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絶対に死にたくない銀河皇帝庶子が戦艦を与えられたので給糧艦に改装したら、前線へ出ずっぱりにさせられた件。  作者: 英 慈尊
2章 惑星レクの騒乱

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大ハード

 今は昔、ジャパンで暮らすサムライたちは、月を眺めながらダンゴなる菓子を食し、酒も楽しんだという。

 生憎ながら、この惑星レクは月に相当する衛星を持たないが、しかし、イゾーロ・ヤマモトが構えた屋敷のエンガワから眺める夜空は、おそらく地球時代のそれにも劣らぬ――絶景。

 さて、それぞれのきらめきは、メケーロが知るいずれかの星であるのか……?


「こうして、初めて足を踏み入れる惑星で夜空を見上げてみても、星図の手助けなしじゃあ、どれがどの星だか分からねえな。

 天に輝く星の中には、若い頃、兵士として駆け回った戦場を照らす恒星もあるんだろうが。

 あんたは、分かるのかい?」


 随分と昔、唯一の目となった右目で夜空の星々を追いながら、つぶやく。

 狭く、間合いというものが掴めなくなったメケーロの世界……。

 返答は、死角となっている左から放たれた。


「あれだ。

 あの星」


「んー?」


 メケーロより20歳以上も年上……齢90を超えているとは思えぬ力強さで持ち上げられた指の先を、追いかけた。

 その直線上にあるのは、いくつかの瞬きに囲まれたこれも小さな輝き。


「恒星ライズン。

 その近くには、君が左目を失った戦場もあるはずだ」


「ああ、懐かしいねえ。

 こうして、この惑星レクから見えている光は、俺が左目を無くした時より、何万年も昔の光なんだろうが」


 メケーロの左顔面は、長く伸ばした茶髪によって覆われており……。

 その覆われた下、ザラリとした感触の古傷を手で確かめながら、薄く笑った。

 こうして手で触ってみると、生きているのが不思議なほどの重傷。

 若かりし頃、飛散した荷電粒子が掠めたことによる負傷である。


 当時のメケーロは、まだ十代の三等兵。

 いつかM2に乗る日がくることを夢見る、ありふれた少年歩兵であった。

 前方に位置する敵の塹壕を破壊するべく、上空から味方M2が粒子小銃の引き金を引いたのだが、それはメケーロ少年にとって、不幸の引き金でもあったのだ。

 ヘボな整備兵が手入れしていた粒子小銃から放たれた荷電粒子ビームは、収束が不十分な代物。

 結果、ビームの本流から幾ばくかの微細粒子が飛散し、人体を貫くに十分な熱量を誇るそれは、たやすく少年兵の顔面を抉ったのである。


「今でも覚えているよ。

 あと一歩踏み出していれば、脳を穿っていただろう飛散粒子の直撃で左目を失った少年が、担架に運ばれながらこう叫んでるんだ。

 『自分はまだやれます! やらせてください!』ってね」


「実際、やれるってことを証明したでしょうが?」


 ――コトリ。


 ……と、背後から老人二人の間にトレーが置かれたのは、その時のことである。

 載せられているのは、ジャパン式の容器――トックリと、二つのオチョコ。


「……」


「……」


 沈黙。

 振り返る愚は侵さない。

 ここまで積み上げた硬派な雰囲気が、一瞬で霧散しそうだから。


「ああ、証明されたな。三等兵。

 おかげで、私は前途ある若者の光と未来を奪ってしまったことを、嘆く必要がなくなった。

 難点があるとすれば、だ」


 気を取り直した隣の老人が、オチョコの片割れを手に取った。

 すると、背後から伸びた白魚のような手が、トックリから酒を注ぐ。

 一ミリたりともこぼすことのない、完璧な給仕。


「……」


 ……沈黙の後、満たされた杯をグイとあおった隣の老人が、苦々しげに続く言葉を吐き出す。


「その時、君はフリーレーン自由商業同盟の兵士ではなく、傭兵として旧ウィンバニア王国……。

 いやさ、銀河帝国でサンダーアイと名乗り、かつての戦友たちへと銃口を向ける立場になっていたことだろう」


「……はっはっは」


 笑っているような、そうでもないような。

 乾いた声を出しながら、右目の視界に収めるべく、顔ごと左を向く。

 小肥にして穏やか。

 好々爺という言葉が相応しい日系のご老体――イゾーロ・ヤマモトは、こちらを向くことなく、夜空に眼差しを向けるばかりだ。


「立場が変わっただけですよ。大尉殿。

 タバコ、吸ってもいいですかい?」


「ああ――」


 イゾーロの返事がくる前に……。

 二人の背後から、サッと陶器製の灰皿が伸びてくる。


「……」


「……」


 男二人、そのまま料理の盛り付けに使えそうなほど見事な絵が描かれた灰皿を間へ置き、しばし黙った。

 なぜ、黙ったのか?

