クシナダ副長の戦い 3
「デュフフ……!
どうっおお!?」
悲鳴を上げる時でもデュフフ笑いを欠かさないのは、オタクのたしなみであり——誇り。
ぶん殴られて流血している後頭部は庇いながらも、物置の床へと倒れる。
——ビー! ビー! ビー!
——ビー! ビー! ビー!
即座にそこら中から鳴り響くのは、ただ注目を集めることに特化した不快なデジタル音。
のみならず、物置の天井隅に設置されたレッドアラートが十全にその機能を発揮し、視界の一部を赤色で染め上げていた。
「早い……!
始まったのですか……!?」
これは、クシナダ副長にとって予想外の状況。
自分は、レンゲ殿と連れの何者かが立ち去ってから、最速でツールカートを脱出したはず。
時間を測ったわけではないが、五分と経っていないことだろう。
その短時間で、どれほどの規模かは分からないが、ともかく宇宙港全体を揺するほどの被害をもたらしたのである。
事前の行動や会話内容から考えて、あらかじめ入念な仕込みをしてあったとはいえ、これは並大抵の手際ではない。
「こいつは……エースですぞ!」
前々から言ってみたかっただけのセリフを無理矢理に状況へ当てはめつつ、どっかりと座り込む。
「こうなった以上、いちいち通報している場合ではありませぬ。
最悪の状態……。
アマテラス艦隊がハッキングされることだけは、防がなければなりませぬ……!」
横持ちにした携帯端末に表示されるのは、自身が副長を務めるクシナダと、アマテラス、フレイヤのセキュリティデータの羅列。
「この宇宙港にドッキングしている通常の軍艦に関しては、潔く諦めましょう。
そちらも入念にハッキングプログラムを組んでいるでしょうし、このチャチな携帯端末の情報処理能力で対抗できるはずもありませぬ。
ですが、アマテラス艦隊の各艦は違う!」
表示されているセキュリティデータには、いずれも異常がない。
その秘密は……。
「デュフフ……。
アマテラス艦隊の各艦は、ドッキングに対応するためOSの基礎部分からして独自のプロトコルを採用してあります。
他の帝国軍艦船と同じように考えられては、困りますぞ」
——くい、くい、くい、くい。
自分の戦場を得た戦士は、自身の象徴である眼鏡を盛んにクイクイさせながらうそぶくのだった。
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物理的なものであるか電子的なものであるかという違いだけで、ハッキングも泥棒も、やることの根幹そのものは大きく変わらず……。
最も重要なのは、いかにして忍び込むかということであった。
一番成功率が高く、鮮やかな手並みとなるのが、俗にシャドウと呼ばれるハッキング方法。
どのような手段かといえば、これは単純。
ターゲットの職員ないし社員として就職し、何年もかけて信用を積み上げる。
そうして重要なポジションを獲得し、そうと分からぬように『抜け道』をセキュリティに設置。
あとは、悠々とその『抜け道』からセキュリティ内部に潜り込むという手法であった。
だが、残念ながら今回、そのような時間はない。
というわけで、反帝国連盟に属する自由闘士……にして、現在はイセ新選組の遊撃隊長であるレンゲ・オレンジが使ったのは、別の手であった。
このレク宇宙港で働く整備員を装い、各戦艦と接続しているドッキングアーム内の回線に、プロトコル・インターセプターと呼ばれる小型デバイスを取り付けて回ったのだ。
プロトコル・インターセプター。
対象の通信回線へと物理的に噛ませることで、「信号をただ中継している」ように見せかけ、特定のデータだけを書き換える中間者攻撃装置の名称である。
技術的な仕組みについて語ってしまえば、それこそ専門書を一冊執筆できる分量となるが、要するに、嘘の指令をもっともらしく信じ込ませる装置であると思えば、よろしい。
それも、そんじょそこらのドローンにではない。
ここレク宇宙港にドッキングしている宇宙戦艦の数々に、だ。
ものは試しと、チャージ不十分な状態で乗っ取った火力艦に放たせた一撃の効果は、絶大であった。
ロクに狙いをつけていなかったため、蜘蛛の巣めいた宇宙港の末端部を電磁シールドごと削り取るに留まったが、反対側に位置するこの配電室まで振動が響き、レッドアラートを作動させたほどである。
「ヒャア! たまんねえなこいつは!
