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光煌の逆転姫~その女、追い詰められるほど煌めき輝く~  作者: 世界


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極端な人達

 結局、その後はしばらく誰も口を開く事はなく、ただ重苦しい空気だけがその場を支配していた。流石に見かねたガンズが、今夜はどうぞ泊って行ってくださいと言い出したので、それを受け入れることになったのだが、ジャンヌの表情は暗いままだ。


「いいお庭……でも、あんなことがあった後だと……あれ?あれは」


 風呂を借りて自室に戻ったジーナが窓から見える庭園を眺めていると、そこに誰かがいるのが見えた。湯冷めしないよう厚手のバスローブと上着を羽織り、庭へ出てみると、そこにいたのはジャンヌとタチアナの二人だった。

 月明かりの下で、二人は言い争う事もなくただひたすらに庭園を並んで見つめている。ジーナが近づいていくと、そこでようやく、タチアナが口を開いた。


「ジャンヌさん。昼間はごめんなさい、感情的になってしまって……私、恐かったのよ。またあの時のように全てを失うことになるんじゃないかって。でも、あの後ガンズ様に叱られてしまったわ。嫉妬に目がくらんで、他人を疎んじてはいけないと……その通りよね。歳は離れているけれど、私はあの人を、ガンズを愛しているの。今は亡き奥様にも後の事を頼まれているしね」


「ううん、こっちこそ、ごめんなさい。事情も知らずに昔のことを持ち出して……私、あの頃は幸せだったから。ヘンリーさんが来なくなってから、生活は酷くなる一方だったけど。それでも色んなことを教えてくれて、食べ物も服もくれたヘンリーさんには、本当に感謝してるわ。それに、もしあの時私がヘンリーさんの養子になっていたら、父や母がどんな報復に出たか……あの人達は家の体裁しか考えていない人達だったから、きっとヘンリーさんに難癖をつけて酷い事をしてたと思うの。そう考えると、あの時話に乗らなくて正解だったんだわ」


 そんな会話をしている所へ、ジーナが寄って行き、期せずして女性だけが集まる形になった。女三人寄れば姦しいとは言うものの、今はもう夜中で、ここは庭園だ。大声で話す必要はない為か、ジャンヌ達は大人しく、月明かりの下での会話を続けることになった。


「そう言えばジャンヌさん、一つ気になっていたんだけど、聞いてもいいかしら?」


「ええ、なに?」


「あなた、昼間この庭園が私の仕事だと聞いて、全然驚かなかったわよね?まるで、これが師匠の仕事じゃないと解ってたみたいに。自慢じゃないけれど、十五年前に師匠の元を離れてからも私はずっとこの仕事を続けてきたわ。それ以前の経験もあるし、今の私は少なくともあなたが知っている頃の師匠に、負けずとも劣らない腕があると思ってる。なのに、どうしてこれが師匠の仕事じゃないと思ったの?」


「あ、それは……ええと」


 ジャンヌは口ごもり、その先を言うのを躊躇っているようだった。きっと、昼間のようにタチアナを不快にさせてしまう可能性を考えているのだろう。だが、タチアナは苦笑してジャンヌの肩に手を置いた。


「ごめんなさい。でも、大丈夫よ。もう怒ったりしないから。ただ、気になるの、私の仕事に抜かりが合ったのかどうかが」


「そう、それなら。……といっても、私も確信があった訳じゃないわ。ただ、なんとなく、ヘンリーさんならこうは配置しないんじゃないかなって感じたの。例えば、そのフェンネとか、もう少し右に置くような気がするわ。あと、あのケーネももっとこっちの方に……ええと、あとは」


 そう言いながら、ジャンヌはフラフラと憑りつかれた様に歩き出し、植えられていた庭木の位置や種類を答え始めた。それを聞く度に、タチアナはふむふむと頷きながら頭の中で図面に起こしていく。ジーナには全く解らない会話だったが、ジャンヌとタチアナの間では会話が成立しているので、口を挟む事は出来そうにない。

 やがて、ジャンヌが全てを言い終えると、タチアナは唖然としてその場に立ち尽くしていた。よく見ると、彼女はカタカタと身体を震わせていて、いつ倒れてもおかしくない様子だ。ジーナが咄嗟にタチアナへ駆け寄ってその身体を支えると、タチアナは震える口から微かに言葉を絞り出し始めた。


