クシナダ副長の戦い 1
「ふ、不審な反応ですか?
デュフフ……それは一大事。
このドックを使っているアマテラス艦隊の一員としては、看過しかねますな」
――くい、くい、くい。
……と、眼鏡を盛んにクイクイさせつつ、やや早口で告げるクシナダ副長だ。
しかし、悲しいかな。
眼鏡越しの視線が向いているのは、レンゲなる整備員の少女ではなく、明後日!
何もない壁の方向だ!
ただでさえコミュニケーション能力の低い者が、意を決してかわいい女の子に声をかけようとしてみた結果がこれである。
いや、この場合、声をかけに行っただけでも、大した胆力であると称賛するべきか。
通常のオタクであるならば、いかにクッソ好みの女子を見かけたとしても、まず声をかけるという発想が湧いてこない。
その原動力となったのは、イラコ殿とクシナダクルーたちで集まり、アーカイブ化された地球文明時代のギャルゲーを遊んでいた時……。
ぶっちゃけハーレム状態であることで知られるイラコ殿は、学力系パラメータ上昇のため勉強漬けにされる主人公を羊羹食べながら見つめつつ、こう言ったのだ。
『モテるモテないでいくと、正直、クシナダクルーの皆が揃って彼女いないのは、かなり謎だよなー。
この主人公なんざ目じゃないレベルで学問も技術も修めているし、高給取りの戦艦クルーだし。
浮気するような性質でもないし、めっちゃモテても不思議じゃなさそうだけど』
それに対し、クルーの一人が言ったのは、こんなこと。
『ヒュフフ……。
しかし、拙者らのような人間が声をかけたとして、相手にしてもらえるかどうか』
だが、イラコ殿は間髪入れずにこう返したのだ。
『んなもん、かけなきゃ分かんないだろ?
就活と同じ。
まずエントリーしなきゃ。
俺は、あんたらなら十分に目があると思ってるぜ』
……正直、嬉しかった。
中には、『ドゥフフ、拙者は推し一筋ですぞ』と言いながらぬい入りの透明バッグを抱き締める原理主義二次元派のクルーもいたが、副長は機会さえあったらと思っているタイプの二次三次両刀使い。
それが、運命的にも超スーパーすげえどす好みの女の子を見つけたのだ。
今こそ、イラコ殿のハーレム主的なパワーをお裾分けしてもらう時なのですぞ!
「デュフフ。
差し支えなければ、どのような反応が検出されているのか、お教え願えませんかな?
こう見えて、拙者は技術職。
何かお手伝いできるかもしれませんぞ」
「いえ、おかまいなく。
本当に、大した問題ではないんです。
ただちょっと、軸合わせ補正用の中継コネクタが老朽化しているみたいでして」
「ほおう……! それはしっかりと仕事をしておられる!
ドッキングアームにおいて、その箇所はいわば、心臓へと繋がるための毛細血管みたいなものですからな!
それを放置しすぎれば、最悪の場合、漏電からの悲惨な人的災害にも繋がります!
いやはや、ご家庭の電源タップも艦船用の中継コネクタも、定期的な交換が必須ですな!」
いまだ! とばかりに、早口でまくしたてるクシナダの副長だ。
彼としては、これは精一杯このレンゲなる少女に寄り添い、その手腕と仕事ぶりを褒め称える口説き文句……。
難点があるとすれば、当のレンゲがやや引いている事実へ、明後日の方向を向きながらマシンガントークしたため気付いていないこと。
そして、背後からホバーカートを押して現れた男の存在にも、気付かなかったことであろう。
「デュフフ……。ところで、交換するための新しいコネクタはどこにあるのですかな?
いや、そもそも、今はアマテラスがドッキングしている最中なので、交換するにしても出航後となるはずですが?」
「ああ、それはですね」
小柄なため、下から副長の顔を見上げる形となったレンゲが、ほのかな笑みを浮かべる。
「オウフ!? ドッキンコ!?」
誰もがそうするように、効果音をセルフで口にするクシナダ副長。
そんな彼へ、レンゲなる整備員少女はささやくようにこう言ったのだ。
「全部、口から出まかせだからです」
「——へぇあ!?」
——ガンッ!
