相打つ攻防
窓際まで吹き飛ばされ、倒れた茶髪の男は、仁王立ちするジャンヌを見上げながらゆっくりと立ち上がろうとしている。目は長い前髪で隠れていてジャンヌからは見えないが、はっきりとジャンヌを見つめる視線の強さは痛い程に感じられた。
そんな男を見下ろすジャンヌは、隣のベッドにいるジーナを庇う様にして前に一歩出ると、ハバキリを握り締めてその出方を待った。
「人の命を狙っといてダンマリとは、ずいぶんご挨拶じゃない。躊躇なく殺しに来たくらいなんだし、よっぽど私に恨みか何かがあるんでしょ?理由くらい教えてくれてもいいと思うんだけど」
「…………………………」
ジャンヌは睨みを聞かせながら訊ねたが、男はそんな問いかけに応えるつもりはないようである。無表情な口元が僅かに動いたかと思うと、突然男の足元から激しい風と光が発生した。ジャンヌは咄嗟にジーナを庇い、男に背を向けると、その隙に男は窓から外へと飛び出していった。
(アイツ、殺しに一切躊躇が無かっただけじゃなく、失敗したとみれば即座に逃げを打つなんて……相当手慣れてるわね。それに、さっきの私の攻撃だって、私は剣ごとアイツを斬るつもりだったのに、うまくポイントを避けて受けられちゃった。だから、派手に吹っ飛んだくらいで済んだんだわ。やっぱり、只者じゃないわね)
「……じ、ジャンヌさんっ、大丈夫ですか?!」
「ええ、大丈夫よ。ジーナも怪我はない?まったく……ソロの言った通りだったわね。念の為にって、|身代わりの幻覚を創る魔法をかけて貰ってて正解だったわ」
ジャンヌはそう言って、自分が本来寝ていたはずのベッドへ視線を向けた。街に入ってからずっと、住人達のジャンヌやソロを見る目がおかしいと感じたソロは、何者かの襲撃を予感していた。誰かが二人を探しているのだとして、誰も直接それを言葉にしないのは、それが秘密裏に行われているからだ。ということは、何者かがジャンヌ達を拉致するか、場合によっては暗殺を計画しているかもしれない、とソロは考えた。
その為、ソロはジャンヌが眠る予定だったベッドに|身代わりの幻覚を創る魔法という魔法をかけておいたのだ。その上で、ジャンヌ本人には人払いの魔法をかけて一晩様子を見ようと言い出したのだった。案の定、敵は網にかかったが、相手の力量は予想よりもかなり上のようだ。
だが、そうなると気になるのはソロの方である。ここまでの情報を総合すると、敵の狙いはジャンヌだけでなくソロの方もだ。もしも、逃げていった今の敵がソロの方に向かったのだとしたら……その考えに至った時、ジャンヌは弾けたように顔を上げた。
「ソロが、危ない……!」
「え?」
「急いで、ジーナ!奴を追うわ!」
ジャンヌはすぐに窓へ向かい、外を見た。時間にして数十秒ほどの差だが、既に男の姿は見えない。ジャンヌはすぐに窓から飛び出してソロの部屋へと走り出した。背後で叫ぶ、ジーナの声は、ジャンヌに届いていない。
「ちょ、ちょっと待って下さい!ジャンヌさん、私にここからは無理ですって、ああ、もういないっ!?」
一方、その少し前、ジャンヌが襲撃されたのと同じタイミングで、ソロの部屋には白髪の男が現れていた。男はドアの前に立ち、その手をドアに触れて外から部屋の様子を窺っているようだ。
(室内に魔力の反応は二つ。……一つは人間のものではない。恐らく、使い魔だ。そういえば、バーソロミュー・サマーヘイズにはフォレストオウルの使い魔がいたな。ということは、もう一つがバーソロミューの方か。どちらも数分間動く気配なし……時間的に眠っていると見て間違いなさそうだ。では、忍び込むとするか)
男は静かにフッと息を吐き、人払いの魔法を自身にかけた。皇国の刃である彼らは、魔法の扱いもかなりの腕前を持っていて、特に暗殺者である彼らの人払いの魔法は、一般の魔法兵ですら欺く事が出来るほどの精度を誇っている。並の人間ならば、彼の息がかかるほどの距離にいたとしても、気付く事は難しいだろう。
鍵のかかったドアの取っ手に手をかざすと、音もなくハンドル型の取っ手が動いた。これは、彼が独自に考案した鍵開けの魔法である。魔法が発達しているこの星では、通常の鍵には魔力で動作する特殊な構造が組み込まれている。実体のある鍵とその使用者が魔力の回路を同調させることで鍵がかかる為、一般的には魔法で鍵を開けることは不可能だ。しかし、彼はその不可能を長年の研究によって可能に変えてしまった。これもまた、暗殺者としての彼らがどれだけ優秀なのかを示していることだろう。
