クシナダ副長の戦い 4
「デュッフッフ……間に合いましたな。
さあ、アマテラス艦隊へのハッキングを諦めるならばよし。
そうでないというのならば、拙者がお相手いたしますぞ」
——ポキ、ポキ。
頭の痛みはこらえつつ、なんとなく両手の指なんぞ鳴らしながらうそぶくクシナダ副長だ。
彼の眼鏡に反射されているのは、細かい数字とアルファベットの羅列……。
ただし、心得のある者がこれを見たならば、通常の帝国軍所属艦ではありえない内容だと気付くはずである。
「デュッフッフ……。
アマテラスを操舵するメケーロ殿もそうでしたが、斬撃艦フレイヤでクルーを務める女性陣も、まったく気付かなかったことでしょう。
まさか、自分たちが乗っている艦のOSが、既存のそれと全く異なるものだとは」
——くい、くい、くい、くい。
魂の相棒たる眼鏡に相槌を打たせながら、独白を続ける。
「戦艦同士の変形合体というロマンを実現するためには、専用OSの導入が必要不可欠。
しかし、それで乗組員が操作などに手こずっては本末転倒。
言われなければ気付かないほど既存OSに根幹を寄せ、その実、全く異なるプロトコルを走らせたデザインは、拙者の腕の見せどころでしたな」
普段はデュフフと粘着質な笑みを浮かべているクシナダの副長であるが、今の表情は——酷薄。
分厚いレンズを備えた眼鏡の下にある眼差しも切れ長で冷たく、ヘビか……あるいはキツネを連想させた。
「あらかじめ噛ませたプロトコル・インターセプターは、おそらくコーギン・ホズミの遺物ともいうべきOSに存在する脆弱性を突いた代物。
拙者が手を加えているアマテラス艦隊には通用しませんぞ。
もし、拙者が攻め手側だったならば、潔く侵入を諦める場面ですが……」
言いながら、横倒しにした携帯端末の画面を眺める。
これは例えるならば、将棋やチェスなど、盤面遊戯を勝負の場とするプレイヤー同士が、駒と駒とで語り合うような行為。
近くて遠い電子情報の向こう側には、レンゲ・オレンジを名乗った少女の意思が間違いなく存在した。
そしてそれは、古典的なパスワード総当たり攻撃によって示されたのである。
「おっほお⁉
デュフフ……パスワードの総当たりで攻めてくるとは、なんというストロングスタイル。
ですが、この処理能力は尋常じゃありませぬ。
……なるほど、乗っ取った他の帝国軍所属艦ですか!
あるいは、この惑星レク宇宙港そのものをも掌握して、それぞれのメインコンピュータを同期。
急造のスパコンへと仕立て上げ、力で押し潰そうとしておりますぞ!」
別に聞いている相手はいないのだが、懇切丁寧な説明台詞を吐き出した。
つまりこれは、単純な物量で完敗を喫しているということ。
なんの物量かといえば、それは、解決可能な問題の数である。
ハッカーとの攻防というのは、知識のない人間が思い描く、殴り合いや撃ち合いじみた代物ではない。
イメージとして近いのは、落ちモノ系パズルゲームでの対戦。
対戦している相手に対し、処理能力を上回る問題——妨害パネルなど——を押し付けきることに成功した側が勝利を手にするのだ。
それを踏まえると、現状はせいぜい二連鎖が限界のクシナダ副長に対し、レンゲが五列埋まるほどの妨害パネルを落としてきた状況に等しい。
つまり、真面目に妨害パネルを消して対処する正攻法では、あっという間に追加の妨害パネルで圧死させられるということ……。
「そういう時は、身を隠すのですぞ——と」
有事の際に言ってみたいセリフリストから適当なものをチョイスし、横倒しにしている携帯端末を操作。
副長の魔改造により、通常を遥かに上回る処理能力で生み出されたのは、いくつものダミーファイルだ。
「あとはこれを、重要なフォルダに仕込んで、と。
デュフフ……この回避不能なデストラップ、見つけたが最後ですぞ」
——くい、くい、くい、くい。
圧倒的なマシンパワーでアマテラス艦隊各艦のシステムを食い尽くしてくる相手に対し、早くも勝利を確信したクシナダ副長は、眼鏡をクイクイさせながら宣言したのである。
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「多分、コーギン・ホズミのOSに存在した致命的な脆弱性をカバーするためのオリジナルOS。
さすが、天才少女と名高い第四皇女を擁するアマテラス艦隊だね。
けど、残念。
彼女が天才なのは、基本的にハードウェア分野。
ソフトウェアに関しては、ボクの方が遥かに上であるということ。
……まあ、多勢に無勢で圧殺しといて、何言ってんのって感じではあるけど」
——サク、サク、サク、サク。
……と、小麦と油の芸術品であるひねり揚げの、舌を愛撫するかのような独自の形状に酔いしれながら、名も知らぬシステム保守者に宣言する。
おそらくは、シールド艦クシナダに所属するクルーの誰か。
天才少女エステ・ジーゲルが、能力以外の全てを不問として集めたという人材の一人だ。
それを自分は、一蹴した。
ゴミ捨て場のごとき辺境惑星出身の小娘。
恵まれたツールに触れる機会など当然なく、隕石のごとく地表に投棄される廃材の中から使える部品をかき集めて端末としていた少女が、銀河最新鋭の戦艦に勤務するエリート様たちを出し抜いたのだ。
なんという……爽快感。
「ヒュー! さすがは遊撃隊長!
