ソロの行方
「ソロッ!」
ジャンヌが開け放たれていた窓からソロの部屋へ飛び込んだ時、既に部屋はもぬけの殻であった。室内は静まり返り、椅子が倒れているなどごく小さな争った形跡が見て取れる。敵はソロの命も狙っていると考えていたジャンヌは、思っていたものとは違う状況に困惑していた。
「いない、どうして?…………血痕はない、ならソロはどこ……まさか、捕まった?」
トイレなども確認したが、やはりソロの姿はどこにもない。ただ、ベッドの上にはアーデが眠っていて、ジャンヌが起こそうとしてもまるで反応しなかった。それだけで、異常事態が起きたことは明らかである。
「アーデ、起きてっ!ねぇ、起きて、お願い!…………ダメだわ、魔法で眠らされてる。私じゃ解除できないし……どういうこと?一体、何があったっていうの」
魔法による昏睡状態は、時間経過で目が覚めるのを待つか、仕掛けられた魔法を魔法によって解除するしかない。しかし、魔法を使えないジャンヌにはそれができない。ここに来るまで、ジャンヌは敵がエンデュミオン皇国の者であることを、敵の装備に入った紋章から理解していた。その為、彼らは父や母が送り込んできた刺客ではないかと考えていたのだ。だが、それではソロまで狙われる理由が解らない。ましてや、敵がソロを拉致したのだとすれば、襲撃者の狙いはジャンヌが思っていたのとは全く別の思惑があるのではないか?そう思うようになった。
そうしてアーデを抱えたまま、呆然と立ち尽くすジャンヌ。そこへ、息を切らせてようやくジーナが追い付いてきた。
「ハァッハァッ!じ、ジャンヌさんっ!ソロさんは……!?」
「ジーナ……ごめん、遅かった。ソロが、いないの。もしかしたら、敵に連れ去られたのかもしれない。後を追おうにもどこへ行ったのか……せめて、アーデが目を覚ましてくれれば」
「あ、アーデっ!ああ、そんな……!?」
ジーナはジャンヌからアーデを受け取り、強く抱きしめた。アーデに怪我はないようだが、魔法で眠らされている以上、いつ目覚めるかはまったく予測できない状態だ。魔法の効果はそれをかけた相手にもよるが、非常に長く影響が残るケースもある。外的に魔法を解除しない限り、死ぬまで目覚めない魔法もあるのだ。ただ眠っているだけとは言えないのが、魔法の恐ろしさだろう。
その時、アーデを抱き締めたジーナから涙がこぼれた。一筋の涙が頬を伝い、ぽつりとアーデの身体に落ちる。すると、その涙が当たった場所から淡い水色の光が湧き上がり、それがアーデの身体全体を包み込んでいく。
「えっ?!」
「アーデ?いえ、ジーナ、あなた…………っ!」
やがて光が収まると、アーデは何事もなかったかのようにパッと目を開けた。現状を把握するまでに時間がかかるのか、ジーナの腕の中で目をキョロキョロと動かしている。ややあって、ようやく理解したのか、アーデは飛び上がってジーナの肩に留まった。
「え?え?アーデ、目が覚めたの?よかったぁ!」
(今の光……ジーナの加護の光よね。アーデにかけられた魔法を解除した、ううん、それだけじゃない。何かもっと違う力が)
微かに光が残るアーデの様子を見ていると、ゆっくりだが、その身体が大きくなっているように感じられた。嫌な予感がしたジャンヌは、アーデを載せたままジーナを抱き上げ、窓から外へと飛び出す。幸い、ソロの借りていた部屋は一階で、しかも、宿の前は大きな通りだ。深夜ということもあって、他に人の姿はないので外へ出るのは問題ないだろう。そうして外に出た直後、アーデはフラっとジーナの肩から飛び上がり、そのまま空中で突然巨大化した。
「へ……?ええっ!?」
「これ、本来のフォレストオウルの大きさだわ。どういうこと?ソロと使い魔の契約をしていたから、アーデの身体は小さいままになっていたはずなのに…………待って、アーデ、もしかしてソロの居場所がわかるの!?」
