新たなる狂王
「どうやら、貴様らの加護で僕を外部から途絶させたという事らしいな。それで?僕に何の用だ。見ての通り僕はとても忙しい。謁見を求めるなら、所定の手続きを踏んでから……」
「そんな事をする必要はない。君は僕の質問に答えてくれるだけでいいんだよ。それに、君の方が僕に会いたがっていたはずだよ」
「なに?貴様のことなど僕は知らん。知らん相手に会いたいなどと思うはずがあるか!」
シーザーは激しい剣幕でエルドレッドを喝破した。彼は流石に王子だけあって、こうした状況でも己の強さを失っていないようだ。だが、そんな自信に満ちたシーザーの態度にも、エルドレッドは全く動じていなかった。それどころか、煽るような口振りである事実を口にする。
「何を言っているんだい?君や君の部下達は、散々僕らを探し回っていたじゃないか。僕達『メタノイア』のことをね」
「なにっ!?」
勢いよくシーザーが立ち上がると、堆く積まれていた書類の山が一気に崩れた。エルドレッドはその様を、楽しそうに見て笑っている。
「あははっ、急に立ち上がるから、君の大事にしている仕事が大変なことになっているよ?そんなことをして大丈夫なのかい?父君に怒られてしまうんじゃないかな」
「ふざけるなっ!貴様が本当にメタノイアの一員であるなら話は別だ!ここで会ったが百年目!ひっ捕らえて組織のすべてを吐かせてくれるっ!」
そう言って、背後に立てかけてあった長剣と盾に手を伸ばす。既にムラクモを持って立っているエルドレッドは、それを止めるのも容易だったはずだが、彼はニヤニヤと笑みを浮かべるばかりで、シーザーが剣を取るのを黙ってみているだけだった。
そして、剣を取ったシーザーは間髪入れず、必殺の三連撃を放った。
「てぃっ!せいっ!はあっ!」
「フフフ……」
ライトニングエッジとシーザーが名付けたその技は、エルドレッドを捉えたかに見えたが、それらは全て空を切っていた。落ちた書類の何枚かは切断され、後で支障が出るのは明らかだ。しかし、それを気にしている余裕は、シーザーにはないようである。
「退屈な技だね。奇声を張り上げて敵の注意を逸らし、三連撃を加えるのか。それと反撃対策に盾を持つと。確かに、打ち込みの速さはそれなりにいいけれど、そんな技では」
「ていっ!せいっ!っ……あぐ、あああああぁっっ!?」
「ほら、いくら盾を持っていても、剣の持ち手を狙われたら一溜りもないだろう?やはり、君は騎士としては二級品だな」
もう一度ライトニングエッジを仕掛けたシーザーの利き腕を、エルドレッドはいとも容易く切り落としてみせた。ムラクモの恐るべき切れ味は、ハバキリと同等だ。あの時、ジャンヌがシーザーの技に苦戦したように見えたのは、やはり武器がハバキリではなかったからだったのだ。
「うぐぐ、ぐううう……!」
「痛いかい?痛いだろうねぇ。利き腕の肘から先を切り落とされたんだ、痛くないはずがない。そのままにしておけば、君は失血死確定だよ。そんな死に方はしたくないだろう?だから、僕の質問に答えてくれ。そうすれば、悪いようにはしないから」
「なっ、なんだと……っ!?」
「ふふん、嘘はつかないよ。僕は僕の目的の為に、そういう嘘はつかないことにしているんだ。まぁ、無駄話をしている暇はないから、早速質問と行こう。……ジャンヌ・パルテレミーはどこへ行った?」
「なにっ……?」
「君達は実に余計なことをしてくれた。彼女に魔力車なんてものを与えてしまったせいで行動範囲と速度が劇的に広がり、監視しきれなくなってしまったんだよ。どうやら当初はレガリアに向かっているようだったのに、急に行き先を変えたみたいでね。今はどこにいるのかわからないんだ。僕は彼女と果たさねばならない約束がある。だから、行方が分からないのは困るんだよ。……そこで、一度は彼女の仲間だった君なら、知っているんじゃないかと思ってね。どうかな?」
エルドレッドは邪悪さを感じさせる笑顔を張り付けたまま、痛みでうずくまるシーザーに顔を近づけた。激痛に脂汗を流すシーザーだったが、エルドレッドの質問に答えようとはしない。それどころか、不敵に歪んだ笑みを浮かべて、エルドレッドを睨み返した。
「ふむ。相当な痛みを感じているはずだが、どうして答えないんだい?そのまま死んでしまってもいいとでも?」
「この僕を、舐めるなよ……!例えどんな責め苦に遭おうとも、僕は命惜しさに惚れた女性の情報を囀るような男ではないっ!ましてや、貴様のような卑劣の輩に売り渡す魂など小川に転がる小石の欠片ほどもあるものかよっっ!」
「へえ……」
シーザーの咆えるような叫びを聞いたエルドレッドは、よりサディスティックな顔つきに変わり、手にしたムラクモで今度は、シーザーの左足を刺し貫いた。しかも、そこから神経に向けて弱く魔力を流していく。刺激された神経への攻撃は今までとは違う激痛で、シーザーはあまりの痛みに絶叫する事しか出来ない。
