いともたやすく行われるビニール傘をパクるかのごとき行為
銀河帝国第一皇子ベルトルト・ジーゲルがいまだこの惑星レクへと滞在していたのは、近々に最前線へと赴く将兵たちと顔を繋ぐためであった。
おおよそ九ヶ月から一年ほどの期間で、前線の部隊と、後方で休養及び訓練期間を経ていた部隊とを交代させていく……。
ユニット・ローテーションと呼ばれている兵員運用法である。
いかに銀河帝国軍の兵士たちが屈強であっても、人間の心とは脆いもの。
長く前線で暮らしていては、次第に疲弊し、士気を欠いてしまうのは、避けられないものの道理だ。
また、銀河の各方面で戦火を交えながらも、このように後方と前線とで兵を交換する余裕があるというのが、銀河帝国の圧倒的な強さを表しているともいえた。
さておき、今度のユニット・ローテーションは、タキオンネットの通信によって、おおよそまとまりつつあるシレーネ王女と第四皇子イラコの婚姻外交の件もあり、通常より大規模なもの。
かつ、これからを踏まえた結果、銀河帝国軍で古くから鳴らしている将と、今後を嘱望されている若手たちが混成された陣容が後方から選抜されている。
至ジンバニア方面唯一の拠点である惑星レクに滞在している彼らと顔を繋ぎ、あるいは激励していくのは、次代の銀河皇帝であるベルトルトにとって、おろそかにできないことであったのだ。
「ぬうう……!
この第一皇子ベルトルトが、よもやネズミのごとく隠れ潜むことになろうとは……!」
結果、今はこうしてシェルターに身を潜めていたが……。
巨大な蜘蛛の巣じみた惑星レク宇宙港は、滞在する人間を出迎えるべく、実に様々な施設を内包している。
何しろ、スペースコロニー数基分もの大きさを誇る港であるのだから、その規模は、まさしく街……いや、半ば一つの国家と化しているといっていい。
ゆえに、この内部において、存在しない施設はない。
それは、貴人を避難させるためのシェルター・ブロックであっても、同様なのだ。
そのシェルター・ブロックの中でも、とりわけ位が高い人間を避難させるための部屋……。
そこいらのスイートよりも豪奢なロココ様式が特徴的な室内において、ドカリと椅子に腰かけたベルトルトは、鍛え抜かれた筋肉の力をもて余し、己の太ももを叩いていた。
いつ、いかなる時でも戦場に赴けるという覚悟を表すため、この身を包み込むのは漆黒の銀河帝国軍士官服。
その下に存在する肉体は、父の資質を受け継いで鋼のごとく鍛え抜かれており、もしも脱いだならば、見た者は筋肉美のすさまじさに圧倒されること疑いなし。
黄金の髪は軍人の鑑として短く刈り上げられており、普段は文武の両道ぶりを示すべく知性的に光っている青い瞳が、今は怒りで燃え上がっているのを自覚できた。
「緊急事態なのです。
今は、我らが身の安全を何より重視する他ありません」
「左様。
ベルトルト殿下にも我らにも、まだまだ成すべき使命はあるのですから。
軽率に行動し、命を散らすようなことがあっては、言語道断」
共に避難した老人たち——外務卿と広報卿にたしなめられ、軽く鼻息を鳴らす。
「ふん……ままならぬものよな。
この身があまりにも巨大な責任を負っているからこそ、第二皇子めがそうしているように、我が身一つで打って出ることすらあたわぬとは」
忌々しい現実を王者の度量で飲み込みながら、つぶやく。
皇族一の優男であるペーターは、自身の座乗艦である航宙母艦——ウルドで新たに調達したドンナーの調整をしていたところで、このハッキング騒ぎに巻き込まれたのだという。
そのため、他の艦と同様に制御不能となったウルドを、内部から破壊してM2部隊で出撃。
戦艦たちの暴走を、機動戦力で抑えようとしており、他の航宙母艦からも、呼応したM2パイロットたちが、やや乱暴ながら出撃を果たそうとしていた。
「そもそも、賊たちは何者なのだ?
断片的な報告によると、例のイセ新選組とかいう連中の象徴的なカラーリングが機体に施されているようだが……。
よもや、イラコがこの惑星レクで暮らす連中を焚きつけて、謀反でも起こしおったか?
