騙し討ち
「こちらに向かってきているドンナーたち! 聞こえるか!?
こちらは銀河帝国第四皇子イラコ・ジーゲルである!
貴君らが私の首を狙っているにせよ、あるいは他の理由で接近してきているにせよ、この通信には応じていただきたい!
なにゆえ、我が友たちが旗印としているのと同じカラーリングを乗機に施しているのか!?
もしや、貴君らは我が友たち——イセ新選組と何らかの関わりがあるのではないか!?
答えられたし!」
タイゴンが優れているのは運動性——各関節の可動域であって、機動力ではない。
その平凡なスラスター出力を最大限に発揮しながら、全領域の通信で呼びかける。
果たして、海面に機影も映らぬ夜空の中、接近してくる所属不明ドンナーは、この呼びかけに——応じた。
『ようようよう。
開幕から元気な挨拶っていうのは、ちともったいないぜ?』
いや、それだけではない。
そうであってくれと願いつつも、頭の冷静な部分がそれはないだろうと否定していた可能性が、実現。
左のサブモニターに通信ウィンドウを開いたのは、薄く金色に染めた髪が天を突くかのように逆立っているイセ新選組Tシャツの男——ゼファーだ。
見てみると、こいつが通信を放っている機体は、大昔のブラウン管テレビじみた頭部にブレードアンテナを生やしていた。
気持ち程度だが、通信能力を強化している指揮官仕様なのである。
「元気な挨拶をせずにいられるものかよ!
そっちこそ、すぐさまのコール&レスポンスにそう……ありがサンキューだぜ!」
こいつらイセのマイルドヤンキーたちがよく使う言葉を思い出し、笑顔で告げた。
『百人力……いや、百万パワーを得た気分ってところか?』
「はは、そんなところだな。
何しろ、大気圏外は賑やかなことになっていて、まともに動けるのはアマテラス艦隊くらい。
可能なら兄たちを逃がしてやりたいが、マミヤ少尉が呼びかけても応答はない。
とりあえず母艦と合流して機体を引っ張り出したが、どうしたものかと思ってたんだ」
パアッと顔を明るくした俺は、イセ新選組の機体……仮にサムライ・ドンナーと呼ぶことにしよう。
粒子小銃を手に、匍匐前進するかのような姿勢——M2の標準的な前進飛行姿勢だ——から空中浮遊する体勢に移行した彼らと、同じ姿勢になりながら合流を図る。
『そうか……。
第一皇子や第二皇子、あとオマケで第三皇子とは連絡が取れず、か。
できれば、男子系の上位皇族をまとめたかったんだけどな』
「まあ、兄上たちも上手く逃げているだろうさ。
こういうことも踏まえて、滞在場所を選んでいるわけだし」
『ふうん……上手いことやってんだな?
道理で、アリバイを三度ペンでなぞるように捜しても見つからねえわけだ。
一体、どこのホテルでムーンサイドと洒落込んでるんだか』
「おいおい、惑星レクに月はないぜ?」
『ははは、言われりゃそうだな。
ところで、イラコ』
「ん? どした?」
すっかり機体を脱力させた状態で、ゼファーの問いかけに応じた。
『お前もツキがねえな——』
「——残念だ」
奴が言葉の最後を言い終える前に、俺の両手が操縦桿を操る。
今、タイゴンは機体の全身から力を抜き、脱力状態で空中に浮かんでいた。
これはつまり、一瞬で最高のパフォーマンスを発揮する準備が整った状態——攻撃姿勢であったということ。
居合斬りしかり。
早撃ちしかり。
極限の速さというものは、極限の脱力状態からこそ生み出される。
脱力からの爆発という、元来矛盾しているだろう事象を連鎖させるのが、人間の編み出してきた武技であるのだ。
そして、母——。
(——ママですよー?)
……思考に直接割り込んできちゃったよ。
ママから受け継いだこのタイゴンは、人体の関節可動を極限まで再現するために生み出された格闘機であり、俺はこいつに自らの武術をトレースさせるだけの操縦技術も、和菓子の師イゾーロ先生から学んでいた。
——チュイイイィィン!