「ううっ!?ぐあ、あっああああああああああっ!!」
「ハハハッ!この僕を卑劣漢と罵るくらいだ。さぞ君は高潔な人間なんだろうね。フフフ、いいだろう、君の愛とやらどれほどのものか、試してみようじゃないか」
エルドレッドはムラクモに流す魔力の量を増減させ、また流れる速度を変化させたりして、シーザーを責め続けた。神経そのものに直接魔力を流し込まれるということは、傷口に塩を塗り込むよりも遥かに鋭く、激しい痛みをもたらすものだ。常人ならば、立ちどころに発狂し、死に至ってもおかしくはない。あまりにも苛烈すぎる痛みのせいで、シーザーは気絶する事さえ出来ずにただ、苦痛だけが彼の脳を焼いた。それでも。
(ジャンヌ君……!僕は、君の情報を決して売ったりはしない!例えこの身が亡びようとも……これは僕の、王としての……っ)
「ぎゃああああああっ!あっ、あっ、ああああああああっ!?」
「ふん、中々耐えるじゃないか。……もしかして君、何も知らないんじゃないだろうね?だとしたら、滑稽だな。愛だなんだとうそぶきながら、何も知らないから答えられないのではつまらないよ。知らないなら知らないとそう言いたまえ。いつまでも君と遊んでいる時間はないんだ」
エルドレッドの予想はずばり、当たっている。ジャンヌはイェルダ……つまり、エンデュミオン皇国との関係を気にして、バスカヴィル王国の王子であるシーザーにはあえて話を持って行かないようにしていたからだ。そもそもジャンヌがどこにいる?と聞かれても、シーザーは答えようがないのである。
だが、シーザーはそれすらも口に出そうとはしなかった。このエルドレッドという男の目的は、シーザーには解らなかったが、ジャンヌに危害を加えようとしていることだけは察する事が出来た。自分の実力ではエルドレッドに勝てなくとも、こうしてシーザーに拷問を加えている間はジャンヌが狙われることはない、そう思ったからだ。
(ほんの僅かな時間稼ぎでもいい、僕は、君の為にこの命を使って、この男を足止めしてやる……!コイツは僕が今までに出会った人物の中で、誰よりも危険な男だ。こんなヤツに、ジャンヌを追わせる訳には……っ)
事実、女帝の元へと向かっているジャンヌがエルドレッドと鉢合わせれば、事態はより深刻なものとなるだろう。ジャンヌの隣にはソロもおらず、逆に守るべきジーナと、まだ敵か味方か判然としないライナスがいるだけなのだ。ジャンヌの置かれた状況を知る由もないシーザーだったが、彼の行動は、確実に、ジャンヌを利するものであることは間違いないだろう。
やがて、シーザーの反応が弱まった事に気付いたエルドレッドは、ムラクモを引き抜いて彼の状態を確かめようとした。
「ふむ。……反応は薄くなったが、まだ生きてはいるか。大したものだね、君の愛とやらには恐れ入ったよ。こうまで口を割らないとは思ってもみなかった。確かに君は、高潔な人物であるようだ」
「な、にを……」
「君という人間に敬意を表して、最期に僕らの目的を教えてあげよう。僕達メタノイアの目的、それは……君達、王侯貴族を滅ぼすことだ。貴族主義を廃滅し真に平等なる世界を創る……世界の変革こそが僕らの使命なのさ」
「ば、バカ……な、そんなことを……して、その、あとは……」
「フフフ、君の心配はもちろんだ。君達という人を導く役割の人間がいなくなれば、人はバラバラになって、好き勝手に生きるようになる。加護という力を持つ者達が上に立ち、加護を持たない人間を迫害するかもしれない。今は君達のような王侯貴族が国と人々を管理しているから、そうなっていないだけでね。確かにその問題は残るだろう。……だから、この僕が上に立つのさ!」
拳を高く突き上げ、エルドレッドは高らかに声を上げる。その目に映っているものは、ドロドロとしたマグマのような恐るべき情念の炎だ。復讐心や怨念、怨恨……ありとあらゆる負の想念が光となって、彼の瞳を濁らせていた。
「……そうだ、全ての人類は、僕の元で統一し管理する!君達現行の王侯貴族を滅ぼし、僕こそが真の王となって、この星に住む全ての人間を従えるのだ!ムラクモと、エンデュミオン皇国に封じられたあの力を使って。この僕、狂王アグリッパの息子である、エルドレッド・ウォルターが!」
(こいつが、狂王の……息子?そんなバカな……だが、この狂いぶりはまさに……ああ、ジャンヌ君、すまない。後は……)
狂い咆えるエルドレッドの隣で、シーザーの意識は闇に沈んだ。落ちていく感覚の中で、シーザーはただひたすらにジャンヌの笑顔を思い出していた。
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