突然の別れ
「ち、父上っ!?なぜここに!?」
車の陰から現れたロドリックを見て、シーザーは声を裏返して驚いていた。まさか、国王自らシーザーを追ってくるとは誰も想像しておらず、いきなりの展開にジャンヌとジーナは呆然としている。その隣で、ソロは一人素早く片膝をついて首を垂れている。その様子を見て、ジャンヌは慌ててそれに倣って、こっそりとソロに問いかけた。
「し、シーザーのお父さんってことは、つまり?」
「……ああ、現国王のロドリック・バスカヴィル様だ。俺も顔を合わせるのは初めてだが、なるほど、納得だな」
ソロがそっと囁くように答えると、ジャンヌは更に縮こまってしまう。どうもあまり権力者と接した事がないせいか、どうしていいのか解らないらしい。それに続いてようやく再起動したジーナもしゃがみ込むと、ロドリックはにこやかに笑った。
「よいよい、今は私的な外出ゆえ、そう大袈裟にせず気を楽にせよ。余は親として、このバカ息子をとっ捕まえに来ただけなのでな」
そう言うとロドリックは鋭い目つきでシーザーを睨みつけた。ジャンヌ達はてっきり、シーザーが許可を得て旅に同行しているのかと思っていたが違うのだろうか?しかし、シーザーは怯えた様子ながらも、ロドリックに反論していく。
「ち、父上!何をおっしゃいますか!?僕はちゃんと正式に出張の許可を頂いてここにおるのです!ほら、この通り!ちゃんと国内視察を了承すると書いてあるではないですか?!大臣や父上のハンコもあります!」
「いかにも。国内の状況をつぶさに観察し、今後の政務に活かすという考えは立派だ。それについては余も否定しておらぬ。……だが、どこの世界に出張であんな大金を使うバカがおるか!毎日毎日飽きもせず最高ランクの宿泊費と食費の清算を王家に回して来よって、余が財務大臣から大目玉を食らったわ!貴様、出張に行くと言って出て行ってから、この三カ月弱で一体いくら使ったと思っておるのだ!?恥を知れ、このバカ息子がっ!」
「ヒェッ!?」
どうもこのバスカヴィル王国は、王と大臣の距離が近いフランクな国であるようだ。王様が財務大臣に怒られるというのは中々聞かない話だが、それだけに王の矜持もクソもあったものではないのだろう。そのカミナリが落ちる様を見て、ジャンヌ達は静かに胸の中で思った。
(そういや、シーザーはいつも別の部屋を取ってたわね。てっきり自分のポケットマネーから出してるのかと思ってたけど、そりゃ怒られるわ)
「そ、そんな大金を使った覚えは……」
「ふざけるでないっ!貴様が使った総額は一千万ドルゴだぞ、一千万!そんな金額が経費で落ちると思っておるのか、このバカタレがっ!」
「い、一千万んっ!?はぁ?!あんたそんなに使ってたワケ!?そんなの怒られるに決まってるじゃない、バッカじゃないの!?」
「お、おいジャンヌ。流石に言い過ぎだぞ……王の御前で」
不敬罪を問われても仕方ないほどの勢いで、ジャンヌがシーザーを罵倒した。隣のソロは多少冷静だが、やはり相手が国王という権力者だけあって、かなり及び腰だ。しかし、一千万という金額は家が建ってもおかしくないくらいの額なので、ロドリックやジャンヌが驚き、また怒るのも当然だろう。彼は一体何にそんなに使ったのか、ジーナは頭の中で独り言ちた。
(シーザー様、常にその街で一番いいホテルの一番いい部屋に泊ってたし、この間は長距離馬車を一ヵ月くらい貸し切りしてたから。……でも、なんとなくだけど、ジャンヌさんとシーザー様を一緒にしちゃいけない気がする)
ジーナの予感は当たっている。シーザーほどではないにしろ、ジャンヌもまた金勘定がかなり大雑把なタイプだ。以前、ソロにこっぴどく叱られた事もあったが、今はジーナとソロのダブルで管理しているから問題が起きていないだけで、基本的には変わっていないのだ。ジーナはこの国の国民として、万が一、シーザーとジャンヌが結婚するようなことになったら、経済が大変な事になると考えたのだった。
「うむうむ、よく言ったぞ。娘よ、もっと言ってやれ!このバカタレは余の言葉なぞ聞かんからな」
「うぐぅ、ジャンヌ君までそんな……し、仕方ないではないかっ!僕は王子なんだぞ?!王子であるこの僕が一般人と同じ部屋など、セキュリティ的に大きな問題が」
「いや、ソロと一緒なら間違いなく誰よりも安全でしょーが。理由になってないわよ、そんなの。あんた、贅沢したいだけなんじゃないの?そういうの何て言うか知ってる?放蕩息子っていうのよ」
