失われた公爵家
「ちょ、ちょっと待ってよ。アクシア公爵家?そんなの聞いた事ないんだけど、それが亡びたって……どういうこと?」
「……俺、も、20年前は子供だった、しな……あとで、調べたことしか解らないが…………アクシア公爵家、はエンデュミオン皇国に、実在した公爵だ」
運転しながらポツポツとライナスが語り始めたのはこうだ。かつて、エンデュミオン皇国内には皇国十三貴族と呼ばれる十三の貴族家が存在していた。その内の一つが、アクシア公爵家だ。アクシア公爵家は非常に魔力に優れた家系の人々で、強力な加護を持つ者も多く、古くは魔法兵の祖とも呼ばれた人物を輩出したこともあったらしい。事実、ソロが魔法師団長となるまで、歴代の魔法師団長のほとんどはアクシア公爵家の当主が務めていたようだ。
そうした傑物の多い家系であったからか、皇国十三貴族の中でも特に皇帝一族との関りは深く、帝位に着けなかった嫡子を降嫁される事もあったらしい。つまり、血はだいぶ薄まっているが、アクシア公爵家は皇帝の血族だったのだ。
そんな歴史もあって、アクシア公爵家は皇国内でもかなりの地位を持っていた。しかし、時が経つにつれ、皇族とアクシア家の関係も変わっていく。ちょうど彼らが皇国の歴史から姿を消した20年程前には、アクシア公爵家と皇族は他の貴族と同じ程度の関係に落ち着いていたようだ。
そして、今から20年前に事件が起きた。
その日は、酷い大雨の降る日で、視界は悪く物音さえもほとんど聞こえないような夜だったらしい。そんな時、アクシア公爵家はたった一晩のうちに、使用人から当主一族に至るまでの全てが忽然と姿を消してしまったのだ。それは翌日、たまたま公爵家に用があって訪れた者達によって事件が明らかとなった。彼らによると、まるで直前まで人が生活していた痕跡が残されていて、喪月(※この星でいう神隠しのこと。月を神の如く信仰する所からそう呼ばれる)が起きたのではないか?と噂されたらしい。
当時、既に皇帝だった先帝バーンは事態の調査を試みたものの、結果は芳しくなく、相当に困り果てて頭を抱えたようだ。何しろ、公爵家の一族が理由も解らず消えてしまうというのは、大スキャンダルである。国の内外へ向けての状況説明はもちろん、アクシア公爵家が持っていた領地をどうするかも、頭の痛い問題だったという。その時に暗躍したのが、当時の皇国の刃達だ。
彼らは皇帝の命を受けて秘密裏に調査をし、一つの結論を出した。それは、何者かがアクシア公爵家を襲撃してそこにいた者達を何らかの方法で始末し、遺体から戦闘の痕跡までの全ての証拠を隠匿したというものだ。その結論が出された直後、犯人からの犯行声明がバーンの元へ届いた。その犯人こそが、メタノイアだ。
自らをメタノイアと名乗る彼らは、文字通り、世界に変革をもたらすことを目的としていた。その内容は、貴族主義の廃滅であり、エンデュミオン皇国だけでなく全世界における王侯貴族を滅ぼすという宣言が記されていたらしい。自分達にはその力があると誇示する為に、アクシア公爵家を襲ったというのだ。
事態を重く見たバーンは、皇国の刃達を彼らへの刺客として送り込む事を決め、実行した。それと同時に、アクシア公爵家の領地は皇国預かりとし、その領民達のほとんどに金を渡して緘口令を敷いた。そして、王都やその付近に移り住ませたのだ。ただ、命令に従わない者は最悪の場合、処理された……とも言われている。
さらに、バーンは他の十三貴族達にも秘匿情報としてそれらを流し、アクシア公爵家の存在を事実上抹消しようとした。メタノイアにはたった一つの勝利をも渡さず、彼らを人知れず歴史の闇へと追放しようとしたからだ。その理由は、貴族主義の廃滅という民衆の心へ容易に入り込みそうな毒の思想を、徹底的に排除する為であった。
