ヤマモトの決意
「おいおいおいおいおい。
爺ちゃん、今いるのは自分の屋敷だろう? 不思議を発見するラボじゃない。
イラコのやつは、生まれた時から庶子としてミソッカス扱いされてきたわけだし、大事なママさんも、唯一の肉親らしい肉親であるエステも今は手元にいるんだから、銀河帝国に尻尾を振り続ける理由もねえだろ?
それが、どうしてそんな望みゼロみたいなニュアンスになるんだ?」
アルファードがやたらと説明的な口調で端末にまくし立てたのは、あるいは、自分自身を納得させたいからだろうか。
だが、それも当然のことだろう。
いつの時代においても、巨大権力へ立ち向かうにあたって重要となるのは、正当性を保証する旗頭である。
例としてあげるならば、源頼朝、北条時行、明治天皇あたりであろうか?
ただ拳を振り上げ、打倒権力を掲げたところで、ついてくる人間はさほど多くはない。
やはり、人を惹きつけてやまないブランド……精神的支柱というものがあるに、越したことはないのだ。
そして、庶子という絶妙に権力の本流から外れた立場にあり、『勇者武闘タイゴン』でにわかに国民人気を得ているイラコという存在は、まさに、反帝国連盟の指導者として迎えるにふさわしい人物なのである。
いっそ、彼を担ぎ上げることは、必須であるといっていい。
何より、アルファードにとっては、最も担いで気持ちのよい神輿であるのが、イラコであった。
ゆえに、彼が最も心の中で望んでいるもの——帰る場所としてイセタウンをあの手この手で印象付け、後は祖父イゾーロが説得して背を押すだけという状態までお膳立てしてきたのである。
だというのに、一体どうして、祖父は悲痛さすら感じられる声音で自分に答えているのだ?
自分と同じくイラコという青年を知り尽くしている祖父であるから、よもや、説得の言葉を間違えて逆鱗に触れたということもあるまい。
『ふぅー……』
深く、深い溜め息……あるいは深呼吸を挟み。
祖父は、静かに理由を話した。
『反帝国連盟の連中がウチに押し入り、イラコママを人質にした』
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ガシゲバギザソ。ゾグギグボドザ。バンゼ?
バンゼグヂゾゴゴデデスン?
ゴセゼギサボララゾジドジヂビギダ?
ゾグギグボド?
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「——はっ!?
あと三つかな。お前はイラコ?」
『落ち着きたまえ、アルファード。
なんの数も聞いてないし、私はイゾーロだ』
完全にバグッた脳の再起動を終えたアルファードに、祖父が無情な言葉を告げる。
「いや、そうか、悪い。
今、領主軍の基地を焼き払ってるところだろ?
新品の音響センサーが敏感に音を拾ってるせいか、雑音がやかましくてさ。
もっかい、聞いてもいい?」
嘘である。
今回は対M2戦を重視しているため、今のような基地掃討——あるいは破壊で漏れ聞こえる喧騒は、最初からフィルタリングしてあった。
音というのは、生死を分かつ感覚。
余分な音でコックピットを満たしていては、思わぬ不覚を取りかねないのだ。
それを理解しない祖父ではないが、孫の要請へ律儀に応じてくれる。
『いいだろう。
反帝国連盟の連中がウチに押し入り、イラコママを人質にした』
「ノオオオオオォォォォォッ!?」
が、告げた内容は相変わらず——無情。
狭苦しいコックピット内に、アルファードの絶叫が反響した。
「なんで!? なんでウチをしゅうげきしてんの!?
ホワイ!?」
『ということは、やはりお前の差し金ではないわけだな?
まあ、お前がイラコ君の逆鱗に、わざわざ触れるとも思っていなかったが。
ひとまず、この屋敷を襲撃した連中は、ふん縛られて転がされているよ』
「別に死んじまってていいよ……そんな連中……」
端末から耳を離し、眉間を揉みほぐす。
「はぁ……。
言ってしまえば、二段構えの作戦だった。
宇宙港をハッキングで混乱させつつ、イラコの帰るべき場所であるアマテラス艦隊もついでに掌握する。
その上で、イラコが説得に応じるなら良し。
そうでなかったとしても、帰還するべき場所がないわけだから、いかんともしがたくなるって寸法だ。
結果、両方ともコケてんじゃねえか!
