立て! 恋愛フラグ!
「……まじぃな。
どうやら、プランBで送り込まれた連中……全滅しやがったみてえだ」
携帯端末を手に、わなわなと震えるモブヤンキー。
顔面蒼白な彼に対し、赤みがかった栗色の髪をガシガシとかいた遊撃隊長レンゲの決断は、素早い。
「なら、ボクたちもこの宇宙港を離れましょう。
アマテラスを制圧できなかった以上、残る意味はありません。
それでも、破壊と混乱は巻き起こせたわけですから、十分ではあるでしょう」
少女が使うにはやや武骨な眼鏡を軽く持ち上げ、立ち上がる。
すでに空となっていたひねり揚げの袋はそのまま打ち捨て、配電盤のコネクタに繋いでいたノートPCは手早くリュックへと仕舞った。
「ああ、くそ……!
今頃地上でも、蜂起が始まってるってのに!」
「どんなに入念な計画でも、トラブルは起こるものです。
万全ではないとはいえ、計画遂行に支障はない程度の範囲でそれが収まってるんですから、重畳でしょう」
ダメだなこいつ。
いや、こいつら、か。
イセ新選組の遊撃隊長ではなく、反帝国連盟に属する自由闘士として、冷酷にそう結論するレンゲである。
所詮は、片田舎のマイルドヤンキー。
覚悟も胆力も、何もかもが中途半端に過ぎる。
組織としては、第四皇子イラコに近しいその関係性を重視したようだが……。
せいぜいが、今回限りのタマだろう。
「さあ、行きますよ」
「あ、ああ……」
見た目だけはややいかつい雰囲気のモブヤンキーだが、こうなっては怯えた子供と大差ない。
子守をしているような気分で彼を従えて、配電室の外へと飛び出す。
宇宙港の中は、相変わらずレッドアラート一色。
戦時下ということもあり、定期的な避難訓練を怠っていなかった職員は皆、手近なシェルターや脱出艇への避難を終えているようだ。
もっとも、そんなものが気休めに過ぎないということは、今回表向きの実行犯として選ばれたイセ新選組の連中すらも知らないことなのであるが……。
「そ、それで……こうなったら、どうするんだっけか?
プランBが成功したなら、制圧したアマテラスへと合流するはずだったけど……」
後ろからついてきたモブヤンキーの言葉に、溜め息を吐き出してしまうレンゲだ。
「プランBまでしか頭に入っていなかったんですか?
アマテラスの制圧に失敗した場合、ボクたちはこの近くにある脱出艇へと向かいます。
事前に入手したシフトから、この辺りに備わった機体を使っている人間は、ほとんどいないですから」
「それで、宇宙港を離れたら味方と合流するんだったか?」
「ええ、そうです」
ボクが合流するのは、反帝国連盟の方ですけどね。
喉から出かかった言葉をしまい込んで、先を歩く。
赤色の光で照らされ、アラートが鳴り響く無人の通路を歩いていると、場違いな所へ迷い込んだような気分になった。
「——あ」
「——ドッキンコ!?」
……擬音を自分の口で表現するのは、そっち系の人のサガなのだろうか?
あの眼鏡をかけた白衣男と遭遇したのは、そんな時のことだったのである。
「どうやって……?」
口から出たのは、そんな言葉。
内部からは開けられないツールカートの中へ、気絶した状態で押し込んだはずだが……。
どうやら、なんらかの方法により脱出したか?
そしてこの男は、アマテラス艦隊の一員だと言っていた。
ならば、艦隊各艦のハッチからやや離れた位置の掃除用具室にカートごと放置された彼が、接続された各艦の側からやって来た自分たちと鉢合わせるのは、必然。
「デュ……デュッフッフッフ。
せっかく、アマテラスへのハッキングは阻止したというのに……。
これはどうやら、間が悪かったようですなあ」
——くい、くい、くい、くい。
……と、盛んに眼鏡をクイクイさせながら、タラリと冷や汗を流す白衣男だ。
いや、よく見れば流れているのは、冷や汗だけではない。
素人であるモブヤンキーが後頭部をレンチで殴りつけた結果、後頭部からも血が出ているようで、白衣の一部を赤く染めていた。
「ちっ、誰だよ?
人がイラついてるトキに出歩いてるバカはよぉ〜!」
一方、いきなり調子づいてきたのが、背後のモブヤンキー。
つい先ほどまでの迷子になった子供を思わせる態度はどこにやったのか、腰の道具袋からレンチをまたも引き抜くと、余裕綽々の表情を白衣男に向けたのだ。
「構ってないで、ボクたちはさっさと行きますよ」
この後に起こるだろう事は当然承知しているが、レンゲの本質はあくまでもハッカーであり、プログラマー。
直接に血を見たいという人種ではない。
ゆえに、モブヤンキーのことを急かして、さっさとこの場を立ち去ろうとしたのだが、彼は言うことを聞かなかった。
「けどよぉ?
こいつ、放っといたらアマテラスで暴れてるらしい連中に、おれらのことチクっちまうぜ?
殴り殺したりする度胸はねえけどよ……放っておいて追っ手が来ても面倒だし、また寝かせてどこかに隠しとこうぜぇ」
そう言いながら、レンチ片手に白衣男へとにじり寄ったのである。
だが、ただでさえ頭から流血している白衣男をもう一度殴ったりすれば、今度はどうなるか?
