皇国へ
「………………く…………う、あ…………こ、ここは?俺、は…………」
目を覚ましたlolは、自分が置かれている状況がすぐに理解出来ていないようだった。目を覚ましたと言っても、完全に怪我が治っているわけではなく、全身の痛みはかなり酷い。どうやらかろうじて一命を取り留めたといった程度の状態であることは、段々と理解出来た。
ハッとして隣を見ると、少し緊張した面持ちの少女――ジーナがいた。怪我を治してくれたのは彼女のようだが、その後ろには凄まじい殺気を放つジャンヌとアーデの姿も見える。ここでようやく、lolは自分が捕虜として生かされているのだという事を理解したのだった。
「目が覚めた?あんたなんか助ける義理はなかったんだけど、こっちもソロの命がかかってるんでね。一応言っとくけど、質問に答えなかったり、まだ抵抗するようなら今度は容赦しないわよ」
「…………よく、言う。……さっきも、容赦などしていなかった、だろうに…………だが、解った。捕虜として、応えて、やろう………………」
lolは痛む身体を起こして、苦笑しながらそう呟いた。捕虜になったという事は、自分はジャンヌに敗北し、またメイヴァに見捨てられたということである。lolの知る限り、皇国の刃のリーダーであるメイヴァという男は冷徹な男だ。彼はきっと任務に失敗した自分を見捨てる事に躊躇などしなかっただろう。こうして捕虜になるくらいなら自決しろ、と言ってもおかしくないのがメイヴァだ。ならば、lolはもう皇国の刃に、いや、エンデュミオン皇国に居場所はないのかもしれない。そんな気がした。
だとしたら、わざわざ彼らに義理立てて自分の身を危うくしようとは思えないのが、lolという人間だ。彼にしてみれば、皇国の刃はメイヴァにスカウトされて入っただけの集団であり、今まで命令に従ってきたのも、その他に生き方を知らなかっただけである。エンデュミオン皇国はもちろん、現在の女帝イェルダにも特に忠誠心というものを持ったことはなく、命を賭して従おうというつもりもない。
強いて言うならば、強い相手と戦いたいというのが願いだ。そう、ジャンヌのような強敵と戦い、殺すか、或いは死にたいとlolは常々思っていた。まさか、その強敵が女だったとは思ってもみず、lolの心の中には、これまでとは違う強い感情が芽生え始めているのだが。
「それで…………何が、聞きたい…………?」
「ずいぶん素直ね。気持ち悪いけど、まぁいいわ。そもそも、あんた達は何者なの?どうして私やソロを狙ったの?」
「……ああ、それか。…………俺達、は、皇国の刃、だ。…………エンデュミオン皇国、の皇帝、その邪魔になるヤツを排除する…………それが仕事だ」
「皇国の……刃?そんな奴らがいたなんて」
「……俺達、が、命じられたのは……ジャンヌ・パルテレミーを殺害する、ことと………………バーソロミュー・サマーヘイズという男、を、捕まえてくること、だった」
「なによ、それ。どうして私達が狙われるのよ?私もソロも、エンデュミオン皇国の邪魔なんてしてないじゃない」
「俺が聞いた、のは…………今の女帝イェルダ、が、あのバーソロミュー・サマーヘイズという男を……夫にしたいからだ。そして……そいつを唆して国外へ、逃げた、ジャンヌ・パルテレミーを殺せと……そう言われたんだ」
「はぁ!?」
その答えは、まさに寝耳に水という他ない理由だった。女帝イェルダとソロの間に何があったのかはある程度聞いているものの、彼女がそこまでソロに固執するほどの関係があったとは聞いていないし、ましてやジャンヌがソロを唆してエンデュミオン皇国から逃げたというのは明らかな間違いである。むしろ、実家を恐れて怯えていたジャンヌを連れ出したのは、ソロの方なのだ。
にもかかわらず、まるでジャンヌが泥棒猫であるかのように命を狙われたのではたまったものではない。ハッキリ言って狙われ損である。
「呆れて物も言えないわ……ソロの奴、女帝サマと何があったのか知らないけど、そういうのはちゃんと清算してから国を出ればよかったのに。これだから色恋沙汰って嫌なのよ、面倒しかないし、迷惑ばっかりなんだから!」