「ジャンヌ、ホント君はちょっとそれ以上止めとけ……頼むから」
「そ、ソロさんの顔色が見たことない色合いに……!?」
「ホーゥ……」
結局、そのままジャンヌとロドリックの口撃を受け、シーザーとソロの胃袋は撃沈した。ソロの場合は完全に巻き込まれ損だが、もう少しジャンヌを見習って権力者相手にも慣れないと仕事に支障が出そうである。心配するジーナを余所に、アーデはどこか呆れた様子で弱々しく鳴いていた。
そんな会話がしばらく続き、すっかり反省した様子のシーザーを囲んでいると、半泣きになったシーザーが訪ねた。
「ち、父上……ご勘弁を。今後は、経費については改めますので……」
「ふん、貴様にそれが出来るとは思えんが、そもそも余が王子だった頃はだな……」
「あ、あのロドリック王。き、今日のところはもう、この辺で。本人も反省しているようですし」
「む?そうか。よい、ならばこの者らに免じて今回だけは許してやろう。だが、次はないぞ?」
「は、ははっ!」
ソロの執り成しで、ようやくロドリックは矛を収めたようだ。土下座をして謝るシーザーの横で、ジャンヌはなにやら不満そうな顔で口をとがらせている。
「えー、ソロが私に怒った時はこんなもんじゃなかったのに……」
(俺が説教した事、相当根に持ってるな……)
「さて、それでは、このバカ息子は余がこのまま連れ帰るとしよう。お主達、迷惑をかけたな」
「えっ!?」
「彼を……連れて帰るのですか?」
「うむ。いくら許可を出してあるとはいえ、仮にも王子が三カ月以上も城を空けるというのは問題でな。経費の事もあるので、余が自ら迎えに来たのだ。それに、そもそも視察の許可を出したのは国内のみ。……シーザーよ、貴様、この者らと一緒に国外へ出るつもりであっただろう?余はそこまでの許可は出しておらぬ。それでなくともややこしい事が続いておるのだ。その意味でも、貴様をこのまま自由にさせておく訳にはいかん」
ロドリックに凄まれたシーザーは、「うぐ」と唸り声を上げて黙ってしまった。王族が国外へ出向くというのは、本来かなり大きな意味合いを持つものだ。赤鬼事件に絡んでいたハインツ皇子は国から許可を得てバスカヴィル王国へ来ていたのだろうが、出先で大怪我をして病院送りになったことで、エンデュミオン皇国とバスカヴィル王国の間でも相当な問題になったはずである。ロドリックの言うややこしい事というのは、その事だろう。
「そ、そんな……しかし、僕には彼らとレガリアへ向かうという約束が!」
「ならん!それでなくともロディックが入院しておるせいで公務に滞りが出ておるのだ。お前にはここで帰って来てもらわねばならぬ。これは、王命だ!」
「っ!?………………はい、かしこまりました。父上」
「シーザー……」
王命とまで言われては、流石にシーザーもそれ以上抗弁する事は出来ない。悲し気な表情をみると胸が痛むが、こればかりはジャンヌ達にはどうしようもない。そんな重い空気を吹き飛ばすように、ロドリックはそのバリトンボイスを少し明るくさせて言った。
「お主達は迷惑をかけてしまうのでな、せめてもの詫びに、この魔力車とやらを持ってきたのだ。余とシーザーは馬車で帰るゆえ、お主達はこの車を使うとよい。元々はお主達の国のものなのだ。扱いも余などより慣れておるであろう」
「っ!よ、よろしいのですか?!」
ソロは息を飲み魔力車に目を向けた。魔力車は、人が歩くよりも遥かに早い乗り物だ。これがあれば、ここからレガリアまでも一週間とかからず到着出来るだろう。ジャンヌ達にとっては喉から手が出るほど欲しい代物だが、ただで貰うには高すぎる代物でもある。
「なぁに、元はといえば、あの愚弟が横流しで手に入れた裏の代物よ。金で取引することも出来ぬし、扱いに失敗すれば大きな事故が起こりかねぬ。余にしても手に余るのでな。お主達が活用してくれればよい。もしお釣りが来ると言うなら、用が終わったら、またこのバカ息子に会いに来てやってくれ。こやつは友人らしい友人がおらぬ、寂しい男なのでな。……これは、親としての願いだ」
ロドリックはそう言うと、軽くウィンクをして微笑んでみせた。シーザーの浪費に怒りはしたが、三カ月弱もの間自由にさせていたのは、息子に羽を伸ばさせてやろうという親心だったのだろう。不器用ながらも確かな親の愛情を間近で感じ、ジャンヌは少し胸に痛みを覚えつつ、ロドリックに頭を下げて別れを告げるのだった。
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