加護の発露
「あ、アーデ……!ちょっとソロ、どういうこと!?アーデが怪我を!」
フラフラと飛びながら戻って来たアーデの身体には、ナイフによる傷跡が複数残っていた。純白の毛皮は所々が血で赤く汚れていて、非常に痛々しい。これまで、一度たりともアーデがダメージを負った姿など見たことがないジャンヌは、あまりのショックでソロに噛みついている。ソロもまた、唇の端を噛み締めながらジャンヌに応えた。
「落ち着け、ジャンヌ。大丈夫だ。魔力を供給しているから、もう傷口は塞がっている。俺の傍にいて少し休めば……」
「わ、解ったわよ……けど、一体何があったの?」
ジャンヌがそう尋ねると、ソロは弱ったアーデを優しく抱きかかえて答えた。
「あのポンザという男の屋敷に、様子を見に行かせたんだ。何か、秘密があるんじゃないかと思ってな。そうして、窓から屋敷の中を確認していたら突然……」
「そんな……ごめん。私達の為に」
「別にそれはいい、気にするな。だが、あの男には間違いなく何かあるぞ。アーデの闇を抜けて攻撃出来るなんて、たかが商人が雇うレベルの護衛じゃない。それに奴が崇めていた、あのオブジェ……あれは一体」
「オブジェ?」
アーデが見たものを見ていないジャンヌには、ソロが何を言っているのか解らないようだ。ソロ自身、あれが何だったのかは断言が出来ないため、ひとまずその説明を避けて話を続けることにした。事実として、ポンザに強力な護衛がついているのは間違いなく、敵はそれほどの護衛を必要とする状況にあるのは間違いない。その理由が何なのか、ソロには一つ思い当たる答えがあった。
「アーデを通して聞こえた奴の言葉からすると、奴は自らの加護を使って何か良からぬことをしているようだ。デックさんの名も呟いていたし、件の書面に関係があるのかもしれない」
「ちょ、ちょっと待ってよ……それって」
「ああ、この推測が正しいなら、奴が過剰とも言える護衛を雇っている理由も納得がいく。しかしこれは、ハッキリ言って……」
ソロとジャンヌが言葉を濁したのは、それが重大犯罪に繋がる可能性があるからだ。特にここ、バスカヴィル王国においては、加護を悪用して違法な行為に手を染めたり、不当に他者を傷つけたり貶めたりすることは罪が重くなる傾向にある。そもそも、多種多様に存在する加護は各々の個人ごとに発現される才能なので、特定の加護を対象として規制する事は不可能だ。その為、加護を持った人物が罪を犯した場合、そうでない人間が同じ罪を犯した時よりも刑が加算されがちなのである。
「ポンザってヤツの所に乗り込んでってやろうかと思ったけど、そういう訳にもいかなさそうね」
「現状、力でどうにかするのは無理だろうな。よほどの証拠でもない限り、ヤツの屋敷に押し込んで行ったら強盗扱いされるのがオチだ。どうしたものか……」
そう言って、二人は顔を見合せたまま考え込んでしまった。ガンディーノの時のように、ポンザがNeckとして手配されたならともかく、今の時点ではただの商人なのだから力でいう事を聞かせるのは難しい。しかも、貴族の縁戚ともなれば尚更だ。怪しいというだけでは手出しが出来ず、二人は頭を抱えていた。
「あ!じゃあさ、人払いの魔法で隠れて忍び込むのはどう?それで何か証拠を探し出せば……」
「いや、人払いの魔法はこちらの姿形を隠してくれるが、触れたものは普通に見えてしまう。誰もいないのにドアを開けたり、部屋を物色すれば目立つだろう。それにあの屋敷は、外から見たところ細かく部屋が分けられている間取りのようだった。忍び込むには向いていないな」
「そっか……じゃあ!」
ああでもないこうでもないと相談する二人の横で、静かに俯いて口を閉ざしていたジーナが顔を上げた。どこか決意めいた表情に見えるのは、自分に出来る事を何でもいいからやろうという意識の表れだろう。
「あの、私、明日もう一度デックさんの所へ行ってきます!何か、出来る事があるかも知れないので」
「ジーナ……そうね、私も一緒に行くわ。一人だと危ないからね」
