炎のジェスター
「…………もうすぐ、エンデュミオン皇国に、入る、ぞ…………あの森……からだ」
ライナスはそう言うと、魔力車のアクセルを踏み、視界の端に見えている森へと車を走らせた。
ジャンヌ達がソロの行方を追って出発してから、数えて8日目。ようやく、エンデュミオン皇国へ入る道に到着した。魔力車を使ってもこれほど時間がかかったのは、国境警備隊に気付かれないよう皇国内へ忍び込む為である。
エンデュミオン皇国とノルディール共和国を結ぶ主要なルートには、当然ながら不法な入国者を取り締まる為の国境警備隊が配備されており、そのままではジャンヌ達が皇国内に入った事が女帝に気付かれてしまう。それを避けるために、わざと大きく遠回りをして、警備隊がいないルートを進むことにしたのだ。
これは皇国の刃達だけが知る秘密のルートであり、一般人は魔法によって弾かれる為に通る事が出来ない道らしい。かつての狂王アグリッパとエンデュミオン皇国が戦争をしていた頃の名残らしく、実は現ノルディール共和国の政権すら知らないというのだから、中々に恐ろしい道である。これがバスカヴィル王国のようなまともな国なら、とっくにバレて外交問題に発展していることだろう。長い間、政府がまともに機能していないノルディール共和国だから残っているルートだ。
「この辺から入ると、エンデュミオン皇国のどこに出るわけ?どうも私、エンデュミオン皇国の地理に疎いのよね」
「…………このルートの先、は、ちょうどかつての、アクシア公爵家、が領地として……持っていた土地にあたる……今は、皇国預かり……の土地で、特にこの辺り、は、ほとんど無人……のはずだ……」
またも出てきたアクシア公爵家の名に、ジャンヌは因縁めいたものを感じ、顔をしかめていた。今まで知りもしなかった公爵家が、どうしてここへ来て自分の前に現れるのか?簡単に運命という言葉で片付けるのはあまり好きではないが、不思議な縁を感じるのも事実だ。そんな、言葉にし難い感覚がジャンヌの胸に影を落としている。
そんなジャンヌの思いを少しだけ察して、ジーナはわざと明るい声で問いかけた。
「その、アクシア公爵家だった場所から、ソロさんがいそうな首都のお城まで、どのくらいかかるんですか?」
「めいっぱい、飛ばせば……数時間、で、着く……が、目立ち過ぎる………………急ぐなら、夜、の方がいい……」
そう言うと、ライナスは車を森の傍に停めた。一見すると何の変哲もない、木の生い茂った林のようだが、車から降りたライナスが手をかざして何かを呟くと、木々が生き物のようにざぁっと脇に逸れて道が出来た。そのままライナスは運転席へと戻り、再び魔力車を発進させる。
「凄いわね。こんな事も出来るんだ。ソロはこんな道があることなんて、全然教えてくれなかったけど」
「皇国の、刃……だけ、が通れる、隠し道、だからな…………バーソロミュー、だって、知りはしない、さ……」
ライナスは少しだけスピードを上げ、森の中を進んでいった。隠し道というだけあって、かなり道は入り組んでいて、何度も曲がったり、時には坂を上ったり下ったりもする。これは確かに、知らない人間が間違って立ち入った所でまともに進める道ではなさそうだ。
しばらく道なりに進んでいくと、森の終わりが見えてきた。木漏れ日が強くてはっきりとは見えないが、エンデュミオン皇国へ入れたようである。そのまま、森を抜けそうになった、その時だ。
「え?誰かいる!?」
「…………っ!?ハドリー、だと……!?」
進む先に立っていたのは、ライナスやメイヴァと同じ、黒衣に身を包んだ男だった。背丈はそう高くなく、燃える様な赤い髪に似つかわしくないゾッとするような冷たい目つきでこちらを睨んでいた。