「そんなこと、あなたみたいな素人が何度も上手くやれるわけ、ありません。
それに、その人はさっきので結構なケガを——」
わずかな葛藤の末に、ここは止めるべきと判断したレンゲが、制止しようとした時だ。
『シングルモード』
——ピュン!
突如として機械的な音声が流れたかと思うと、何かのエネルギーが空気を焼く、チープにすら思える音が鳴り響き……。
「——がはっ!?」
モブヤンキーが悲鳴を上げながら吹っ飛び、後方で仰向けに倒れたのである。
「——な!?」
「……響きましたかな?」
大昔の西部劇を彷彿とさせる大仰な仕草で、白衣男が、手にしているそれに息を吹きかけた。
彼が手にしているそれは……。
「……携帯端末!?
携帯端末に武器を仕込んだんですか!?」
「デュッフッフ。
フォンとブラスターの融合は、21世紀からのロマン。
こんなこともあろうかと……。
そう! こんなこともあろうかと!
拙者は、独自開発した対人用ショックビームの発射機構を、愛用の端末に仕込んでいたのですぞ!」
その言葉通り、上部を90°近く折り曲げる形で変形させた携帯端末は、電話にして銃!
しかも、側面に装着されたデジタルトーチライトが、そのままスコープの役割を果たすようなのだ!
「さあ、逃げるなら、エネルギーの無駄遣いはしませんぞ……!」
「う……」
端末上部のアダプタ部……実態は銃口だったそれを向けられ、一瞬だけ背後のモブヤンキーをチラ見する。
完全にノビていて、とてもではないが連れて逃げることはできない。
「ちっ!」
ゆえに、あっさりとコイツは見捨て、逃げ去っていくレンゲなのであった。
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「デュッフッフ……好みの女子だったのですが……な」
バッテリーなど全く残っていない携帯端末を取り落とし、ぐらりと上体を揺るがせながら、クシナダ副長は無念につぶやく。
そのまま、顔から倒れそうになったが……。
「……よっと。
格好ってのは、最後までつけるもんだ」
「フェラーリン師匠……!」
赤鼻U字禿げの老メカニックに脇を支えられ、どうにか持ち直したのである。
「さあ、まだ地上にいるメケーロたちを迎えに行くぞ。
エステの嬢ちゃんがいないんだから、お前さんがしっかりクシナダをまとめないとな」
「デュッフッフ。
優秀すぎるのも困りものですな」
尊敬する偉大なメカニックに励まされ、副長は遠のきつつあった意識を引き戻した。
「それに、ハッキングの攻防がきっかけで恋愛フラグが立つというのも、デュフ……ありがちですしなあ」
「おお、気持ち悪いツラしやがって。
だが、その意気だ」
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「さっきのやつ、アマテラスへのハッキングを阻止したのも自分みたいな口ぶりだった。
だとしたら、なんて屈辱……!」
この区画に配置されていた脱出艇の一つに座り、携帯端末と操縦装置のコンソールとを素早く無線接続しながら、毒づく。
エンジンに相当する機関すらないこの乗り物は、あらかじめ搭載されたバッテリー分だけプラズマ推進が可能という代物。
数人が着席すればそれでおしまいという狭苦しさに加え、電磁シールドの備えすらなく、乗り物というよりは、大きな模型と評した方が実態に近い設計だ。
だが、レンゲに恐怖はない。
ハッキングした戦艦群のランダム砲撃には、絶対攻撃を加えない角度があらかじめ設定されている。
それに沿って、友軍——反帝国連盟へと合流するコースを自動操縦で辿るよう設定したので、まず問題はなかった。
それに、死ぬ時は死ぬという乾いた死生観を抱いているのが、レンゲ・オレンジという少女の境遇なのだ。
「あの眼鏡白衣、一体、何者なのか……!
ううん、調査資料を調べれば、すぐに分かって……」
レンゲが興味を抱くのは、いつだって、人間ではなくプログラミング。
そのため、携帯端末にダウンロードこそしてはいたものの、一読すらしていなかった艦隊構成員の調査資料を、今更ながら開く。
「特徴は、眼鏡……白衣……」
特徴を入力し、人物検索。
あまりにも目立つ個性のため、すぐに個人が分かると思ったが……。
『該当人物、膨大』
「……は?」
端末が表示してきたのは、あまりに莫大な数の人物。
画像付きの調査資料を見れば、それぞれ、名前や細かな経歴こそ異なるものの、顔の画像に関してはコピペしたかのごとく同一!
「いやいやいや、そんなそんなそんな……」
そう思い、該当の人物たち……クシナダクルーたちに関する惑星レクでの調査報告も見た。
が、反帝国連盟の信頼できる調査員による確たる盗撮写真の数々には、実際、同じ黒髪眼鏡白衣の四角い顔立ちをした人物たちが、複数集まっている様子を何枚も確認できたのである。
つまり、どういうわけだか、シールド艦クシナダでは、全く同じ顔立ち背格好の人物たちが、大勢働いているということ……。
「うん……うん」
ひとしきりうなずいた後、スワイプしてフォルダを消し去る。
それから、万感の想いを込めてこう呟いたのだ。
「……忘れよう」
かくして……。
クシナダ副長への恋愛フラグは、立つことなく終わった。




