ハバキリの真実
戦いを終え、宿に戻ってきたジャンヌの表情は暗く沈んでいた。正直に言って、レイモンドは相当な強敵であった。突発的な出会いからの戦闘だったゆえに、互いに準備不足であった点は否めないとしても、ここで勝ちきれなかったことは後々に大きく響きそうな気がしてならない。
ジャンヌは見切ったように言ってみせたが、彼の使う二つの影は、上手く扱えばまだまだ十分脅威になり得るものだし、何よりも厄介なことにジャンヌの超再生回復力を敵に知られてしまったのだ。流石にそこから大逆転の詳細までは推測できないだろうが、次に戦う時には、もうそれが原因で彼らが虚を衝かれる事はないだろう。その上、銀の騎士という因縁を断ち切れなかったことは、ジャンヌの精神的にもマイナスであった。
(結局、私はまだあの家から逃れられないってこと……?ううん、そんな事ないはず。私はもう、れっきとした一人の人間よ……!)
ジャンヌは自分を奮い立たせるように心の中で呟いた。だが、彼女がパルテレミー家への、或いは幼い頃に得られなかった両親からの愛情を諦めきれていないのは、未だパルテレミーの名を名乗っている事からも明らかだ。皇国を出てしまえば、パルテレミーの名を使っても問題はないと思い込んでいたが、それは彼女の心の飢えがそうさせたのだと言ってよい。なんだかんだと言っても、ジャンヌはまだ二十歳で、心の傷を癒しきるには時間が足りていないのである。
「そうか……そんな事があったのか。すまなかったな、ジーナ。君が無事だっただけでも朗報だよ」
宿の部屋で、一人ベッドに横たわってしまったジャンヌを置いて、ジーナはソロに事の次第を話していた。ジーナにとっては、レイモンドが名乗った銀の騎士がどれほどの意味合いと重さを持つのか、まだはっきりとは解っていない。だが、憔悴したジャンヌの様子を見ていれば、それが彼女の心に深い影を落とす程の問題なのだという事は解るつもりだ。いくら精霊の力を借りられても、ジャンヌの辛さを癒すことは出来ないのだと思い知らされるようで、ジーナは胸を痛めている。
「ジャンヌさん、すごく辛そうで……私、どうしたらいいんでしょう?何かジャンヌさんの力になれること、ないのかなって」
「気にするな。君まで辛い顔をしていたら、ジャンヌはもっと落ち込むだろう。今は静かに見守ってやるしかないんだ。これは、彼女自身の心の問題だからな」
このままでは、ジャンヌの気落ちがジーナに伝播してしまいそうだと、ソロは危機感を覚えたようだ。しかし、今のソロ達がジャンヌにしてやれることは本当に少ないのだ。彼女の傍にいて、見守って支えてやることだけが、ソロ達に出来る唯一の事である。
(銀の騎士を名乗る男、レイモンド・アッシャー、か……アッシャー家といえば、エンデュミオン皇国の古い男爵家の家名だな。それが当代の銀の騎士とは。それと、エルドレッドと名乗った黒髪の男か、奴らの繋がりは一体何だ?集団での空間移動など並の魔法ではないが、組織立った動きにも思える。まさか、シーザーが以前話していたメタノイアとかいう組織と何か関係が?……いや、いくらなんでも考え過ぎか)
ソロは胸の中で呟いて、考えを一旦放棄した。今すぐに出来る事はそう多くない。敵がジャンヌを狙っているのは間違いないようだがそれでもこの後すぐに、という訳でもないだろう。今は警戒をしつつ、休息を取るのが先決だ。アーデの傷も完全には癒えておらず、少しでも早く万全の状態を整えることが最優先だと、ソロは考えたのだ。
その頃、ジャンヌはベッドの上で仰向けになり、先程の出来事を思い返していた。レイモンドの事も気になるが、改めて考えるとあのエルドレッドという男の言葉も気になるものだ。ジャンヌをハバキリの使い手と呼んだことから、先日戦ったナタンの事が頭に過る。あの時、ナタンもまたジャンヌをハバキリの使い手と呼んでいた。それに、ムラクモという名を出し、ジャンヌの腕を確かめろと命じられた、とも。
