皇国の刃
ノルディール共和国……約500年程前に狂王アグリッパを失って以来、王のいないこの国は、国民に主権がある共和制によって統治されている。しかし、そもそも当時の人口の7割以上を一気に失ったこの国では、ほとんど政治体制が意味を成していないのが現状である。
本来ならば、戦争に敗けた国は戦後にどこかの国に吸収されるはずなのだが、アグリッパの起こした戦争が終わった当時は未だダンジョンが稼働していて、モンスターによる被害が起きていた時代であった為かどの国もノルディールを統治しようという国はいなかった。それだけ、どの国にも余裕が無かったのだ。
その為、ノルディールはその広い国土を各地に生き残った人々が自治するという形に収まり、今もその形態が続いている。ただ、500年余りの時間の間に情勢が変わり、少しずつ人口が復活しつつある為、徐々に政府組織が生まれて機能し始めているのが現状だ。ほとんどの国が君主制であるこの星では、非常に珍しい国体と言えるだろう。
そんなノルディールの北部地方に属する小さな街・カナッサに、二人の男が現れた。
「情報によると、どうやらターゲットはレガリアに向かっているらしい。となれば、必然的にここカナッサを訪れる確率は高いはずだ。ここで待ち構えるのが妥当か」
男の内の一人、白髪の男は街角の市場で野菜を買うフリをしつつそう呟いた。その隣には、ぼさぼさ頭で目が見えない茶髪の男が立っていて、俯きながらそれを聞いている。
「主人、このカジェイロを一つくれ。これは色艶がいい、中々の上物だな」
「はいよ、20ドルゴだ。……あんたら、見ない顔だな?流れ者にしちゃ恰好が物々しいが、エンデュミオンから来たのか」
「……ああ、仕事でね。人探しをしているんだ。この女か男に見覚えはないかい?」
白髪の男は懐から金と一緒に男女の絵が描かれた二枚の紙を差し出し、店の主人に見せた。主人は金を受け取りながらその二枚を見つめたが、肩をすくめてぶっきらぼうに答えた。
「知らねぇな。だが、この辺りには流れ者もほとんどやって来ねぇから見覚えのねぇ奴がくりゃあすぐに解る。あんたらみてぇにな。そいつらが何をやらかしたんだか知らねぇが、あまり派手に暴れてくれるなよ。俺達にとっちゃあ、あんたらもそいつらもよそ者の他国人だ。何かありゃあ、優しくはしてやれねぇぜ?」
ギロリと睨みつける主人の目には、明らかに男達への嫌悪感が浮かんでいた。白髪の男はそれを受け流し、包んでもらったカジェイロを受け取り、茶髪の男を従えてその場を離れた。
「……少なくとも、奴らはまだここには来ていないようだ。この国では、俺達も奴らも目立つからな。嘘を吐いて匿ったりしているという事はないだろう。となると、まずは宿を張るか。おい、lol行くぞ」
白髪の男がカジェイロを齧りながら考えをまとめ、歩き出す。lolと呼ばれた茶髪の男は黙ったまま、その後をついて行くようだ。カジェイロはノルディールで一般的に食べられている果物の一種で、リンゴに似た見た目の割に、中身は小房に分かれて粒上の果肉が詰まったみかんのような果物である。若い内は酸味が強いが、追熟していく内に表面に艶が出て、甘さが増していくのが特徴だ。芯はなく皮ごと食べられるので、今のように食べ歩きにも適しているらしい。
そのまま二人は、街で唯一の宿に向かって部屋を取った。その際、先程と同じように絵を見せて尋ねたが、やはり答えは同じだった。流石に脅されはしなかったが、宿の従業員でさえ彼らには態度が厳しい。外国人に対して特に排他的なのもノルディールという国の国民性である。