「そ、そんな……信じられない。そんな事が、あるなんて……」


「た、タチアナさん、大丈夫ですか?!ジャンヌさん、タチアナさんの様子が!」


「え、ちょ、大丈夫なの!?」


 ジャンヌがヘンリーらしいと指示を出した形は、かつて、若い頃のヘンリーが庭師として形作った最高傑作の庭園と全く同じものであった。当然、今から三十年以上も前の話なので、ジャンヌがそれを知っているはずはない。このガンズの庭園は、タチアナが記録に残っていた過去のヘンリーの仕事をベースにして、独自のアレンジを加えたものなのだ。そのアレンジした部分を、ジャンヌはヘンリーが手掛けたものと寸分違わぬ形で手直ししてみせたのである。


 だが、タチアナが驚いた理由はそれだけではなかった。彼女が脳内でシミュレートしたその形は、月明かりと照らし合わせるとより完璧な風景となる。逆に今、タチアナがアレンジした庭園は、月明かりとのコントラストが上手く象られていないのだ。偉大なる師匠であるヘンリーは、昼の景観だけでなく夜の美しさも計算して庭園を造っていた。それを思い知らされたのだ、しかも、ヘンリー自身の技ではなく、ジャンヌによって。


 それは正しく、ジャンヌがヘンリーと同等のセンスを持ち合わせている証拠に他ならない。もしもあの時、ジャンヌがヘンリーの養子になっていたら、間違いなくその才能を余すことなく引き継いだことだろう。もはやそれは、嫉妬するという段階を超えた、ジャンヌが尊敬すべき師と同等の存在であると認めざるを得ない答えだったのだ。


「ど、どうしよう……!?そんなつもりじゃなかったんだけど……」


 (ジャンヌさんて、たまに無自覚で凄い事するなぁ……ちょっとタチアナさんが可哀想、かも)


 崩れ落ちたタチアナの前で慌てるジャンヌとジーナだったが、その心配は次の瞬間にかき消えた。目を爛々と輝かせたタチアナが突然立ち上がり、ジャンヌの両手を掴んだからだ。


「ジャンヌさんっ!いえ、ジャンヌ先生っ!」


「ぅえっ!?せ、先生!?私が?!」


「そうよ!あなたはヘンリー師匠と同じ、いいえ、もしかしたらそれ以上の才能を持った天才中の天才だわっ!どうしてあの時気付かなかったのかしら……あなたがあのまま師匠の下にいてくれたら、私達を更なる高みへ導いてくれる存在になれたはず……!ああ、愚かな私を許して頂戴っ!」


「ヒッ!?な、なんか極端すぎない!?この人っ」


「じゃ、ジャンヌさんがトドメを刺しちゃったんですよ?!なんとかしてくださいっ!」

 

「なんとかって言われても、どうすりゃいいのよっ!?」


 それはある意味、タチアナが自分の心を守る為に変化した防衛本能のようなものだ。誰よりも憎んでいた相手が、自分では到底敵わない高みにいる存在だと知ったら、人はどうするだろう?しかも、その憎しみは不当なもので、全面的に自分に非があるとしたら……普通ならば謝罪して敵対するのをやめ、降伏するだろう。タチアナは優秀ではあるが、思い込みが激しいタイプだったのでそのふり幅が激しすぎるのだ。


「先生!私、あなたの一番弟子としてこれからもっとも~っと、修行していくわ!だから、お願い!ヘンリー師匠みたいに私を捨てないでっ!」


「そ、そんな事言われても、弟子とか取るつもりないし、私まだ旅の途中だから!」


「そんなぁ!?なら、せめて……せめて、何か一つでいいからあなたの作品を私に残して!そうしたら、次に会う時までに先生が私を認めてくれるように頑張れるからっ、お願い!お願いしますぅぅぅ!」


 自分より年上の女性が涙ながらに懇願する姿はかなり痛々しく、その上すさまじい圧を感じたジャンヌは、どうにかこの場を切り抜ける方法はないかと考え、辺りを見回した。そこで目に付いたのは、まだ形作られていないトピアリー用の大きな樹木だった。


 ピンと閃いたジャンヌは、脇に立てかけていたハバキリを手に取るとそれを抜き放ち、タチアナから離れた。


「タチアナさん、あのトピアリー用の木、使わせてもらうわね。……よし!いくわよ、ハバキリ!」


 ジャンヌは両手を使って器用にハバキリを振り回し、あっという間に葉を落として刈り込んでいく。


「あ、ああ……!すごい、すごいわ!」


「綺麗……」


 時間にしてわずか数分の内に出来上がったそれは、赤子を抱いた大人の女性の姿であった。月明かりを浴びてキラキラと輝くその樹は、女神のような美しさと気高さを湛え、庭園の中で静かに佇んでいた。

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