呉越同舟
「………………」
「…………………………」
「………………………………」
無言の、気まずい空気が張り詰める車内に、三人の男女の姿があった。三人というのはもちろん、ジャンヌとジーナ、そして運転席に座るlolのことだ。ジーナの膝の上にはいつもの大きさになったアーデがちょこんと座っていて、じっとジーナの顔を見つめている。ジーナは微笑みながら、その背中を撫でていた。
「ああ、もう。気まずいったらないわね。……まったくもう、どうしてこんなことに」
小さく呟いたジャンヌだったが、こればかりはどうしようもない。女帝に囚われたソロを助ける為には、少しの油断やミスがあってはならないからだ。そうして、一週間前の事を思い出す。
――lolから自分達を襲った経緯を聞きだしたジャンヌ達は、ソロを助ける為にエンデュミオン皇国へ向かうことにしたのだが、問題はそこからである。敵は女帝イェルダであり、彼女と戦うということは、エンデュミオン皇国の全てを敵に回すのと同じ事だ。lolの話によると、皇国の刃にはまだあと数人のメンバーがいるらしいし、彼らはlolと同等の腕前を持つ戦士だという。それに加えて魔法師団や騎士団といった、いずれも強力な力を持つ軍団がいるのだから、真っ正面からぶつかっても太刀打ちできるはずもない。
なので、出来るだけ隠密的に、それもソロを奪還して即トンボ返りするくらいがベストである。だが、魔法の使えないジャンヌと未熟なジーナだけでは、そのミッションを完遂するのは難しいだろう。
当初はシーザーを頼ることも頭に過ったが、仮にも相手は女帝だ。彼女を相手にするのに、バスカヴィル王国の王子であるシーザーを頼れば、下手をするとバスカヴィル王国とエンデュミオン皇国の戦争になってしまいかねない。今でこそ、各国はそれぞれ大人しくしているものの、どこかで戦端が開けば、現状のバランスを大きく崩そうとする国が出て来てもおかしくないだろう。人は、現状で満足をするという事をしない生き物だ。何を求めるかは人それぞれだが、より強く、より豊かに、或いはより賢く、より大きくなろうとする者もいるはずだ。
人と比べて自身を高めることは、決して悪いことではないのだが、それは飽くなき上昇を意味する。個人が成長しようとするだけならまだしも、その集合体である国家が、仮に国民の幸せを願った結果でも、他者より優れた形になろうとし続けたなら……手っ取り早くそこに行き着く先は最終的に戦争だろう。
500年前のノルディール王国に現れた狂王アグリッパが、まさにその典型だ。幸い、彼を反面教師として、それぞれの国は協調路線を敷き、平和を保っている。だが、それは薄氷を踏むような危うさでもある。もしもエンデュミオン皇国とバスカヴィル王国という大国が争えば……必ず周辺国が黙っているとも思えない。かつてのように、ダンジョンとそこから発生するモンスターという共通の敵がいる訳ではないのだから。
そんな考えもあって、ジャンヌはシーザーの力を借りることを早々に諦めた。しかし、そうなると、二人だけでどうやってソロを助けに行けばよいのだろう。そう悩んでいると、そんな二人を傍で見ていたlolが思いがけない言葉を口にした。
「……お前、達、バーソロミューを助けに行く、つもりか?…………たった、二人で…………」
「当たり前でしょ。ソロは私達の大事な仲間で、家族よ。本人の意思を無視して、無理矢理連れ去って結婚だなんて、そんな事許せる訳がないわ」
「そ、そうですっ!ソロさんが結婚なんて……ダメです、絶対!」
「そう…………か。………………なら、俺が、案内…………してやる…………」
「へ?あ、あんたが?どうして?」
「俺、は任務に失敗、した。……きっと、メイヴァは、俺が生きている……とは、思っていない……だろう。なら、裏をかける、かもしれない。……それに、俺は…………捕虜、だろう?……なら、捕虜らしく…………言う事を聞く、さ。それに…………」
「え?」
ジャンヌの顔をじっと見つめたlolは最後に何か呟いて、フッと笑った。そして、心の中でそれを呟く。
(ジャンヌ・パルテレミー。お前を殺すのは俺だ。そして、俺を殺していいのもお前だけだ。……その時まで、他の誰にも手出しはさせない!)
