激突する二人
ハバキリが弾かれると同時に、ジャンヌはその勢いを利用して数メートル後ろへ着地した。上空からの奇襲は威力も狙いも申し分なかったはずだが、lolは余裕を持って受け止めてみせた。先程、部屋でジャンヌの攻撃を受けた時もそうだったが、彼が相当な力量を持っていなければ出来ない芸当である。
「ちっ……やるじゃない!けど、今のを防いだくらいでいい気にならないでよね!」
「フフフ…………ジャンヌ……いい、女だ。…………殺し甲斐が、ある…………フフ……」
ジャンヌは舌打ちして、目の前のlolを改めて見据えた。奇妙な雰囲気の男だが、剣を握る手や構え、無駄のない力の入り具合は間違いなく達人レベルである。剣士としては以前戦った、ナタンと同等か、それ以上の腕前だろう。油断ならない相手だ。
ジャンヌはちらりとlolの背後で二人の戦いを見守っているメイヴァを見た。肩に担がれているのは紛れもなくソロで、やはり敵の狙いはソロを拉致することだったのだろう。二対一だが、負ける訳にはいかない戦いだ。
「ソロ!目を覚ましてっ!そんな拘束、あなたなら解けるでしょう?!ねぇっ!」
「ふん、無駄だ。いくら叫んでもコイツは完全に俺の昏睡魔法で眠りに落ちている。誰が声をかけようとも、目覚めることなどありはしないさ」
「やっぱ、そうよね。しょうがない、先にコイツをやるしかないか……!」
目を覚ましてくれれば儲けものとダメ元で叫んではみたものの、やはりソロは眠らされているようだ。或いは、先程のようにジーナの力を使えば目覚めさせることは可能かもしれないが、彼女を戦闘に巻き込む訳にはいかない。少なくとも、ソロの身柄を取り戻してからでなくてはならないだろう。
ジャンヌは改めてlolに向かい、ハバキリを握り直した。今の状況で、膠着状態に入って良い事など何もない。ここは先手必勝だと思った瞬間、先に動き出したのはlolの方だった。
「ッハァ!」
「はやっ!?」
猛烈な踏み込みから、lolの攻撃が始まる。lolは自然体の構えから、飛ぶようにしてジャンヌに襲い掛かり、右手一本で袈裟斬りを放ってきた。ジャンヌは咄嗟にハバキリでその一撃を受けたが、lolは剣が防がれた反動を物ともせずに、そこから左右に乱撃を繰り返す。さっきまでは熟達した達人のようだったlolが、一転して荒々しい猛獣のような連続攻撃だ。だが、それでもジャンヌは力負けせず、全ての攻撃を防ぎ、時に弾いている。
「ハハハハッ!いいぞ!もっとだ、もっとついてこい!」
「こ、のっ……!」
素早く、力の入った斬り込みを受け止めながら、ジャンヌは反撃の機会を窺っていた。例え男が相手でも、ジャンヌは決して力負けしていないが、こうも絶え間なく連続して攻撃をされるとそう簡単に反撃するのは難しい。それでも、辛抱強く防ぎ続けた時、ようやくチャンスが訪れた。
lolの攻撃の癖を掴み取ったジャンヌは、彼の呼吸のタイミングを見計らっていた。人間である以上、どれほどのスタミナを持っていても連続で動き続ければどこかで息を入れる瞬間がある。呼吸は、戦闘に限らず、全ての行動において重要な動作だ。息を無限に吐く事も吸う事も出来ないように、lolにも必ずパフォーマンスが落ちる瞬間がある。それは、呼吸のタイミングと密接に連動しているものだ。ジャンヌは、lolが息を吐きながら攻撃をするその瞬間を狙い、タイミングを完璧に合わせてlolの剣をかち上げた。
「ぬぁっ!?」
「もらったっ!……えっ!?」
剣をかち上げられて上半身の姿勢が崩れた隙を狙い、ジャンヌがlolを薙ぎ斬ろうとした時、彼はのけぞった姿勢を利用して倒れ込み、逆にジャンヌの足を狙って蹴りを放ってきた。不意を突かれ、軸足を刈られたジャンヌは勢いよく前に転んだ。対するlolは、予めその動きを組みこんでいたかのようにすぐさま体勢を立て直して立ち上がると、倒れているジャンヌの背中に剣を振り下ろした。
「ああっ!ジャンヌさんっっ!?」
「くうっ、ああああっ!」
ジャンヌの肩甲骨から肩までがザックリと切れ、大量に血が噴き出す。それでもジャンヌはハバキリを手放すことなく、激痛に耐えながら勢いよく立ち上がり、lolから距離を取った。
「…………?何故、動ける?」
「くううう……!まだ、まだよっ!」
右手にハバキリを持ったまま、ジャンヌは斬られた左肩に手を当てた。普通の人間ならば致命傷になっているはずのダメージだが、ジャンヌは意識を保ったままだ。それどころか、そのまま数秒経っただけで、ジャンヌの傷は塞がり始めていた。そのあり得ない事態には、lolだけでなく、二人の戦いを見ていたメイヴァも驚いているようだった。
(なんだ?魔法を使ったようにも見えなかったが、今の短い時間で傷が癒えたというのか。どうやら、ただの令嬢が家出をして、遊び半分にMIRAの真似事をしているのではないようだな。しかし、あの瞳……あの顔は、やはり)
メイヴァはジャンヌの顔を見て、何かの核心を得たようだった。そして、続けて攻撃を仕掛けようとするlolを止めるように口を開いた。
「待て、lol。驚いたぞ、ジャンヌ・パルテレミー。貴様、ただの令嬢崩れではなかったか、よほど強力な加護を持っているらしいな。残念だ、そんな力を持っているなら、俺の部下に迎えても良かったくらいだよ」
「な、何の話よ。どこの誰だか知らないようなヤツの部下になんて、言われても嬉しくもなんともないわ!」
「そう言うな。これでも、標的の事は一通り調べてあるんだ。貴様が幼い頃、劣悪な環境に置かれていた事も知っている。俺の部下になっていれば、あのような環境で育つことはなかっただろうが。……無理もない、血の繋がらない親子ではな」
「……は?何を言っているの?私が、誰と血が繋がっていないって?」
「ん?ああ、そうか。貴様は自分が誰なのか、まだ知らんのか。……そういうことか、なるほどなるほど。その様子では、当のパルテレミー当主やその夫人も同じのようだな。これは、少し洗い直す必要があるか?いや、しかしな……」
メイヴァはぶつぶつと呟きながら、思考の海に入ってしまったようだ。ジャンヌには彼が何を言っているのか欠片も理解出来なかったが、正直な所、二対一で攻めて来られないだけマシだった。改めて剣を交えて感じたのは、lolが今までに戦ってきたどの相手よりも強敵だという事だ。初めはナタンと同等のレベルかと思ったが、彼は間違いなくナタン以上の剣士である。
(この男……lolって言ったっけ、とんでもない曲者だわ。コイツ、私の動きを完璧に見切ってる。さっきから、私が動きだすよりも速く動いて私の手を潰しているんだ。前が見えてるのかどうか解らないような髪型してる癖に、何て奴!?)