フェラーリン爺ちゃんたち、アマテラスのメカニックジジイたちにより整備された各アクチュエーターが絶好調の音を発し、完全な静から稲妻のごとき動へと移行する。
そこからは、一瞬だ。
ゼファーのサムライ・ドンナーが持ち上げようとした粒子小銃。
まずはこれを、作動させた左手のラスティネイルで切り裂く。
人差し指、中指、薬指、小指……瞬時に高まった電磁熱により、四つの切り傷を受けたM2用ビーム兵器は、一瞬で使いものにならなくなった。
だが、俺の攻撃はまだ終わっていない。
敵の射撃武器を封じると同時、タイゴンは右回りにスピン——この瞬間、右手で保持していた粒子小銃は投棄している。
そのまま、右手のラスティネイルを作動。
機先を制されて敵機の動きが止まった一瞬で、そのブラウン管テレビじみた頭部を、表面の電磁シールドごと右手で引き裂く。
『な——』
何か言おうとしているようだが、まだ攻撃は終わっていない。
正面から、両手のラスティネイルですくい上げるような爪撃。
両肩の基部を電磁熱でひっかき回されたサムライ・ドンナーの両腕は、たちまち機能を停止する。
トドメとなるのは、M2最大の急所——腰部。
ここに、左の貫手をぶち込む!
ラスティネイルの電磁熱、加わることの、全身の運動エネルギーを余すことなく乗せた刺突。
これを受けては、たまらない。
電磁シールドも複合装甲も一瞬で貫き、左手は敵機の腹部をほぼ貫通。
コックピットは巧妙に避けたものの、ゼファーのサムライ・ドンナーは上半身と下半身を泣き別れさせながら夜の海面に落下していった。
『——ッ』
もう通信装置も動作していないのだろう。
ザラリとした破線が流れるゼファーの通信ウィンドウから漏れるのは、雑音のみ。
「脱出はできるだろう。
殺さないのは、背後関係を洗うためだ」
そのウィンドウを閉じながら、冷たく告げる。
よほどの間抜けでない限り、M2のコックピットには様々な状況を想定したサバイバルキットが収納されているものだ。
その中の、瞬時に膨らむバルーンを使えば、あるいは、生存できることだろう。
もっとも、惑星レクの夜は、劇的に気温が下がる。
夜の海に放り込まれれば、死ぬかもしれないが。
——ゾムッ!
考え事をしている間に、呆気にとられている別のサムライ・ドンナーの頭部へ、右手の貫手を放ち終えている。
電磁シールドをぶち破った一撃は、ブラウン管テレビじみた相手の頭部に深々と突き刺さっていた。
この間、おそらく数秒。
——ズオッ!
残る四機のサムライ・ドンナーに立ち直る隙を与えないのは、タイゴンの肩越しに放たれたビーム光である。
見るからに美しい輝きの正体は、灼熱の重金属粒子を加速させ、束ねた荷電粒子の奔流。
これを胴体の真芯に受けた一機は、プラネット・リアクターを爆発させることすらなく中央部から溶解。
バラバラになった頭部や四肢を、海面に落下させていった。
——ズオッ!
そして、またも閃光。
同じように、別の一機が撃墜される。
これが、エステに設計された最新鋭M2——ベレンジャー本来の性能。
狙撃というよりは砲撃の域に達している大型粒子狙撃銃を、なんなくドライブしての二連射。
これは、M2としては破格の火力だ。
——ズオッ!
そして、三連射目が、やはりサムライ・ドンナーの一機を撃ち抜いたのであった。
ゼファーを含め、撃墜数はこれで五機。
最後の一機は、両手のラスティネイルをワン・ツーでキス・キスさせるかのような交差気味の連続爪撃により、バラバラに引き裂く。
「……イセ新選組が。
アルファードたちが裏切った?」
俺は落下していく敵機の残骸を見ながら、もはや、疑う余地はないだろう事実を口から漏らしたのである。




