イラコママ、人質になる 後編
例えば、ハンガーに上着をかけて脱がせて、またかけたり……。
また例えば、車にワックスをかけてとって、またワックスをかけたり……。
格闘術の修行というものは、時に、戦闘とはかけ離れた行為の反復によって行われるものだ。
あらゆる行動の中に、修行というものは潜んでいる。
一見して無意味な行動を積み重ねた先で、真に無駄のない肉体の操作が習得できるものなのであった。
無論、俺も母——。
「——ママですよー?」
……回想にまで入ってきちゃった。
ママから、そういった類の修行は一通り受けている。
四方八方から襲いくるレーザー網を、華麗に回避し続ける修行!
こちらをおちょくるかのような軌道で動く足場から足場へと飛び移り、かつ、通り道のボックスを拳銃で破壊していく修行!
無人操縦されている作業用外骨格の弱点であるアンテナを、あえて攻撃せず倒しきる修行!
素早く電子錠を解除しながらゴールまで駆け抜けていく修行!
かつての俺は、こう叫んだものだ。
『もう嫌だ! 修行なんて大っ嫌いだ!』
……と。
しかも、幼かったエステを、おんぶした上でやらされてたからな。そりゃ嫌にもなるわ。
フフ、懐かしいぜ。
なお、いずれの修行も、これまでの人生において役立った実感はない。
なぜなら、現実において四方八方から襲いくるレーザー網や動く床は存在しないし、あえて弱点を突かずに舐めプする場面や、やたらと電子錠が仕掛けられてる通路を走り抜ける機会なんてないからである。
だが、この銀河全てを合わせたよりも巨大な愛を俺に注いでくれているママであるから、おそらく、俺に自覚がないだけで大きな意味があるはずであった。
今、俺たちが置かれている状況も一緒。
特殊部隊のおじさんたちをママの手でブチ殺される前に救い出すことで、戦士としても人間としても、大いに成長できるに違いない。
ゆえに、ママはさっさと全員無力化すればいいものを、とても楽しそうに人質となっているのだろう。
「うふふー。
人質になるなんて初めてですー。
どなたか、記念写真をお願いしますー」
……あるいは、ひょっとしたら、人質になるという状況そのものがなんか楽しいのかもしれないが、いずれにせよ、俺たちがやるべきことは変わらなかった。
「もう……しょうがないなあ。
——おい」
「——はい」
——パシャリ。
「今の写真、このアップローダーに上げときましたんで、後でDLしてください。
タイトルは『第四皇子襲撃』、パスワードは『8931』——白菜で」
一方、テキパキと携帯端末で、拳銃突きつけられたママ含め全員ピースサインの記念撮影を終え、画像の共有化まで終える特殊部隊のモブおじさんだ。
たかがモブのおじさんが、これほどまでに手早くママの要望を……!
これが……特殊部隊の練度……!
「クックック……。
記念撮影も終えたところだし、これで思い残すことはないな?
さあ、第四皇子よ。
母親の——」
「——ママですよー?」
「——ママの命が惜しければ、大人しく投降するがいい。
と、言いたいところだが、一つ聞きたいことがある」
「上等だ! 言える範囲で教えてやるぜ!」
ママによるママ呼び訂正要求にもつつがなく応じる柔軟性の高さを見せつけた指揮官おじさんが、俺に覆面越しの眼差しを向ける。
「……ママなんだよね? お姉さんとか妹さんじゃなくて」
「ああうん、ママなんだ。済まない」
「ママはイラコ様のママですよー?」
押し込まれた拳銃でムニムニと頬を歪められているトランジスタグラマーメイドさんが、ニッコリ笑顔で問答を肯定した。
「そうなんだ? いや、ワンチャン人違いしたかなって。
ククク……これで、こちら側の心残りもなくなったようだな?
さあ、投降するがいい!」
「くっ……作戦タイム!」
「認める」
覆面越しに勝利の笑みを浮かべる指揮官おじさんに認められ、スクラムを組む俺たち。
なお、エステは背が足りないので俺の傍らに抱えられる形で参加した。
「どうする? イラコ君?
死なせるには面白い男たちだぞ?」
「さすがはイゾーロお爺ちゃん。
現状の問題点を分かりやすく端的にまとめた」
「どうすんの?
実際、様子がおかしいイラコのママをこのまま放っておくと、シュピンシュピン瞬間移動するみたいに全員血祭りに上げそうだけど?」
「今、イラコ殿下のママ様がそれをしないでいるのは、息子の前で囚われのお姫様ポジションをやることが楽しいからでしょうか?」
「うむ! あれはちょっと楽しいからな!
