国王ロドリック登場
ガンズの屋敷に一晩泊まった翌日。ジャンヌ達は早速、次の街へと出発する準備を進めていた。
ここから一週間ほど進めば、次はいよいよ国境の街アマルナである。レガリアへはバスカヴィル王国を出た後、ノルディールという国を通り抜ける必要があるのだが、ノルディールは国土の割に人口が少ない土地だ。街から街への間隔も長く、補給もしづらいので、今の内に各々で保存の利く物資を買い込んでおこうという話になった。本来なら、アマルナに着いてからやるべきだが、先述の事情もあって需要が高い為、アマルナは物価が高いのである。その為、レガリアへ向かう旅人達の多くは、ここトルキアで必要な物を買うのが定番なのだった。
「ええと、後は何を買えばいいんだっけ?」
「必要な衣類は少し多めに買っておけってソロさんが……この街で売ってる衣類は、少し派手ですけどね」
ジーナが照れ臭そうに苦笑いして手に持っているのは、女性物の下着である。ここトルキアは香辛料の栽培が盛んなだけでなく、有名なトルキア絨毯に代表される独特な模様が印象的な織物やその生地も多く販売されている。だが、他の土地から来た人々はそうした品物の柄が派手に見えるらしく、着るのも買うのも少し勇気が入るようだ。
「まぁ、柄が良くても誰に見せるものでもないしねぇ……ただ、どれも生地は丈夫だし、縫製もがっちりしてるから安心は出来そうよ?私達は動き回る事が多いから、お洒落で薄い生地だと、すぐダメになって困っちゃうのよね。私なんてハバキリが無かったころは、しょっちゅう魔法で爆発してたから火事で焼きだされた避難民みたいだったもの。服も下着も、まず丈夫さが第一じゃないと!」
今ではすっかり爆発するような事はなくなったとはいえ、少し前までのジャンヌはとにかく衣類に困っていた。ハバキリを手に入れるまでは、武器も量産品で壊れることが多く、その癖、相手は獰猛な魔獣や油断ならないNeckである。そんな連中と渡り合っていれば、年がら年中服はボロボロで、同じ服を三日と着まわした事がない生活だったのだ。そんな感覚が沁みついているのだろう、ジャンヌは衣服を選ぶ時、デザインよりも機能性と耐久力が第一である。そんな彼女にしてみれば、トルキア衣類はかなり気に入った部類に入るようだった。
(そう言えば、今着てるジーナからもらった服……全然ダメにならないわね。定期的にジーナが補修してくれてるけど、それでもこんなに長持ちしたのは初めてだわ。やっぱり何か不思議な力を感じるけど、これもジーナの加護に関係あるのかしら?)
適当に衣類を手にしながらも、ふとそんな事を考えたジャンヌだったが、服を長持ちさせる加護というのは聞いたことがない。そもそも、精霊達と心を通わせる事がジーナの加護であるならば、服に関しては関係ないだろう。どうにも噛み合わない二つの関係に、ジャンヌは頭を悩ませながらも買い物を続けていった。
そんな調子で朝から買い物を続け、ジャンヌ達が戻ったのは昼を過ぎた頃だった。ソロとシーザーは既に準備を終え、ガンズの屋敷前で待っている。ジャンヌ達が急いで合流すると、並んで待っていたガンズとタチアナが深々と頭を下げた。
「先生、ありがとうございました!あのトピアリーを励みに、私は今以上に頑張りますからねっ。また来てくださいねっ!」
「あ、あはは……あまり無理しないでね」
「ジャンヌさん、儂からも礼を言わせて下さい。あなたはこの庭に相応しい、とても素晴らしいものを用意してくださいました。妻もこう言っておることですし、いつでもお立ち寄りください」
「あ、ありがとうございます。そんなにお礼を言われるほどのものじゃないですけどね」
「胸を張り給えジャンヌ君!君の作ったトピアリーは僕の目から見ても素晴らしいぞ!今度は我が城にも作って欲しいくらいだよ!」
「お、お城に!?流石にそれはちょっとイヤよ」
「でも、あのトピアリーは本当に素敵ですよ。……そういえば、あのお母さんの象はどことなくジャンヌさんに似てますね」