情熱のファンファンファーレ! 送っちゃうぜ!」
……名もなきモブヤンキーのフワデュワしたエールがくそやかましいが、それも許そうという気分になれた。
「……と。
ついに、システムの最深部に辿り着きましたね。
どれどれ……」
いうなれば、これは金庫破りのようなもの。
見当はついているとはいえ、中身にどのようなものが入っているかは、分厚い鉄扉を開いて直に確認するまでは、定かではない。
果たして、今をときめく給糧艦アマテラスのシステム最深部に隠されていたデータとは……!
「……『大戦艦合体! アマテラスオオカミ合体シークエンスプロトコル・デラックスセット』。
『帝国標準星間航法統制システム“アストラ”』。
うん……うん」
「ヒュー! 迷う必要ねえよなあ! レンゲちゃん!
男なら、ためらうことなく前者だぜ! 戦艦の合体とかロマンしかねえだろ!
ロマンティックナウだぜ!」
「なわけないでしょう」
愛用の武骨な眼鏡を真っ白に光らせながら、モブヤンキーの言葉をサクリと却下。
後者の方へとアクセスする。
「……多分、正面対決じゃこちらの処理能力に対抗できないと踏んで、せめてもの抵抗としてダミーフォルダを残したのだろうけど。
もうちょっとこう、本物っぽく見せかけることはできなかったんでしょうか。
片方がわけの分からない子供の思いつきみたいなフォルダ名で、もう片方が銀河帝国で標準採用されているシステムの名前なら、誰も騙されないでしょう」
言いながら、クリック。
……レンゲのノートPCに異常が発生したのは、その時であった。
『丸くなるな……推しを推せ。
帝国サッポロ黒ラベル』
突如としてウィンドウが開かれ、タキオンネットの配信でおなじみのCMが流れ始めたのだ。
しかも、ウィンドウの数は一つではない。
2つ、4つ、8つ、16、32……。
倍々ゲームで無数のウィンドウが表示され、執拗なまでに帝国サッポロ黒ラベルのCMを流しまくるのである。
「なんだこれは……?
なんなんだこれは……?」
「ヒュー!
なんか、うちの婆ちゃんがうっかりブラクラ踏んだ時みたいになってんなー」
困惑するレンゲに、何もわかっていないモブヤンキーが気楽な言葉を放った。
「ブラクラ……?」
だが、それこそが真理。
人間も端末も、最も無防備になるのはその手を差し出した時。
データを得ようと、このPCからアクセスしたその瞬間……。
常駐セキュリティソフトこそあれど、一定の技術力を持つ者にとっては隙だらけといっていい一瞬に、クリックしたファイルへ仕込まれていたウィルスが感染。
帝国サッポロビール社の走狗となったかのごとく、ビールのCMを垂れ流しまくっているのである。
なんという……巧妙な手口!
片方のファイル名があまりにアホすぎる名前だったせいで、ごくごく普通の名前だった方のファイルを疑いなく開いてしまったのだ。
おそらくは、両方ともウィルスを仕込んだダミー。
まさか、あのバカバカしいファイルに仕舞われたプログラムが給糧艦アマテラスの肝であったりはしないだろう。
「んで、どうすんだ?
ハッキング大作戦、失敗か?」
「……イタチの最後っ屁で、可能な限りの火器管制にランダムプロトコルを放ちましたけど、残念ながら」
「だったら、おれらの出番かあ。
でも、それなら混乱に乗じられるし、だいぶ楽な仕事になるだろうぜ」
モブヤンキーが、懐から取り出した携帯端末で一斉メッセージを送信した。
果たして、どんな内容のメッセージが送られたのか?
その答えは、彼自身が口にしたのだ。
「生身でのアマテラス制圧戦だ」