希望を咲かせたファイヤーフラワーだぜ!」
自分のアシスト役として連れてきたイセ新選組の隊員……。
要するに、志と意気だけはご立派なヤンキー男が、ツナギ姿でガッツポーズをしてみせた。
……どうでもいいが、彼らイセ新選組の人間が時折妙にポエミーな言葉遣いとなるのは、イセタウンで暮らす若者の気質なのか、はたまたヤンキーという人種の生態なのだろうか?
まあ、どちらでもいい。
——サクッ。
リュックの中に、愛用しているノートPC共々持ち込んでいたソウルフード——ひねり揚げをかじりながら、凶暴な笑みを浮かべる。
普段のレンゲ・オレンジは、いかにも内気そうな……あるいはオタクそうな技術系の眼鏡少女。
しかし、ハッカーとしての顔は、獰猛な肉食獣そのものだ。
「まだまだ、こんなのはデモンストレーションですよ。
こちらは、この宇宙港に接続しているほぼ全ての戦艦をコントロール下に収めているんですから」
地球文明時代に発明されて以来、形態というものが一切変わらないノートPC——今は配電パネルのコネクタにケーブルで繋がれている——の画面に表示されているのは、いくつもの数字とログ。
知識のない者が見れば、いかにも地味な文字列であると思えるだろう。
だが、これらの数字とアルファベットがもたらした結果こそが、先の火力艦による砲撃であり……。
今もまた、複数の戦艦が同じように内部当直員の意思を離れ、レンゲが意図した通りプラネット・リアクターを起動させている。
かの伝説の傭兵——サンダーアイですら成し得なかった歴史的大戦果を、齢16歳の少女が上げているのだと思うと、ひねり揚げを食べる手が止まらない!
「ヘヘ……。
にしても、あっけないもんだな。
こんな小さい装置を噛ませていくだけで、こうもあっさりと銀河帝国軍の戦艦が操れちまうだなんて。
おれはもっとこう、ハッキングっていうのはカッコイイもんだと思ったぜ。
こう……最深部にアクセスして、手に入れたキーを真っ直ぐに差し込むような」
トランシーバーほどもある箱型のデバイス——プロトコル・インターセプターを弄びながら、新選組隊員が気楽な言葉を漏らす。
「簡単に言ってくれますね。
その機械を接続するだけでどうにかできているのは、それだけ、ボクの作ったプログラムが優れているからですよ。
銀河帝国軍の艦船が使っているOSは、天才プログラマーと呼ばれたコーギン・ホズミのそれが基となっている。
ですが、ボクは大元となったそれに、致命的な脆弱性を見つけ出したわけですから。
まあ、ボク以外には、まず無理でしょうね」
ボリボリと……禁断のひねり揚げ三本一気食いをキメながら、分かりやすく解説してやった。
PCが油で汚れることは、いとわない。
どうせ使う時は、いつもひねり揚げを食べていた。
「ふぅん。
まあ、なんだっていいさ。
その調子で、イッパツ、アマテラスのハッキングも頼むぜ大先生!
アルファード隊長が言ってた通り、あの給糧艦をどうにかしちまえば、第四皇子は帰る場所を失う。
別にそれで脅すってわけじゃねえだろうが、ますます、こちらに転びやすくなるだろうさ!」
「あるいは、余計に敵対心を深めるか、でしょうけど。
まあ、遊撃隊長って言ってもボクは外様からの派遣ですし。
依頼された仕事をこなすだ——け」
ピクリ、と。
ひねり揚げを袋から取り出す左手と、PCを操作する右手が止まる。
「なんだ……このOSは。
他の帝国軍艦船と、全く違う」
そして、急速に顔を引き締めながら、そうつぶやいたのだ。