為政者である皇帝や他の貴族達は、当然ながらその考えを共有し、同調した。やはり、自らが持つ支配と権力を失う可能性は出来る限り失くしたい、というのが、貴族に限らず権力者の本音であろう。本来ならばあり得ないことだが、徹底した権力者達の結託と協力により、わずか20年で、アクシア公爵家は皇国の歴史から消されてしまったのだ。
「そんな事が……メタノイアって、あのリリィや赤鬼が属してたって、シーザーが言ってた奴らよね?あいつら20年も前から活動してたの?」
「…………その話、は知らないが、とにかく奴らはかなりの強敵、だったと聞いている。…………もっとも、10年、程前からは、エンデュミオン皇国だけでなく、他国にもちょっかいを出して、戦力を募っていたらしい。俺が……皇国の刃に参加、したのは8年、くらい前だから……直接、奴らと戦った……事は、ないがな」
ライナスが少しつまらなそうにしているのは、それほどの強敵と戦えなかったことへの不満なのだろう。皇国の刃達はあくまでエンデュミオン皇国内での活動を許された存在だ。他国まで出向いて彼らと戦う許可は出ていなかったのかもしれない。そもそも、その命令を下したバーンは、五年前……いや、そのさらに数年前から病に伏していたという。彼らが皇帝の忠実な僕である以上、皇帝がその状態では追加の命令や許可など出るはずもないのだ。
ライナスの不満の意味が理解出来ていないジャンヌは、あえてそこには触れず、アクシア公爵家に想いを馳せた。メイヴァの言葉が正しいなら、ジャンヌはアクシア公爵家の関係者ということになる。だが、ならばなぜ、自分はパルテレミー家の長子として取り上げられたのだろう?メイヴァがこぼしていたように、それは父と母も与り知らぬことだったようだ。しかし、本当にそんな事があり得るのか。そんな疑問がふつふつと湧いて出て、ジャンヌは言い知れぬ不安感に胸を痛めていた。
一方、その頃。バスカヴィル王国首都にある城内の一室。そこではシーザーが一人で、山積みにされたいくつもの書類を前にして汗をかいていた。あまりの書類の多さで、机の向こう側が見えないほどだ。シーザーはそれらを読み、サインをし、時にハンコを押しながら悪態を吐いている。
「クソっ!全然終わらんではないか!?父上め、入院している叔父上の分の仕事まで僕に押し付けおって……|ちょっと庶民の暮らしよりいい生活《一千万ドルゴの浪費》をした程度であんなに怒るとは。ああ、ジャンヌ達との旅は楽しかったなぁ。いつかまた、僕も彼女達ともう一度……何者だ!?」
「ほう。使えないダメ王子だと聞いていたけど、それなりに気配を読む事は出来るんだね。大したものだ」
闇に紛れて突然姿を現したのは、以前、ジャンヌの前に現れ、彼女からレイモンドを守って消えたエルドレッドという青年だった。その手には、ハバキリに似た黒い刀――ムラクモを持ち、薄く笑みを浮かべている。
「貴様、どうやってここへ?警備兵達はどうした?」
「ふふん、彼らは僕がここにいると気付いてさえいないさ。僕の仲間にはそういう力を持っている者がいてね。ちょっと忍び込ませてもらったよ」
「なんだと……!?おい!誰か!誰か来てくれ、曲者だ!」
しかし、シーザーがどれだけ叫んでも、誰もその部屋に入って来るものはいなかった。まるで、この部屋が隔絶された空間であるかのようだ。
焦りをみせるシーザーの様子を一頻り楽しんだ後、エルドレッドはゆっくりを口を開く。そこから語られた彼の目的と正体に、シーザーは驚愕し言葉を失うのだった。
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