すり替えられた運命
「あれは、今から二十年程前の事になります……当時、ここは月光教の教会であると同時に、貴族向けの産院としても機能しておりました。このアクシア公爵領は他領よりも自然が豊かで、大地の魔力に満ち溢れておりまして、古来からこの地で産まれた子供は強くなり、また出産の際の負担も減ると言われておったのです。ですので、多くの貴族の奥方様が、ここを利用しておられました。そう、あの時までは」
涙が落ち着いたラントは、ゆっくりと話を始めた。それでもまだ目に涙が浮かんでいるが、話をするだけなら問題なさそうだ。ジャンヌとジーナは、ここからどんな話へ繋がっていくのか、固唾を呑んで聞き入っている。
「あの頃、私はここで働く産科医の一人でした。私の他には、5人ほどの産科医が勤めていて、我々は三人ずつの交代制で仕事をしておったのです。……そしてあれは、酷く雨の降る、少し物悲しい日でございました。私は当日が休みで、自宅で家族と共に過ごしておったのを覚えております。そしてあの日は、たまたま二人の奥方様が出産の為に滞在しておられました。一人は、我がアクシア公爵家のご当主、ジュリア様。そして、もう御一方が……パルテレミー家のアメーリア様でした」
「えっ!?お、お母様が、ここに?」
「はい。お二人は出産の予定日も近く、お子が産まれるのを大層楽しみにしておられました。そしてあの時、先に出産されたのはジュリア様でございました。ジュリア様は産まれてきた我が子を大変慈しんでおられて……その様子に、お子を取り上げた私でさえも、とても誇らしく思ったのを覚えております。ですが、その翌日、最悪の事態が起こりました」
ラントは深く息を吐き、そのまま押し黙ってしまった。ここから先はよほど話したくないのか、或いは話すのに勇気がいるという感じだ。そのまま数分間の沈黙の後、話は再開された。
「あの時、アメーリア様は酷い難産で、出産後、一時的に昏睡状態になってしまったと聞いております。そして、ああ……私の同僚達はミスを犯したのです。産まれたばかりの、パルテレミー家の赤ん坊を死なせてしまったと、私の元に連絡が来たのはその夜のことでした」
「し、死なせた?ウソ……だって、でも、私はここに。……じゃあ、私は、私は一体」
「同僚達は、この恐ろしい不祥事をなんとかして隠蔽しようと考えました。幸い……いや、最悪な事にアメーリア様は昏睡状態で、ご主人のジャンゴ様もお仕事でまだこちらに来られないようでしたから、どうにかして事実を隠せないかと必死になって考えてしまったのです。それと時を同じくして、アクシア公爵家の本邸に異常が起きたとの報せが舞い込んできました。当主であり、また優れた剣の才能を持っておられたジュリア様は、産まれたばかりの赤子を置いてここを飛び出して行かれた……それっきり、ジュリア様は戻って来られませんでした」
「あ……」
ここへ来るまでの間にライナスから聞いていた、アクシア公爵家で起きた事件がジャンヌの頭の中に浮かび、それらが結びついて行く。大雨の夜、突如として消えたアクシア公爵家の人々。その中に、ジュリアもいたのだ。子を産んだばかりの身体だったにも関わらず駆けつけた彼女は、善戦虚しく何者かに消されてしまったのだろう。
「それから三日が経ち、一向に戻られない奥方様を心配して同僚の一人が本邸へいくと、そこはもぬけの殻だったと言います。その後、いくら探しても誰一人見つからず、時間だけが過ぎていきました。忽然と姿を消したジュリア様と、残された赤子。そして、子を失ったアメーリア様……その時、我々に悪魔が囁きました。まだ目覚めぬアメーリア様は亡くなられたお子様の顔を見ていない、ならば、今ならばと……!くっ、う、ううう……」
そこでラントは両手で顔を押さえ、声を殺して泣いた。後悔の涙はとどまる事を知らず、それを聞かされた誰もが衝撃の事実に固まっている。赤子のすり替え……それこそがジャンヌを呪われた運命へと陥らせた原因だったのだ。
それから、どれだけの時間が経っただろう。誰も一言も発せぬうちに、ラントがようやく落ち着きを取り戻し、話を続けた。
「その後は、皆様も知っての通りで……ここアクシアの地は皇国預かりとなり、ほぼ全ての民は王都や他領地へと移り住む事となりました。私の同僚達も、己の罪から少しでも逃れられると思ったのでしょう……皆、喜んで逃げるようにここを離れていったのです。ですが、私はどうしても、忘れることが出来ませんでした。あの時、産まれたばかりの我が子をその腕に抱き微笑んだ、美しいジュリア様のお顔を」
「………………」
「そんな、そんなことって……」
「私は皇帝との約定に背き、この地に骨を埋めようと密かに舞い戻りました。そして、ジュリア様の像を彫ってここで暮らしてきたのです。いつの日か、貴女様がここへお見えになり真実を知ろうとする、その時が来る事を願って。そして、今日、まさにその願いが叶いました…………!」
ラントはジャンヌの手を両手で握りしめ、祈るようにテーブルの上で頭を下げた。年齢相応に年輪のようにしわが刻まれた彼の手は、同時にいくつもの傷跡に塗れている。産科医をしていたという彼は、きっとこの教会跡で慣れぬ過酷な生活を送って来たに違いない。いつ頃からダルクが一緒だったのかは解らないが、人の手が入らなくなった地での生活となれば、魔獣などによって命の危険すらあったはずだ。それでも贖罪の為、懸命に生きた彼の人生がジャンヌには見えた気がした。
「ラントさん、ごめんなさい。私、自分の事を全然知らなくて……正直、実感も湧かないわ。その、私が本当にお母様の子じゃなく、ジュリアさん……の子供だっていうのも」
「何を仰いますか、貴女様はお母様に瓜二つです……!最初に一目見た時から、すぐに解りました。貴女様がジュリア様のお子様であると。私は一瞬、ジュリア様がお戻りになられたのかと思ったほどでございます。ジャンヌ様、どうかお聞かせください、あなたがこれまで、どうやって生きてこられたのか」
その話を隣で聞いていたジーナは、以前、トルキアでジャンヌが作ったトピアリーの姿が、ジャンヌによく似ていた事を思い出していた。あれは、まだ産まれたばかりのジャンヌが、無意識のうちに覚えていたことを形にしたものではないか?普通ならばあり得ないことだが、ジャンヌだけはそのあり得ない事が起きていても不思議ではない。これまでにジーナが見てきたジャンヌという人間は、そんなタイプだ。
しかし、ラントの言葉が正しいのならば、彼らが犯した罪は遠からず破綻するものであっただろう。先の木像で見る限り、アメーリアやジャンゴは、ジュリアとは全く似ていない。ということは、ジャンヌが銀髪を継いでいない事を抜きにしても、ジャンヌが成長していけば顔立ちの違いから疑われてもおかしくなかったのだ。そうならなかったのは、ジャンヌが早くに家を出ていった事と、ジャンゴとアメーリアがジャンヌを疎むあまり、彼女に注意を向けていなかったせいでもある。二人がほんの少しだけでも、ジャンヌに心を割いて見ていれば、隠された事実に気付けたはずだ。
だが、そうして掛け違えられたボタンの一つ一つが、最悪な形で歯車のようにうまく噛み合い、連動して真実を覆ってしまった。それが全てである。
そうして、ジャンヌはポツポツと語り始める。自分の胸に生まれた違和感と、これまでの人生の全てを噛み締めるように。その話が終わる頃には、辺りはすっかり暗くなり、夜の帳が静寂と共に教会を包んでいた。
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