あたしも子供の頃、テロリストにさらわれて大事になったことがあってな」
喧々諤々と言葉を交わす俺たちだ。誰がどの台詞を言っているかは、それぞれの判断にお任せしまーす。
あ、ちなみに俺が何も言ってないのは、スクラム組んだ拍子にディートのユカタがちょっと弾んで、お胸のサクランボが見えてしまったからである。コイツ……可愛い色させやがって。
「……さておき、こうやってグダグダしていても仕方がない。
俺にいい考えがある!
母——」
「——ママですよー?」
「……ママと特殊部隊のおじさんたちを救うのは、この俺の役割だというところを見せてやる」
スクラムを解いて、作戦タイムを終了する。
背後でマミヤちゃんが、「あー、急に暑くなってきましたねーそう思いませんかー」と言いながらなんか手扇でパタパタしているようなので、彼女のためにも厨房を取り戻して冷たい飲み物を確保せねばなるまい。
「はあああぁぁ……」
呼吸と気を整えながら、一歩前へ。
「む……何をする気だ?」
「まさか……スクリュースピンペガサス狼牙キックか!?」
「止まれ! それ以上近付くな!」
手にした銃器を向けながら、威嚇してくる特殊部隊のおじさんたち。
要望通りに立ち止まった俺は、今こそ渾身の策を披露するべく厨房内の窓を指差したのだ。
そして、一言。
「あ! UFO!」
——ビカアッ!
窓の外に広がる夜空で、灰皿を逆さにしたような謎の光がビカリと輝く。
そして、「やべ! バレた!」と言わんばかりに慌てながら、鋭角的な軌道を描いてあちこち飛び回り、いずこかへと消え去ってしまった。
「うっそ! マジでUFO!?
ねえ? 見た見た? 今のマジで見た!?
あー、くそうっ! 写真撮りたかった!」
「ククク……古典的だな。
そんなものに騙されるわけないだろう?」
だが、指揮官おじさんは余裕綽々で、ママの頬に拳銃の銃口をムニュリと沈ませる。
「そんな! 信じてくれ! 俺は確かに見たんだ!」
「こうなると思った。
イラコのいい考えがあるは、大体ろくでもない結果への前フリ」
「……こんなのと同じ皇族であること、心より恥じるわ」
背後から俺をディスりまくる妹二人だ。
そうだけど! 本当だったんだもの!
とてもすごーいーものをー見たんだ!
「ふふん……テレビの見すぎなんじゃないのか?
さあ、両腕を差し出すがいい。手錠で拘束してやろう」
指揮官おじさんまでそういうことを言う!
俺はぜたいにーぜったいにー嘘なんか言ってない!
——ザワ。
——ザワ、ザワ。
——ビシイッ!
そんな風にしていると、俺の縮れ毛が文字通り総毛立ち、窓の方をビシリと指し示した。
な……まさかこれは……!
外夜空には、恐る恐る戻ってきていた逆灰皿型の光が!
「ほら! やっぱりいた!」
「「「「「うわっ! キモッ!」」」」」
窓から特殊部隊のおじさんたちに視線を戻すが、彼らが見て恐れおののいているのは俺の頭部だ。なんでや!
「イラコ様ー? 隙を見た時はどうするんでしたかー?」
「あ、そうだった——隙ありゃあ!」
縮地によって、瞬間的におじさんたちとの間合いを詰める。
そして、謎の土煙に包まれながらドッタンバッタン大立ち回り!
「ヴィクトリー!」
「まあー、イラコ様に救われてしまいましたー」
最終的に、倒れ伏すおじさんたちの中で、俺はママをお姫様抱っこしつつ、残る手で天井を指差していたのである。
「見たまえ! 本当にUFOだ!」
「イラコ殿下は正しかったんですね!」
「おー……。
アンアイデンティファイド、フライング、オブジェクト」
「銀河はまだまだ人類の知らぬことで満ちているのだな……。
ヨーギルの騎士として、よい経験ができた」
「もう! 端末があれば撮影してたのに!
あー! 逃げた!」
一方、他の皆は俺たちのことなんぞそっちのけで、窓から空を見ていた。だからいるって言ったじゃん!
ともかく……。
俺は、ママが実は超強いことを知らなかった特殊部隊のおじさんたちが皆殺しになる地獄絵図を、このアームズで阻止したのである。