かなりジャンヌがご立腹なのは、彼女自身が恋愛感情というものに懐疑的で、そうした感覚が薄いからである。幼い頃から両親の喧嘩を見続け、また彼らから愛されることもなかったジャンヌは、結婚や夫婦というものに非常に冷めた感覚をもっていた。どんなに愛しあって美しい関係だったとしても、自分のように望まない子供が出来れば、平然と罵り合って互いを憎む実例が目の前にいたのだ。ましてや、産まれた子供を愛さないどころか、虐待か育児放棄紛いの育て方しかしない親を見てしまえば、恋愛というものをよく思えなくても当然である。
そのせいか、ジャンヌはこれまでに人を好きになるといった経験がなかったし、ある種、そうした感情を面倒なものとして毛嫌いしている風でもある。彼女がシーザーに対して、特に辛辣な態度を取っていたのはそうした背景もあったようだ。
一方で、ジャンヌは決して人間が嫌いという訳ではないし、ジーナとの関係を見ていても解るように、子供や力の弱いものを守ったり慈しんだりという親愛の情は強く持っている。これは幼い頃に見た、母と生まれたばかりの妹の姿が印象に残っているせいもある。
「ということは、ソロさんは、その女帝イェルダさんの所に?ど、どうするんですか?これから」
「…………ジーナには悪いけど、ソロを放っておく訳にもいかないからね。こうなったら女帝サマのところへ乗り込んでって、力づくでソロを連れ戻すしかないわ!」
ジャンヌは拳を握ってそう強く決意を口にした。少なくとも今まで、ジャンヌはソロの口からイェルダとの関係を聞いたことはなかった。それはソロが、イェルダ打倒の為に、彼女の加護を打ち消せるような能力を持った人間を探していることをジャンヌに隠していたからだ。ソロは当初、ジャンヌを一人前のMIRAに育てた後は、別々の人生を歩んでいくつもりだったのだ。ゆえに、イェルダの狙いと自分との確執を話して、ジャンヌを巻き込む事は望んでいなかった。
だからこそ、ソロはジャンヌにあえて詳細な話をしなかったのである。ジャンヌの性格から言って、イェルダが自らの加護を使い、多くの人々を強制的に従えようとしていると言えば、間違いなく憤ってそれを止めようとするだろう。だが、皇国の刃のようにエンデュミオン皇国には、強力な存在が大勢いる。その上、ジャンヌが嫌う実家の存在もあるのだ。皇国を敵に回せば、パルテレミー家そのものともぶつかる時が来る……それにジャンヌを巻き込みたくなかったのだ。
「ジーナ、悪いけど、レガリアに行くのは後回しになっちゃうわ。急いでソロを取り戻してくるから、バスカヴィル王国の……そうね、ガンズさんの所で待っていて。なんなら、シーザーに連絡をしてもいいし」
「ま、待って下さい!私も、私も行きます!ジャンヌさんと離れたくないですし、ソロさんが心配なのは、私も一緒です!」
「ジーナ……でも、危険すぎるわよ。相手が女帝サマなら、敵は皇国全部ってことに……」
言葉を濁すジャンヌだったが、ジーナは自分の意志を曲げないと言わんばかりにその瞳を見つめた。ドルトを出る前、ソロがジーナに金を渡して別れを告げた時と同じ、絶対についていくという強い意思を感じさせる目だ。彼女はこう見えて頑固な所があり、こうなったらいくらジャンヌが説得してもついてくると言って聞かないだろう。一人にしておいて、手の届かない所で無茶をされるよりは、一緒にいた方がいいかとジャンヌは考えた。
「……解ったわ。一緒にソロを助けましょ!ジーナ」
「はい!」
「ホーゥッ!」
「ああ、そうね。アーデも一緒よね。……まったく、ソロって意外と人望あるんだから」
苦笑するジャンヌだったが、その顔はどこか明るい。ソロを助けると決めた以上、もはや迷いはないようだ。だが、ずっと避けてきた故郷へ戻る事になったジャンヌを待っているのは、過酷な運命であることは、まだ誰も知る由もなかった。
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