つーか、説得に関しては、あいつの印象をマイナス方向に振り切らせてるじゃねえか!
せめてプラマイゼロにして! せーめーてー!」
駄々っ子のように早口でまくし立てる。
マシンガントークは通話先にいる祖父の得意技だったが、自分も同じ血を受け継いでいたということだろう。
『なってしまったものは致し方がないだろう?
ともかく、こうなってしまった以上、私には説得の言葉もない。
何も言わず、ただ静観することにしたよ』
「いや、それは仕方ないでしょ……。
それで、イラコたちは今どんな状況なん?」
『大気圏外と連絡を取り合って、宇宙港や惑星上の各領主軍基地で起きている事態を把握。
今は、アマテラス艦隊を強行降下させて、合流を図っているところだ。
自分たちの機体を、取り戻すためにな』
「はあ……そりゃ、そうなっちまうよな」
なんだこれは?
なんなんだこれは?
ワンレングスに揃えた黒髪を撫でながら、怒りと失意と絶望をミキサーにかけたような……なんともいえぬ表情になる。
イラコが好む古い映画の中で、息子が、引退した伝説の殺し屋をブチギレさせたと知るロシアンマフィアのボスというシーンがあった。
そう……演じている役者は、ミカエル・ニクヴィストとかいう名前だったはずだ。
今、ああいう気分である。
そして、かくなる上は、これからやるべきことも、あの映画に沿ったものとなるだろう。
すなわち……。
「……決断した。
イラコと戦うよ」
『よく自力で決断したね。
言わなければ、私が覚悟を促そうと思っていたよ』
「そりゃ……」
そこまで口に出して、ふと思う。
何が「そりゃ……」なのだろうか? と。
遊撃隊長レンゲが、宇宙港に接続している各艦をまとめて無力化している以上、唯一自由に動けるアマテラス艦隊は純粋な脅威。
ならば、これはもう叩く他にない。
というのは、推移した今の状況で柔軟に導き出した答えだ。
これは、そうではない。
少しだけ整理して導き出した答えは、一つ。
だが、それは言葉にしたくなかったので、黙った。
『そうだな。
そりゃ……だ』
それを察したか、通話先の祖父が、軽くうなずく気配を見せる。
だが、次の瞬間に彼が見せたのは、これまでアルファードが見た覚えのない一面であったのだ。
おそらくそれは、フリーレーン自由商業同盟の中佐として、300人からの部下を率いていた歴戦の軍人としての顔であった。
『ならば、動け、動け、動け。
兵は拙速を尊ぶ。
ことに、このような不格好な形となったからには、ね』
「ああ、分かったよ。
それじゃ、通信——切るぜ」
なぜか、通話を断ち切るそのアイコンへ触れるのを、少しだけためらい……。
そして、押す。
あるいは、そのアイコンが、友達に向けて引くトリガーそのものに思えたのかもしれなかった。
「……しゃ、やるか。
これからこの惑星は、俺たちが戦うための劇場——バトル・オブ・シアターだ」
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「やれやれ……。
これを茶でいただきながら、とっくりと説得するつもりだったのだがね」
さっきまでの大騒ぎが、嘘のように静かとなった厨房の中で、一人、冷蔵庫を開けながらつぶやくイゾーロだ。
地元の名士として、時に大人数での宴会を開くこともある都合上、屋敷では業務用サイズの強力な冷蔵庫内を使っている。
その中では、型に入れたつぶあんのういろうが、たっぷりと冷やされていた。
量が多いのは、ある程度以上の量を一気に煉り上げた方が、あんこは美味くなるからである。
「フッフ……」
少しだけ、寂しく切ない笑みを浮かべてから、冷蔵庫の扉を閉めた。
おそらく、自分がこれを食べることはあるまい。