ジーナがそう言うと、全員がトピアリーに視線を向け、そこからジャンヌへとスライドさせた。樹を刈り込んで作っているので、目や口などはないのだが、言われてみれば雰囲気がジャンヌに似ている気がすると、皆思ったようだ。当のジャンヌだけは怪訝な顔をして首をかしげている。
「ええ!?そう?っていうか、いくらなんでも自分の姿なんて形に残そうと思わないわよ。ただ、あの時月明かりを見ていたら頭に浮かんだのを形にしただけで。第一、私子供なんていないもの。赤ん坊を抱いた事すらないわ。別に子供が嫌いって訳じゃないけどさ……」
ジャンヌは当然親戚付き合いというものもないので、身の周りに子供がいたという経験がないようだ。そもそも、自分が子供を持つということに実感が湧かないのは、彼女が恋愛感情と言うものに疎いせいもある。だからこそ、あのトピアリーが自分に似ていると言われても違和感しかないのだ。そう言われると、流石にジーナも強く主張する事は出来ず、何とも言えない表情で頷く事しかできなかった。
その後、別れの挨拶を交わしたジャンヌ達はトルキアの外に出た。ここからは少しハードな旅になりそうだと気合を入れ直した丁度その時、ソロの視界にあるものが見えた。かなり大型の車体をしたそれは、曲線と角ばった金属で本体が覆われ、窓に使われているギィスはかなり分厚い。そして、四輪のタイヤが付いている。ジープのような見た目をした車だ。
ソロは思わず大声を上げて、それに近づいた。
「これは……魔力車じゃないか!?どうしてここに」
「え?どうかしたのソロ。なに?クルルスって」
「ああ、ジャンヌは知らなかったか。魔力車はちょうど五年程前、エンデュミオン皇国で開発された、魔力で動く車のことさ。馬車よりも速くてパワーもある上、運転手の魔力次第でどこまでも行けるからと話題になったんだが……問題も多くてな。まずは国内だけで試験的に使用が許されていた乗り物なんだよ」
「へぇ、そんなのがあったんだ。知らなかったわ。でも、問題って?」
「あれは魔力で動く分、加減が難しいのさ。乗り手の力次第でとんでもなく速く走るから、早く遠くへ行けるのは良いが、事故が起きた時に危険だったんだ。だから、街中では使えなかったし、法律を整備して専用の道路を作ってはどうかとも考えられていた。ちょうどその矢先に俺達はエンデュミオンを出てしまったからな。ジャンヌが知らないのも無理はないか」
「エンデュミオン皇国ってそんなものまであるんですか。それにしてもソロさん、すごく詳しいんですね」
「元々、これを開発したのは俺達魔法師団の技術開発部だったからな。本来は、限られた魔法兵達を迅速に必要な場所へ届ける為の兵員輸送を目的として造られたものなんだ。しかし、どうしてこれがここに?五年前にはまだ量産化の目途も立っていなかったはずだ。とても国外に輸出できるような状態では……」
「叔父上絡みじゃないか?あの人はこういう新しいものや派手な物が大好きだったからな」
「叔父上って……ああ、あの赤鬼とソロがやり合った時に巻き添え喰らって入院したっていうアレ?そういや、一緒にハインツ皇子も怪我したとかって言ってたけど」
「そうだ。叔父のロディック様はハインツ皇子とよくつるんでいたからな。彼を経由してその魔力車とやらを横流ししてもらってもおかしくはない」
「でも、そのロディック様は入院してるんですよね?じゃあ、誰がこれを?」
「……もちろん、余だ」
「っ!?」
ジーナが疑問を投げかけると、ちょうどジャンヌ達とは逆側の魔力車の陰から男の声がした。低く深みのあるバリトンボイスは、声の主に圧倒的な重厚感ある権威をもたらしている。ジャンヌ達の前に現れたその男こそ、現バスカヴィル王国国王、ロドリック・バスカヴィルその人であった。
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