「ホゥ」
突然の変化に驚く二人だったが、当のアーデはあまり気にしていないのか、遠くを一点に見つめていた。それに気付いたジャンヌが、アーデに訊ねる。するとアーデがジャンヌの質問に応え、大きく頷いた。そして、二人に背を向けると姿勢を低くして思いきりしゃがんでみせた。どうやら、背中に乗れと言いたいらしい。なら今は、ジーナの力について戸惑っている場合ではないだろう。ジャンヌはすぐにジーナとアイコンタクトをして、アーデの背中に乗った。それを確認したアーデは翼を広げ、大きく羽ばたいて夜空へ飛び立っていく。
その頃、カナッサから少し離れた森の中では、メイヴァとlolが揃っていた。メイヴァの肩には、眠らされ、魔法のロープで手足を拘束されたソロが担ぎ上げられている。メイヴァは大きく溜め息を吐くと、lolを睨みつけた。
「バーソロミューは確保したが、ジャンヌの暗殺は失敗か。lol、何故あの女を殺さなかった?いくら不意を打たれたとはいえ、お前に殺せん相手ではなかっただろう。我々に失敗は許されんのだぞ?」
「…………………………………………」
lolは何も答えず、ただカナッサの方角を見つめている。lolという男は、腕前こそ確かなのだが、いかんせん人格的に問題がある人物だ。今まで大きな命令違反をしたことはないが、どうにも扱い難いところがある。彼は独自の価値基準が強く、最終的に命令をこなしても、その途中では突飛も付かない事をしでかしたり、余計な手間をかけたりもする。今回、ジャンヌの元へ向かわせたのも、戦闘だけならば余計なことはしないと踏んだからだ。まさか、逃げ帰ってくるとは思いもよらず、メイヴァは頭を抱えたのだった。
「ちっ、聞いているのか?今回の命令はジャンヌ・パルテレミーの殺害だとあれほど……」
「邪魔を、されないところで、戦い……たかった。………………命令は、必ず。……ジャンヌ・パルテレミーを、殺す…………」
囁くような小声で呟くlolの表情を見て、メイヴァは思わず言葉を飲み込んだ。lolは普段、ほとんどと言っていいほど感情を表に出さない人間だ。メイヴァはlolを皇国の刃へスカウトしてから、これまでに一度も彼が笑ったり泣いたり、怒ったりした所を見たことがない。そんな彼が薄ら笑いを浮かべている。その様子から、本当に邪魔が入らない場所での戦いを望んでいるのは明らかだった。ならば、これ以上彼に干渉してそのやる気を下げるのは得策ではない。
「仕方ない。俺はコイツを連れて、先にエンデュミオン皇国へ戻るぞ。貴様もあの女を始末したらすぐに戻ってこい。くれぐれも、女帝に失敗の報告などしなくて済むように……む?なんだ?!」
「…………………………来た」
その時、二人の頭上に大きな黒い影が飛び込んできた。影は月明かりを完全に隠し、暗闇の中でメイヴァとlolが空を見上げる。すると、影に隠れて、何かが降りてくるのが見えた。
「ソロオオオオオオオッ!」
「……………………ッ!」
その何か――ジャンヌは、ハバキリを構えたまま、アーデの背中から飛び降りたようだ。だが、それを予期していたかのように、lolは両手で剣を構えてジャンヌの落下攻撃を受け止めていた。
「こ、のおおおっ、邪魔するんじゃないっ!」
「ふ、フフフ……フハハハハッ!」
ハバキリとlolの剣がぶつかり、激しい衝突音と共に火花が散る。瞬間、暗闇の中に浮き出されたジャンヌとlolの表情は対極的だった。笑うlolと怒るジャンヌ……二人の戦いの第二ラウンドはこうして始まった。
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