ジャンヌが気付いたのは、まさにlolの能力の秘密そのものだった。彼は『先見』と呼ばれる加護を持ち、その目で敵の動きを見切る能力を持っている。ジャンヌが行動しようとするその僅かな動き出しを見切り、先んじて攻撃をすることで抵抗させないようにしていたのだ。ジャンヌが防戦一方になり、始めに先手を打とうとした彼女よりも速く攻撃を仕掛けてきたのもその為だ。
ただ、いくら加護でジャンヌの動きを見切ったとしても、それを上回る速さと力でジャンヌを圧倒する実力がなければ、成り立たない戦術だ。結局の所、lolは地力でも相当な力を持っている事に変わりはない。
「こうなったら……やるわよ、ハバキリ!」
――ええ!
ジャンヌがハバキリに魔力を流し込み、瞳の色が暗緑色から真紅に変わる。赤い瞳の中に金色の光が生まれると、ハバキリもまた刀身が赤い光を放ち、光の粒が零れ落ちた。
「む、なんだ?まだ何か力を隠し持っているのか?」
「フフフ、そうだ。……そうこなくては…………!」
ジャンヌの大逆転が発動し、膨大な魔力が溢れ出す。それでもなお、lolはジャンヌの僅かな挙動の始まりを見逃さず、ジャンヌが動き出す前に再び飛び掛かった。lolは踊るように身体を回転させながら、その剣に紫色の稲妻を纏わせて斬りかかってきた。無駄な動きにも見えるが、これを高速で行うと、ジャンヌからはlolの攻撃がどこから来るのか見えなくなる。しかも、回転の勢いを攻撃に上乗せすることでその威力を高めているのだ。そこへ魔法の稲妻による破壊力を加えれば、恐ろしい破壊力となるだろう。
「オオオオオッ!」
「そんなものっ!」
ジャンヌはlolの攻撃をあえて前に出て受け止めた。こうしたみえみえの技を仕掛けて来るからには、何か狙いがあるはずだ。ジャンヌが避ければ、きっと二の矢が飛んでくるだろう。ならばいっそ、その企みごと食い破ってやると、ジャンヌは覚悟を決めていた。
「っ、ぐうううううっ!」
ハバキリで受け止めたと同時に、lolの剣が纏っていた稲妻がジャンヌに流れ込む。全身を貫き灼く紫電の痛みに耐えながら、ジャンヌはハバキリへ更に魔力を流し込みlolの剣を弾き返す。そうして今度こそ体勢が崩れたlolの腹へ、強烈な足刀を叩き込んだ。
「ああああっ!」
「がっ!?ぐはぁっ!」
先程の意趣返しのような攻防だが、魔力をフルに開放しているジャンヌの身体能力はただの蹴りでさえ必殺の威力を持っている。その一撃で、内臓へ大きなダメージが入ったのだろう。lolは後方へ吹き飛びながら大量の喀血をし、森の木々にぶつかって倒れた。
「バカな、lolを……!コイツ、信じられんパワーだ。だが、流石にもう動けんようだな」
「はぁっはぁっ!くっ……」
ジャンヌはそのままメイヴァはへの追撃にかかろうとしたが、稲妻によるダメージはジャンヌの筋肉をいくつも焼いていて、すぐに動く事は不可能だった。ジャンヌが大逆転を発動させながら、これほど追い詰められたのは初めてだ。メイヴァはうずくまるジャンヌを睨みながら懐から小さな宝石のようなものを取り出し、自らの足元に投げつけた。
すると、宝石は砕け散って小さな魔法陣へと変化する。その魔法陣から光の柱が立ち上り、ソロを抱えたメイヴァの身体は、光の中で徐々に薄れていった。
「悪いが、今日のところは引き下がらせてもらう。欲をかいて、せっかく捕らえたバーソロミューを失っても困るのでな。貴様を殺すのはいずれ次の機会にするとしよう。では、さらばだ。アクシアの姫よ」
「あっ、ま、待ちなさいっ!ソロを、ソロを放して……っ!」
意味深な言葉を残し、メイヴァの姿は光の中へ消えた。満足に動かぬ手を伸ばしながら、残されたジャンヌの慟哭が森の中に響き渡っていた。
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