「そうだな。偵察したのが俺達だとすぐには気付かれないだろうが、何者かが探っていた事は奴らに伝わったはずだ。優秀な護衛なら、先手を打って動くかもしれないから、デックという人の所へ行くならジャンヌと一緒に行動した方がいい」
ジャンヌとジーナは深く頷き、その日はそのまま食事を終えた。ポンザが悪事を働いているというのが、状況証拠だけしかない現時点では、流石のジャンヌやソロも打つ手がないのだ。デックを救う為に出来る事を、違うアプローチから探すのは正しいかもしれないと、ソロは思った。
――翌日、朝食もそここにジャンヌとジーナは二人でデックの店へと向かった。ソロはアーデの傷を速く癒す為に傍を離れることが出来ない為、あくまでジャンヌとジーナの二人だけだ。何か情報が入ればすぐにソロへ連絡する手筈にはなっている。
二人が店に着くと、そこではデックが力無く作業をしている所だった。今ある店の在庫はポンザの許可がないと売れないか、売ったとしても高額のロイヤルティを支払わなければならないので、デックにとっては無用の長物である。ポンザはこれらを全て引き取ると言っているらしいから、ヤツの目的は明らかだ。
「デックさん、おはようございます!」
「……なんだ、あんたらまた来たのか。何度来たってもう手詰まりなのは解ってるだろうに。俺はもうこの街で商売なんざ出来ねぇんだよ」
「ちょっとちょっと!そう弱気にならないでよ。そりゃ、今は力技でどうにか出来る状況じゃないかもしれないけど、あなたが諦めちゃったらそこで全部終わりなのよ!?」
「じゃあ、どうしろってんだ?服屋が服を作る為の糸と布を取り上げられたら何も出来ねぇのは当然だろう。針とハサミだけじゃあ、服は仕立てられねぇんだからな」
「そりゃあそうだけど……」
ジャンヌはそれ以上何も言えず、ただ黙ってデックの怒りをやり過ごすだけだった。デックの言う通り、服を仕立てるには布などの生地が必要不可欠で、それらが手に入らない状況では手も足も出ないのは当たり前だ。実は、ポンザの宣告があってから、デックは抗議をする傍らで、別の生地や素材を探し集めていた。だが、元々ただの宿場町であるソワレには、そうした仕入れ先が全くない。デックはずっとハイラントを狩ってその毛皮を素材としてきたのだから、そうした伝手がないのも当然である。全ての状況が、デックの不利になるよう定められているかのようだった。
その時、ジーナは自分の耳元で、笑うように囁く声で誰かが話しているのを聞いた。その声に誘われるようにして店の中へ入ると、その片隅に数枚残っていた普段着を見つけた。
「あの、デックさん。これは?」
「ん?ああ、それは昔、うちの祖父さんが仕立てたもんさ。デザインの型は古いし、流行りとはかけ離れてるんで売れなくてな。ずっとそのままになっているのさ」
「へぇ……ん?何この服、麻のような綿みたいな、不思議な手触りね。それに凄く軽いし……これって、ヴィキュニアじゃないんじゃない?」
「ああ、それはノーツっていう植物から作った生地だからな。うちの祖父さんが生きてた頃は森でたくさん採れたらしいんだが、今じゃすっかり絶滅しちまって、もう残っちゃいないんだよ」
「そんな、これなら何も問題なく売れそうなのに……!」
せっかく見えた一筋の光明も、デックの一言で露と消えてしまった。ポンザはハイラントとそこから作られるヴィキュニアの権利を独占しているので、それでない素材を使った商品があれば店を続ける事が可能なはずだ。その代わりとなる生地が見つかったかと思えば、これである。ガックリと肩を落とすジャンヌの隣で、ジーナは再び囁く声を聞いた。その内に、ジーナの両手がぼんやりと光りだし、吸い寄せられるように古い服に触れた。
すると、ジーナの手首に巻かれていた精霊樹の枝で出来たブレスレットが小さな花を咲かせ、そこから種がこぼれた。キラキラと光るその種を見て、ジャンヌとデックはただただ言葉を失うのだった。
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