ライナスがハドリーと呼んだその男は、向かってくるジャンヌ達の魔力車に向けて手をかざし、小さく何事かを呟いた。すると、その手からは炎の塊が飛び出して、魔力車目がけて飛来していく。
「なっ!?」
「きゃあああああっ!」
「クソ、っ!!」
ジャンヌ達が進んできた道は一本道で、炎を避ける事は難しい。しかも、森の中では薄暗くて気付かなかったが、左手側は崖になっていて、下手に避けてそこへ落ちれば魔力車ごと谷底へ真っ逆さまだ。恐怖で叫ぶジーナを庇、ジャンヌはその身体をぎゅっと抱き締めている。運転席のライナスは一瞬で覚悟を決め、一気にアクセルを踏んで、逆に炎へと速度を上げて突っ込んだ。
「!?」
「おお、おおおおおおっ!なにかに、掴、まれっ!」
猛烈にスピードを上げた魔力車は、車体に直撃した炎を纏いながらも直進し、そのままハドリーを撥ね飛ばした。その衝撃で車は大きく揺れ、制御を失ったのかフラフラと蛇行をし始めた。なんとか崖に落ちるまいとライナスは努力していたが、急に速度を上げたことと、ハドリーにぶつかった衝撃が悪い方に重なり、魔力車の制御を取り戻すのは難しいようだ。
そのまま蛇行を繰り返す内、魔力車は大きな樹に激突してようやく止まった。
「降り、ろっ!早く、っ!」
「くっ!ジーナ、いくわよ!」
「は、はいっ!」
悠長に話をしている暇はないとジャンヌも思ったのだろう。衝撃で揺れる視界を必死に抑えながら、ジャンヌはジーナを抱いたまま車外へと飛び出した。続けて、アーデとライナスが出てきて、三人と一羽はふらつきながらも魔力車から離れた。
直後、魔力車は爆発を起こし、めらめらと赤黒い炎が立ち上っていく、まさに間一髪だ。
「危なかった……!っていうか、なんなの?さっきの奴!私達がここを通るってバレてたみたいじゃない!どういうこと?!」
「…………ヤツ、は、ハドリーという、炎を操る魔法、を得意とする……皇国の刃の一人……だ。気を付けろ。アイツ、は、あんな程度じゃ……ッ!?」
そう言って後方に目を向けると、車に撥ねられて横たわっていたハドリーが、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。だが、その動きはまるで関節のない人形のようで、とても人のものではなく、生理的な嫌悪感を抱かせるものだった。
「な、なによアイツ、超キモチワルイんだけど!?」
「ハドリー、は、自らの加護……で、自分の肉体を軟体化させる、能力を持っている。……だが、なぜヤツが、ここに…………」
ライナスは僅かに冷や汗を流しながら、奇怪な動きで立ち上がり、こちらへ向かってくるハドリーを睨みつけた。ハドリーはライナスの知る皇国の刃の中でも、とびきりに常人離れした人物だ。ライナス自身も含め、癖のある人物が多い皇国の刃の中でも、ハドリーはトップクラスに厄介な男である。彼の相手をジャンヌに任せるのが心配だったのか、ライナスは意を決して、ジャンヌ達を庇う様にして前に出た。
「lol、何をしている?あの隠し道を通っていいのは我らだけだ。部外者を連れて通行する事は許されない」
「……だからと、言って、有無も言わさず攻撃してくる、とは…………相変わらずだ、な。そもそも、なぜお前、がここにいる?」
「俺はただ、ここで空を眺めていただけなんだ。そうしたらお前がルールを破ってきた。ああ、ダメだ。ルールを破る奴は……やぶ、やぶやぶやぶ……!」
「ちっ……!壊れた、か……!」
紅い髪を振り乱し、ハドリーは頭を掻きむしって身体を揺らし始めた。それはライナスの言葉通り、壊れたと表現するに相応しい姿だ。同時に、ハドリーの足元から激しい炎が巻き起こり、彼自身の身体を包んでいった。
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