「な、なによ、人の顔をジロジロと……あんたそもそも信用できるの?」
「何でも、ない。…………俺の、ことは、これからの行動…………で、信じてもらう、しかないな。…………俺の、本当の名は」
そう言いながら、lolは腰に隠し持っていたナイフを取り出し、右目を覆い隠していた前髪をバッサリと切り落とした。その瞳は、月の光を反射して黄金に光っており、並々ならぬ力を宿しているのが、はっきり解った。これが、加護を持つ彼の目の正体なのだ。
「Linus・o・Langford…………それが、俺、の本名、だ。…………よろしく、頼む…………」
「ああ、それで頭文字を取ってlolか。なるほどね。…………って、別に名前を教えろって言った訳じゃ」
言いかけたジャンヌの口がピタリと止まった。確かに、lol、いや、ライナスの力は相当強力だ。実際に戦った身としては、彼が手を貸してくれるなら力になるのは間違いない。何よりも、彼は情報源として有益である。何しろ、ジャンヌはエンデュミオン皇国の事を知っているようで何も知らない。故郷と言っても、ソロの元に行くまでは屋敷に閉じ込められていたようなものだったし、ソロに助けられてからは、ずっと国を出てMIRAとして旅を続けてきたのである。
正直に言って、右も左も解らないのと変わらないのだ。ソロが居てくれれば、エンデュミオン皇国の事は手に取るように解っただろうが、その肝心のソロがいないのでは、案内役は必須だろう。ライナスの事をどこまで信じていいのかはまだ解らないが、手段を選んでいる時間も余裕も、ジャンヌ達にはないのだ。
「……解ったわ。ただし、あんたがもし私達を裏切ったり、良からぬことを考えているようなら……その時は、私に背を向けていても斬り捨てるからね!」
「…………もちろん、だ。……遠慮なくやれば、いい。………………フフフ、面白く、なってきた」
ライナスは何が嬉しいのか、ニヤりと笑みを浮かべていた。そんな彼の様子に、ジーナは少し恐怖を感じたようでジャンヌにしがみついて震えていたのだった。
(あの後、魔力車に戻ったはいいけど、今度はアーデが大きすぎて乗れないし……一応、ジーナを仮の主として使い魔として再契約したからいつものサイズになったけど……なんだか前途多難だわ。大丈夫なのかしら)
溜め息交じりに窓の外を眺めていると、ふとジーナがこちらを見つめている事に気が付いた。何やら言いたい事がありそうだが、躊躇っている様子だ。ジャンヌは自分が張り詰めた表情をしていると思ったのか、少し顔をマッサージしてジーナに微笑みかけた。
「どうしたの?ジーナ。私の顔に、何かついてる?」
「あ、いえ、そういう事じゃなくて……あの時、メイヴァって人の言ってた事が気になって」
「言ってた事?」
「はい。ジャンヌさんの事、何とかの姫だって……」
「ああ、そういや言ってたわね。えっと、アクシアの姫だとかなんとか……っていうか、何で私がお姫様なのよ、意味わかんないわ。あと、お父様達と血が繋がってないとかなんとか……大体、アクシアってなに?そんな国、聞いたこともないし」
ジャンヌはそう言われて思い出したのか、苦虫を嚙み潰したような顔になっている。大方、メイヴァがジャンヌの気を引こうと適当な事を言ったのだと聞き流していたが、ジーナにはそれが気になっていたようである。
実際、この星にはアクシアという名の国は存在しない。仮にも伯爵家の令嬢としてマナーや勉強を教え込まれたジャンヌには、そのくらいの知識や常識はある。だからこそ、聞くに堪えない戯言と認識したのだ。
だが、思いもよらないところで、その疑問に答えが返ってきた。それは、今まさに運転しているライナスの言葉だった。
「……アクシア、は、国の名前じゃない。……恐らく、20年前に滅びた、公爵家の名前……だろう」
「え?」
予想外の返答にポカンとするジャンヌとジーナ。ライナスはそんな二人の様子を気にせず、黙って運転を続けるのだった。
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