 ハードボイルドな雰囲気を回復するためである。

 歴戦の勇士たちといえど、メイド服に包まれた腕が背後から当然のように伸びてきてお世話するという現象に連続で畳みかけられると、スルーしきるのも限界があった。


 おれはやれる。

 おれはサンダーアイ。

 伝説の傭兵イィィ!


 ――シュボッ!


 オイルライターを懐から取り出し、紙巻きタバコに火をつける。

 紙巻きタバコというのはまず、着火するために使った火の味わいを楽しむもの。

 オイルライター特有の粘り気が混ざった香気で口中を満たすと、ニコチンよりも速やかにこの心を落ち着かせてくれた。


「――構わんよ。

 もっとも、私は吸わなくなって久しいがね」


 よし! 大尉殿も回復した!

 さらにハードな雰囲気を増すべく、一口だけ吸ったタバコを、通常と逆。

 フィルター部が灰皿の中へくる形で灰皿内……それも、イゾーロの側へ寄せる形で立てかける。

 吸わなくなった彼の代わりに、タバコだけ火をつけて置いておく演出だ。


 ハードな雰囲気は最高潮! ここから立て直すぜ!


「あれだけヘビースモーカーだった大尉殿が、吸わなくなるとは意外ですな」


「ハッハッハ! 大尉というのは、君が負傷した時の階級だ。

 佐官以上になると、何かと付き合いも増えてね。

 そういう相手は、タバコの臭いに敏感だった、な」


「ハハァ。

 偉くなるというのも、気苦労が絶えないものですな」


 ――スゥー……。


 新たな一本に火をつけ、たっぷりと肺に紫煙を吸い込み、吐き出す。

 美味い。

 人体にとって有害な物質ばかりで構成された、それも煙であるというのに、こんなにも美味い。

 全身に張り巡らされた神経が喝を入れられ、同時にリラックスもしているかのような矛盾した心地だ。

 これを我慢せねばならぬのなら、片目を失い、兵科適性なしとなって正規兵でいられなくなったのは、天の采配だったと思える。


「悪いことばかりでもないさ。

 おかげか、この年齢まで生き延びられた。

 孫が大きくなるのを、見届けられた」


「孫か……。

 孫は、いいものですな」


 屋敷の二階部分。

 どうやら、宴会場のようになっているらしい箇所から、賑やかにしている気配を感じて、唯一残った目を細めた。

 その輪の中に、孫娘――マミヤも混ざっているのだ。


「そういえば、お孫さんは今、ちょっとした時の人ですな?

 イセ新選組だったか。

 この惑星レクに……もっと言うならば、イセタウンに土着した機動部隊として、SNSは大盛り上がりだ」


「先日、イラコ君が命を狙われた際の活躍が、効いているのだろう。

 こういった事象は、何か私たちの知らない大きな存在の(たなごころ)にある。

 まあ、アルファードは()()()()()のだろうさ」


「持っていた、か。

 そうですな。

 功というものは、どのような形であれど、持っていないと積むことができない。

 実際、あのスパイ共は、本当にうまいところで襲撃してきたもんだ。

 まだ、()()()()()()()調()()()()()()()()そうですが」


「まったく、イラコ君も難儀な立場になったものだよ。

 いつ、誰に命を狙われてもおかしくない」


「まったくだ」


 タバコを右手に持ち替え、左手でオチョコの酒を飲む。

 タバコの苦味によって、華やかな米の甘みと旨味がさらに口の中で広がったような気がした。


「む……尽きたか」


 と、吸わない代わりに酒杯を重ねていたイゾーロが、トックリを逆さに傾けながらつぶや――。


 ――シュウンッ!


 ……まるで、モータースポーツのマシンが駆け抜けるような音と共に、新たなトックリがトレーへと置かれた。


「……」


「……」


 ハードボイルドな空気が霧散するのを感じながら、二人で背後を振り向く。

 こう……ホラー映画において、ジャンプスケアを誘発する被害者役のような気分である。

 そこには、誰もいない。

 だが……。


 ――コトリ。


 ……と、イゾーロが空いたトックリをトレーに置くやいなやだ。


「空のトックリ、お下げしますねー」


 ――ビシュンッ!


 ……という、さっきまで正面だった方向からの風切り音と共に、そのトックリが消失したのであった。


「……」


「……」


 男二人、黙ってタバコを吸い、酒をあおる。

 沈黙。

 それこそが、唯一ハードな空気を守護(まも)る術だったのである。

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― 新着の感想 ―
イラコママ「ハードボイルドと便利、どちらがお好みですかー?」
ハードボイルドは取り乱さない!!
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