クシナダ副長の頭蓋に響き渡ったのは、そんなありふれた音と衝撃と、熱さ。
そしてそのまま、視界はクルリと上の方を向き……。
力を失った両膝が、かくりと内側に折れるのを知覚しながら、彼は意識を失った。
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「困ったことになりましたね……。
どうしましょうか、この人?
死んではいないんでしょう?」
一体、どのくらいの時間が経ったのだろうか?
目を覚ましたクシナダの副長が感じたのは、後頭部の凄まじい痛みと、そこから少しだけ流れている冷たいもの……血の感触だ。
これは、おそらく自分の頭から流れているもの……。
——後頭骨骨折。
——脳挫傷。
——びまん性軸索損傷。
——硬膜外血腫。
——硬膜下血腫。
——くも膜下出血。
——脳内出血。
クシナダ副長の優秀な頭脳が、字面だけでも震え上がるほど恐ろしい症例の数々を、ただちに列挙する。
周囲は——暗闇。
光一つない世界であり、身動きを取れないほどに狭苦しい空間であることが、空気の流れで感じられた。
あのレンゲというバチクソ好みのタイプである整備員少女の声が聞こえてきたのは、この空間の外からであり……。
下手に動いたり騒いだりしなかったのは、それを許さないほど後頭部が痛く、吐き気や目まいがひどかったからである。
だが、結果的にそれは、幸運であったといえるだろう。
「きちんと始末しちまうのが、一番なんだろうけどな」
……外側から聞こえてきたのは、いかにも物騒な言葉であったのだから。
この場合、始末が何を意味するのか理解できないほど愚鈍な副長ではない。
「デュフ……」
ゆえに、普段では考えられないほどデュフの音量を絞り、耳が拾う言葉に集中したのであった。
「始末、してくれるんですか?」
「いやあ、できるんだったら、もうやっちゃってるなあ」
とりあえず、最初に聞こえたのはある種の福音。
助かりましたぞ! 相手は問答無用で拳銃をパンパンしてくるような手合いではありませぬ!
「拳銃とか持ってたらいっそ……って思うかもしれないけど、変装してるからスパナとかしかないし」
デュフフ……拳銃持ってたらパンパンしてたっぽいですぞ!
「あー……。
人一人殴り殺せって言われても、はいそうですね、とはならないですよね。
ボクも、目の前でこの人が殴り倒された時、ヒェ……ってなりましたし」
「それな」
分かったような分からないような会話が、外側でなされる。
とりあえず、レンゲなる少女の一人称は「ボク」。
ますます、好みにストライクですぞ!
難点は、そんな気持ちを抱いていられる相手ではなさそうだということですな。
「とりあえず、このままツールカートに入れとけばいいんじゃないかな?」
「それで、窒息とかはしませんか?」
「そこまで密閉度は高くないし、まあ大丈夫だろ。
さっきも言ったけど、本当は始末しなきゃだし」
レンゲに答えているのは、若い男の声。
そして、彼の言葉により、自分が置かれている状況も完璧に理解する。
ツールカートというのは、その名の通り、こういった施設で働く作業員が工具などを運ぶために使うカート。
大型冷蔵庫ほどもあるコンテナにハンドルやホバーを取り付けた構造となっており、少ない力で多量の工具や大型の部品を運べる優れものであった。
自分は今、どこかの部屋で、そのコンテナに詰め込まれているのだ。
そして、空のツールカートを動かして整備員になりすまし、自分を後ろから殴打して拘束している者の正体など、限られている。
工作員や、テロリストだ。
となれば、その仲間であるのだろうレンゲがあの時、本当にしていたこととは……!
「まあ、オタク君なんかのことよりさ。
レンゲちゃんは、自分の仕事の心配してよ。
この宇宙港にドッキングしている軍艦、全部まとめてハッキングするっていう大事な仕事があるんだからさ」