(もしかして、命令していたのは、あのエルドレッドってヤツなの?じゃあ、ムラクモっていうのは……それに、いずれ私と戦うってエルドレッドは言ってた。ムラクモとハバキリの間には、何が……でも、ハバキリが自分から話してくれるまで待つって言っちゃったし……はぁ、どうしたらいいのよ)
ハバキリが自分の手の中で震えていたような感覚を思い出すと、やはりジャンヌにはハバキリから強く聞き出そうとは思えないようだ。自分の言葉を翻すのも嫌だったし、やはり言いたくない事を言わせたくないというのも本音である。そんな言葉に出来ない葛藤をハバキリは見抜いていたのか、少しの時間が経った後、ジャンヌの頭の中にハバキリの声が響いた。
――ジャンヌ、ごめんなさい。何も話せていなくて。聞いて欲しい事があるの。
「ハバキリ……どうしたの?大丈夫?無理しなくていいのよ。言いたくないことなら、別に」
――いいえ、今こそ話すわ。むしろ、話さなければいけない事なの。あのエルドレッドという男から、ハッキリとムラクモの力を感じたわ……これはもう、避けられない運命だから。それと、あの二人も呼んで頂戴。巻き込む形になる以上、聞かせた方がいいでしょう。
「そう、解ったわ。ちょっと待ってて」
ジャンヌはそう言うと、ベッドから起き出してソロの部屋へと向かう。そうして二人を連れて戻って来ると、ハバキリを囲むようにして各々が椅子やベッドに座った。そうすると、やや間をおいて、ハバキリの声が全員の頭の中に聞こえてきた。
――それじゃ、話を始めましょう。まず、以前ジャンヌには話したことがあったわよね。私が、ある超越者によって作られた存在だと。
「ええ、聞いたわ。超越者ってのが、何だか解らなかったけど」
――超越者……彼は文字通り、私達を大きく超えた存在だから、私はそう呼んでいるの。彼は自分の事を、星を創る者……創星者と名乗っていたわ。
「星を、創る?……星というと、あの夜空に浮かぶ星のことか?」
――ええ、それにあなた達や私達が暮らすこの大地も、星の一つだわ。この星の外には宇宙と呼ばれる空間が広がっていて、そこに煌めく星々を創るのが、創星者の役割なの。彼……創星者エクソダスは、私達にそう教えてくれたわ。
「創星者、エクソダス……」
「つまり、創星者というのは神のような存在だ、とでも言うのか……?」
――彼は自分を神だと自称した事は一度もなかったわ。あなた達人間と同じ姿をして、膨大な力を持っていたけれど。あくまで彼は星とそこに生きる生命を創る事が目的だと話していた……けれど、彼はそれ以上に力を求めていたの。
「力?」
――そうよ、理由は話してくれなかったけれど、彼は自分の味方となる、力ある生命を欲しがっていたわ。だから、この星を創った時、ある仕組みを用意したの。それが、ダンジョンというものよ。
「ダンジョンって、あの、大昔に冒険者達が攻略したっていう、モンスターがたくさん棲んでいたダンジョンの事ですか?」
――ええ、ダンジョンとそこから生み出されるモンスター達を使って、エクソダスはこの星を、一つの巨大な実験場にしようとしたのよ。この星の生命に大きな試練を与え、競い合わせる事でより強い力を持つ生命を生み出すためにね。
「バカな……!?」
ソロは耐え切れず、大声で叫びながらその場に立ち上がった。ジャンヌもジーナも驚いてはいるものの、ショッキング過ぎて言葉が出ないという様子である。自分達が実験動物のような存在だと聞かされて受け入れられる者は少ないだろう。だが、その後に続いた言葉は、さらに衝撃的なものだった。
――そして、私は……私とムラクモは、人間の中から生まれた強い力を持つ生命を乗っ取る為に造られたのよ。私達に意志があり、生きているのは、その為。エクソダスに従って、使い手の身体と力を取り込む為の生きた剣、それが私、ハバキリと呼ばれた刀の正体よ。