彼らは政治がほとんど機能していない期間が長く、自分達の暮らしを自分達の手で守らねばならなかった。一応、州のような自治体が地方毎にあって、それらの集まりから政府が出来ているのだが、それが国内全体に効果を発し始めたのはごく最近の事。それまでは、各々の自治体や各村街などの人々が力を合わせて外敵から身を守っていたのである。今更アグリッパを倒したことに反感を持つ者達はいないが、戦争相手だったエンデュミオン皇国やバスカヴィル王国の人間に対して、敵対心を持っている者は決して少なくないのだ。
そうした反応はノルディールの地方に行けば行くほど顕著で、二人がいるここカナッサは、まだ比較的穏当な対応をしてくれる方である。白髪の男はlolと共に部屋へ篭り、標的の到着を待つ事にした。
「しかし、あのバーソロミュー・サマーヘイズを夫にしようとはな。我らが女帝もとんでもない事を考えたものだ。歴代魔法師団長の中でもトップクラスの実力を持つ奴が、突然行方をくらましてから約五年……当初は様々な噂が駆け巡っていたが、女と逃げていたのか。俺が見た奴はそんな軟弱な男には見えなかったが……人は見かけによらんということか」
白髪の男は紙にかかれた似顔絵の男――ソロの方を見ながら吐き捨てるように言った。どうやら、彼はかつてのソロと面識があるようで、その表情には呆れと僅かな失望の色が浮かんでいる。一方、lolの方は窓際に置かれた椅子に座って窓の外を見下ろし、外を歩く人を注視しているようだ。
彼らは皇国の刃と称される暗殺者達で、歴代エンデュミオン皇帝が持つ影の懐刀として生きてきた集団の一員である。皇国の刃は魔法兵や騎士達の中で適性の高い者が選ばれ、秘密裏に構成された存在だ。影の懐刀と呼ばれるだけあって彼らの存在は公にはされておらず、その正体を知る者は歴代皇帝と魔法師団長、そして、騎士団長のみという極秘の部隊である。彼らの主な役割は皇国内部に於いて、皇帝や皇国そのものに弓を引く反乱分子を始末することにあり、外部にその刃が向けられたことは一度もないという。また彼らは非常に卓越した剣や魔法の技術を持ち、皇国の長い歴史の中で彼らが暗殺に失敗した事はないとも言われている。
白髪の男は、その名をメイヴァという、現皇国の刃の中では最年長の男である。彼は皇国の刃を率いるリーダーとしての役割を持ち、自身も先代の皇帝から長く使えてきた男である。当然、彼はソロの事もよく知っていて、一度はソロを皇国の刃にスカウトしようかと考えていたこともあったようだ。だが、ソロはその才能がすぐに他の人間にも知られてしまい、極秘の組織である皇国の刃に彼を迎える事は出来なかったのだった。
「……思えば、現在の騎士団長であるあのギリアムも、スカウトしようとして失敗したのだったな。そして、彼もイェルダ様の……我らが女帝は、よほど強い男がお好みらしい。それにしても、女の方はパルテレミーか」
ジャンヌの似顔絵を見たメイヴァは、不思議そうな顔をしてその絵を見つめていた。そして、胸の中で小さく唸る。
(どう見ても、この女はあのパルテレミー夫妻とは似ても似つかん顔立ちだ。そういえば、パルテレミー家の長女は行方不明だと聞いたが……しかし、この顔はどこかで。いや、待てよ?まさか……)
メイヴァが何かに気付きかけたその時、遠くからけたたましいエンジン音が鳴り響いてきた。魔力車のエンジン音だ。それによって思考が中断され、メイヴァはハッとして顔を上げた。同時に、lolはその音のした方へと視線を向け、小さく声を上げた。
「…………見つけた。奴らだ、メイヴァ」
「来たか。しかし、あれは魔力車か?何故奴らが……まぁいい、動くのは今夜だ。深夜まで待つぞ」
こうして、二人の暗殺者は息を殺して密かにジャンヌ達が寝静まるのを待った。激しい戦いの幕は夜の帳が降りてから上がるようだ。
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