苦も無く鍵を開けた男は、そのままゆっくりと室内へと侵入し、ベッドで横になっているソロを発見した。ヘッドボードの上ではアーデがちょこんと座り、静かに目をつぶっている。アーデは本来、夜行性であるフォレストオウルなのだが、夜にはソロの眠りを邪魔しないようにこうして静かにしているのだ。
男は人払いの魔法がアーデにも効いていると判断し、眠っているソロの顔を確認し、振り向いた。
「……起きていたか。まさか、私が来る事を予想していたのか?」
「こいつは驚いた。俺の|身代わりの幻覚を創る魔法を見破るとは、大したもんだ。魔法兵相手にだって、見破られた事は一度もなかったんだがな」
「お互い様だ。俺の人払いの魔法を見破った奴にも初めて会ったぞ。流石は歴代最高の魔法師団長と謳われただけの事はあるな」
振り向いた先には、静かに椅子に座って男の様子を観察するソロの姿があった。互いに自慢の魔法を見破った相手を称賛しているようだが、その間には剣呑な空気が漂っている。そこで、先に気付いたのはソロの方だった。
「俺の身許を知っているのか。いや、その顔、見覚えがあるな。確か、皇国の刃の……メイヴァ・シュトローム、だったか?」
「ほう、直接の面識はなかったはずだがな。魔法師団長ともなれば、皇国の刃を知っていてもおかしくはないが」
「こう見えて、記憶力は良い方なんでね。魔法師団長を拝命した時に渡された資料で、あんたの顔と名前は見たことがあったのさ。皇帝に仕える裏の人間が、俺達一部の役職者に存在を隠していなかった理由は知らんがな」
「ふん、我々はあくまで皇帝に逆らえんということだ。貴様ら魔法兵も皇帝直属の戦力である以上、我らは同士だからな。最高責任者である魔法師団長くらいには、情報を流しているんだよ。つまり、貴様こそが我々に対するカウンターだったのだ」
皇国内において、皇帝に反旗を翻すものを始末するのが皇国の刃だが、彼ら自身が皇帝に刃を向ける可能性もゼロではない。その為、皇国の刃のリーダーであるメイヴァの情報だけは、魔法師団長や騎士団長のような一部の人間に知らされていた。暗殺者である彼らは、その実力だけでなく、誰にもその存在を知られていない隠密性こそが命綱である。その情報が共有されているという事自体が、彼らの叛意を抑える事に繋がっているのだ。
「あんたが来た、という事は、俺を殺しに来たということか。……皇国の情報はある程度追っていたが、独裁が過ぎるとはいえ国内の情勢が悪くなっているとは聞いていない。今になって、一体何故なんだ?」
「少し違うな。俺達が命ぜられたのは、ジャンヌ・パルテレミーの殺害と、貴様の拉致だ。我らが女帝は、貴様を夫として迎えるつもりだぞ?だからこそ、無傷で捕獲せよと言われたのだ」
「なに!?」
予想外の返答に、ソロは思わず声を荒らげた。あの時、イェルダがソロに執着をみせたのは、自分の身を守る為という話だったはずだ。しかし、加護を使ってかどうかはさておき、女帝として国内を掌握している彼女に、もはや身の安全を揺るがす相手など存在しない。それが、何故今更になって自分を夫にしようなどと言い出したのか、理解できないようだった。
そして、ソロは敵の目的が自分を殺す事ではないと知り、見通しを誤った事に気付いた。ソロはてっきり、相手がこちらを殺しにかかってくるのだと思い込んでいた為、メイヴァの攻撃予兆を見極めようとしていた。しかし、彼はソロを殺すつもりがないのであれば、気を付けなければならない点は他にある。受けに回るのではなく、先手を打っておいた方が、確実にメイヴァの目論見を潰せたはずだ。
それに気付いたソロが動こうとしたその時、既にメイヴァは彼の予想を超えて動き出していた。誰もいないはずの壁に向けて、魔法を放ったのだ。椅子に座っていたソロは驚愕の表情を見せたまますっと霧散し、メイヴァが魔法を放った壁際に、本物のソロの姿が現れた。
「ぐっ……!?しまった!」
「ふん、二重に幻覚を創っていたとは大したものだが、残念だったな。こちらの腹を探ろうなどとせず先んじて攻撃に出ていれば、立場は逆転していただろうに。己の優秀さに胡坐をかいて油断したな、愚か者が」
「う、ぅ……これ、は……昏睡魔法、か……」
ソロは自分にかけられた魔法の名を呼びながら、その場に崩れ落ちた。既にアーデも同じ魔法がかけられていて、気付いた時には昏倒させられてしまっている。こうして、ソロは敵の手に落ち、月明かりの下でジャンヌはその後を追いかけることになったのだった。
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