母であるメイドがこの惑星で暮らしている都合もあり、あやつは昔から、ここに長期滞在していたからな」
頭の中でフラッシュするように浮かんだ可能性を、吟味することなく口から吐き出す。
もし、そうならば、決して許しておくことはできない。
せっかく、絵師さんに頼んで発注していたドエロい新パイロットスーツの案が、いくつか上がっていたのに……!
「殿下、憶測は憶測でしかありません」
「いかにも。
このような時は、事実のみを材料とすることが肝要ですぞ」
銀河帝国においては、後方で文を司る者であっても、かつてはなんらかの形で戦地に赴いているものだ。
ゆえに——認めるのは癪だが——30歳にしていまだ戦場を知らぬベルトルトより、覚悟の決まったところを見せるのも、得心がいくところではあった。
「ふん!
本来ならば、このような時にこそ我が座乗艦……。
高速艦スクルドでもって、かかる事態の鎮圧にあたるところなのだがな……!」
捨て台詞を吐きながら思い浮かべるのは、銀河最速を誇る最新鋭の戦艦。
巨大化した矢じりのごときシルエット。
艦首部に計四基装備された連装粒子砲。
まさに、前のみを見据えながら高速で宇宙を飛び回り、ヒット&アウェイを繰り返すための設計美である。
何しろ戦艦サイズの巨体であるため、旋回性能においては駆逐艦に水を開けられていたが、この乱戦じみた局面ならば、活躍の機会はあると判断できた。
まともに出撃できるならば、だが。
「——ッ!?
そうだ! 我が艦は……スクルドはどうなっている!?」
慌てて……そして、今更ながら携帯端末を取り出し、タップ。
タキオンネットで連絡を入れるのは、無論、座乗艦であるスクルドのブリッジ。
そこには、ベルトルト不在時でも艦の性能を十二分に発揮できるスタッフたちが、24時間体制で詰めているはずだったが……。
『——ベルトルト殿下!? 御身はご無事であらせられますか!?』
開口一番、今の留守を預かる佐官が告げてきたのは、そのような言葉であった。
こちらが声をかけることすら待たぬのだから、切羽詰まっている状況がうかがえる。
「無論、このようなことで傷一つでも負うオレ様ではないわ!
それより貴様! その艦は……スクルドはどうなっている!?」
『宇宙港に接続していた他の戦艦と同様です!
艦首の連装粒子砲を、デタラメに撃ち放っています!』
端末から聞こえてきたのは、悲報といえば悲報。
しかし、朗報といえば朗報だ。
かねてより親交を深めていた研究チームが開発——なお、ほぼエステの仕事であったらしい——した最新型のプラネット・リアクターや、同じく新型の装甲素材を採用したコスト度外視のワンオフ艦は、ベルトルトにとって希望の星。
なるほど、偉大なる父皇帝には、あまりの高性能さゆえに、他と足並みを揃えられぬとそしられたが、性能に関して一切の不満は漏らしていなかったのが、ポイントである。
今、ベルトルトは各種の職務と並行し、いわばスクルド級と称すべき新型高速艦の量産計画を推し進めており、そのためにも、フラッグシップであるスクルドそのものを失うわけにはいかないのであった。
だが、ほっとしたのも束の間……ベルトルトは、顔を硬直させることになる。
『……ああ! ダメです!
艦が……艦が勝手に動き出そうとしている!』
「……何っ!?」
目を見開くベルトルトに、スクルドを任せているスタッフが続けた。
『これは……強力な電子兵装を積んだM2か何かが中継して、再び本艦をハッキングしています!
ランダムプロトコルに従って砲撃していたのが、明らかに誰かの意思を受けて高速機動に入ろうとしている……!
火砲の発射は内部破壊で止められる寸前まできていましたが、これは間に合いません!
現場の判断により、総員退艦させて頂きます!』
「お、おい!」
呼びかけるが、プツリと途絶えた通信に応じる者はいない。
長きにわたる戦乱で鍛え上げられた帝国軍の軍人は、このような時に迷わず動く行動力を有するのだ。
「スクルドが……最新鋭の高速艦が盗まれた……」
ゆえに、ベルトルトができるのは、ただ呆然とつぶやくことのみ。
そして、彼は後に知ることとなる。
既存の兵器群と足並みを揃えられぬ高性能ワンオフモデル。
これを有効活用するには、どうすればよいか?
その答えとは、ゲリラ戦であり、テロ行為であるのだ。
もっとも、実際にそれと向き合うことになるのは、腹違いの弟であるのだが……。




