の帰結。
こと兵器開発において、矛盾という中国の故事は決して当てはまらない。
矛と盾の開発競争においては、常に矛側が優位へ立っているものなのだ。
エステが、よくよく見たらレトロフューチャーなのがイカす上、戦艦同士の合体という無茶を果たした都合上、そこかしこで武骨さを感じさせているのがまたカッコイイ、アマテラスオオカミ・サンダーの合体を強行したのも、それを踏まえてのことだろう。
各戦艦の当直員も頑張っているようだが、内部破壊による砲撃の停止活動は、遅々として進んでいない。
ゆえに、超巨大人型ロボットによる格闘戦で直に砲塔などを攻撃し、最小の損害で無力化を図るのであった。
『ディートちゃん。
うちらもアマテラスオオカミ? サンダー? と一緒に、この艦で突貫攻撃を行って、他の戦艦を無力化しまーす』
「了解したわ。
決して無理をし過ぎず、直撃をもらったら、宇宙港の陰とか安全そうな場所を探して退避しなさい。
何より重要なのは、あんたたち自身が生きていることだからね」
『りょー』
やる気はなく……。
けれど、わずかにほほ笑んだ副官ナイーダが、通信ウィンドウを閉じる。
そうこうしている間に、アマテラスオオカミが、早速にも鈍重な巨体を……。
鈍重な……。
鈍……。
「……なんか、すごい小刻みにステップしながら駆逐艦に近付いて、いきなり一隻を無力化したわね」
史上最大の巨体を誇るロボットが見せた動きは、さながら童女が刻むお散歩のステップ。
本来はアマテラスのスラスターとエネルギーバイパスである両脚を小刻みに動かし、右へ左へと瞬間的に揺れ動きながら、放たれた駆逐艦の光子魚雷を回避。
本当なら防御に用いられる艤装である腕代わりの電磁シールドをヤスリのごとく突き出して、不幸な駆逐艦の魚雷発射口を巧みに削り取り、無力化させたのだ。
「……イラコがタイゴンでやってるみたいな動きを戦艦合体サイズで実現してるのはすごいけど、壊れないかしら? アマテラス……」
そういえば、あのバカがいつだったか、タイゴンは母から譲り受けたものだと言っていたような、いないような……。
もしかしたら、実はタイゴン本来の開発目的は、イラコママの無茶なマニューバに耐え得るM2の実現だったのではないだろうか? いやいや、まさかそんな……。
開発元がこのベレンジャーと同じスマート・ヴィークル社であることは間違いないのだし、一時期は落ちぶれたとはいえ、あれほどの大企業が、当時は(おそらく)ガチで小娘だったイラコママ一人のために動くだなんて、そんなそんな……。
……考えないようにしよう。
「あの子たちも、実戦は初めてだけどうまくやってるわね」
座乗艦である斬撃艦フレイヤが、アマテラスオオカミの陰から飛び出し、同じように駆逐艦の一隻を艦首対艦電磁ブレードで削り取っていく姿に、満足感を覚える。
サメを思わせる鋭利な艦影が見せる動きに、迷いはない。
かといって、勇敢に過ぎるということもない。
クールに潮目を見出し、最大限の戦果を生み出す。
それが出来るスタッフさえ揃えられていれば、斬撃艦という艦種は最優のアタッカーとなるのだ。
「普段はやる気がない子たちだけど、いざという時に働いてくれるなら、なんの問題もないわ。
その調子で活躍して、アタシを次代の銀河皇帝に押し上げて頂戴。
そうすれば、アタシの統治のもと、近親婚及び同性婚を許可する法案が可決される……!
アタシは、エステをお嫁さんとして迎えて幸せな家庭を築くのよ……! 子供は三人欲しいわ!
ぐふ、ぐふ、グフフフフフ……!」
誰にも聞かれていないのをいいことに、コックピット内で一人妄想をイグナイテッドさせる。
このコックピット内に、計器を邪魔しない範囲でベタベタと貼り付けたエステの盗撮写真が、無限の力を与えてくれた。
さておき、それらは遠い野望。
今すべきことを積み重ねた先に得られるものだ。
「聞こえるエステ?
そっちは、フレイヤと一緒に近場の戦艦を無力化していきなさい。
アタシは、そうね……。
イラコと兄様の邪魔になりそうだし、イセ新選組の雑魚たちを削っていこうかしら」
言いながら、素早く粒子狙撃銃を構え、発射。
狙撃用のスコープモードなど、使う必要はない。
間抜けにも密集気味で編隊飛行しているのだから、勘働きによる射撃で十分だった。
事実、狙撃というより砲撃に近い大出力で放たれた荷電粒子の奔流は、サムライ・ドンナーの一機に命中し、これの胴部を溶解させたのである。
「この調子でいくわよ——」
そのまま、他の機体に照準を向けようとしたところで、しかし、待ったをかける通信があったのだ。
『——待たれよ、ディート皇女。
ここはあたしに任せ、遠方で暴れている艦の無力化を頼めないだろうか?
粒子狙撃銃の貫通力は、対艦攻撃にこそ発揮すべきだ。
イラコ皇子の援護は、あたしが果たしてみせよう』
この、声は……。
「シレーネ王女?」
あまり絡みがないヨーギル王国の王女にして、弟との婚姻外交を申し込まれているイッコ下の言葉に、うろんげな顔となってしまう。
だが、それも当然のこと。
エステの召使い役は、愚弟に任せられた大任。
もし、よく知らない敵国の女にその援護を譲って万が一のことがあれば、心優しいエステが、多少なりとも悲しむのである。
アレだ。
飼っているセミがある朝、虫かごの中でポトリと倒れているあの無常感だ。
『懸念されるのも、無理はない』
通信ウィンドウが開かれ、ユカタの胸元を安全ピンで留めたシレーネ王女が姿を現す。
そういえば、パイロットとしての顔は見ていない。
せいぜいが兄であるペーターと同等程度の腕前しかないらしいから、危ないので下がっていてほしいのだが……。
『エステ皇女が手がけてくれたこのピノキオ……。
いや、ロビンフッドならば、やれる』
しかし、亜麻色の髪を一つ結びにした娘の顔は、自信に満ち溢れたものだったのである。




