危険な偵察
「ふーん、そんな事があったのか。それで、どうなったんだ?」
その夜、ソロと合流して夕食の際、ジャンヌ達はデックの話をすることにした。デックの話によると、彼の店は元々、旅人達の旅装を仕立てる仕立て屋だったらしい。この近くには、厳しい山岳地帯にのみ生息するハイラントという生物がいて、そのハイラントの毛皮はヴィキュニアと呼ばれ、王家に献上されることもあったほどとても上質な毛皮なのだそうだ。デックの店では、そのヴィキュニアを使った携帯毛布や、マントなどが主力商品だったという。ジャンヌが見た上等な生地の普段着は、その余った素材を再利用して作ったものだったようだ。
しかし、最近、領内の別の街からやってきた商人がいた、それがポンザだ。
ポンザは領主ルドマンに繋がる遠縁の男らしく、彼は領主の印が記された書類を持っていた。そこには、近在に生息するハイラントと、その毛皮から作られるヴィキュニアの全ての商品を独占して管理し、販売する旨の許可が記されていたのだ。この書類がある以上、ポンザを除いた誰もがヴィキュニア製品を取り扱って商売をすることが出来ない。もちろん、ハイラントを捕まえることもだ。
これにより、デックの店では全ての商品を販売する事が出来なくなってしまった。あまりに突然の宣告に、デックはポンザに何度も抗議したが、ポンザは売り上げの70%を支払わない限り許可を出さないと突っぱねたようだ。しかし、当然ながら70%ものロイヤルティを支払っては生活など立ち行かない。そんな事があって、店をたたもうとした所へジャンヌ達が通りがかり、昼間のやり取りへと繋がったのだった。
「――ってわけ、それでどうにか出来ないかと思ったのよ」
「なるほどな。しかし、相手にその書面がある以上、正当性はあちらにあるからどうする事も出来ない、という訳か」
「そうなんだけど……私、どうも納得いかないのよね」
「どういうことだ?」
「だって、そうでしょう?それまで皆のものとして分け合ってきたものを、ある日突然個人が独占して管理するなんておかしいじゃない。何か裏があるに決まってるわよ!」
「……まぁ、確かにな」
ソロはそう言って、ゴナを一口飲みながら視線を空中に走らせた。この地の領主であるルドマンは王弟ロディックに逆らえず、ジーナ誘拐に関与したようだが、彼は根っからの悪人というタイプではなかった。彼はどちらかと言えば、民を思い、領地を発展させることを優先する領主であったはずだ。事実、ルドマンについての悪い噂はここまでで聞いたことがなかった。そんな人物が、例え縁戚に当たる人物の為とはいえ、特定の人間を極端に優遇する措置を取るとは思えない。その意味では、ジャンヌの言い分にソロも賛成である。
しかし、正式な文書が相手方にあるとなれば、それを突き崩すのはかなり難しいだろう。ジャンヌ達が手も足も出せずに戻ってきた理由も頷けた。
「……ところで、シーザーはどうしたの?姿が見えないけど」
「ああ、彼ならまだ体の痛みが取れないから、夕食は自室で食べると言っていたよ。まだ動けないようだから、明日の出発は厳しいかもな」
「ええっ!?大丈夫なの?……もう、こういう時こそ出番でしょうに。あのくらいで情けないわねぇ」
「そう言ってやるな。仮にシーザーがいたとして、法的な問題にはいくら王族でも無理はできないぞ」
「それはそう、なんだけどさ……」
ソロに諭されたジャンヌは一気にトーンダウンして、チラリとジーナに視線を向けた。ジーナは先程からずっと黙ったまま、ほとんど食事にも手を付けていない。やはり、追い詰められているデックに亡き父の姿を重ねているのだろう。ソロの正論は正しいが、正しさだけでは今の彼女は救えない。ジャンヌにしてみれば、デック本人よりも、ジーナの為に何とかしてやりたいと思っているらしい。そんなジャンヌの気持ちはソロにも理解出来るせいか、ソロもまた、食事の手を止めて考え込んでしまった。
そうして、しばらくの間無言の時間が続いた頃、不意にジーナが声を上げる。
「ごめんなさい、ジャンヌさん、ソロさん。私の我儘でお二人にまでご迷惑をおかけして……」
「な、なに言ってるのよ、ジーナ!私だって、デックさんの事は可哀想だなって思ってるんだから気にしないで。それより、ちゃんとご飯食べなさい。あなたが元気じゃないとボッシュさんだって悲しむわ」
「はい……」
すっかり落ち込んでしまったジーナの様子に、ジャンヌが慌てて取り成そうとしている。どちらにしてもこのままではよくないと感じたソロは、既に食事を終えてくつろいでいたアーデを撫でて、ある指示を出した。アーデはホゥ!と一鳴きすると、窓からそっと外へと飛び立っていく。アーデの白い姿は、あっという間に夜の闇へと溶け込み、見えなくなっていた。
そのままアーデが向かった先は、件の商人ポンザの屋敷だ。ポンザはソワレの街外れに、不釣り合いなほど大きな屋敷を建ててそこに住んでいる。それはまるで高位貴族の屋敷のような豪奢な屋敷で、いかに伯爵であるルドマンの縁戚にあるとはいえ、とても一介の商人が住むような屋敷ではない。不正な蓄財を疑われてもおかしくない、そんな屋敷だ。アーデの眼を通してそれを確認したソロは、そっと庭先にある大きな樹の枝にアーデを留まらせ、いくつかの窓から中を探ることにした。
(さて、まず探すべきはポンザという男だが……ん?なんだ、あれは)
くるくると頭を動かしながら、アーデが各部屋を覗いて行く。すると、ある一つの部屋で奇妙なものを発見した。そのオブジェは、中央に光り輝く光源があり、その周囲にはガス状の雲に似た何かが浮かんでいる。どう見ても魔法で作られた品物だが、何を模っているのかは謎だった。台座には見覚えのない文字が彫り込まれていて、禍々しさを強調しているようだった。ソロがそのオブジェに注意を向けているとちょうどそこへ、何者かがドアを開けて入ってきた。
(なるほど、派手な服装に妙なヒゲの男……コイツがポンザか)
ジャンヌの説明にピッタリな風貌のポンザを見て、ソロは酷く納得した様子だ。ポンザは昼間とは違い、スーツではなく部屋着のようだったが、それでも奇抜な色合いなことには変わりがない。きっと誰がジャンヌの説明を聞いても、彼がポンザだと一目で解るだろう。それほどに目立つ格好である。
窓の外からアーデが覗いていることに欠片も気付いていないポンザは、そのオブジェの前に立つと、身を震わせて跪き、祈るように手を合わせて呟いた。
「ああ、今日もなんと美しィ……!カタストロフの輝きは唯一無二ですねェ。それにしてもあのお方達の言う通り、私の加護を見破れるものはいないはずゥ。ククク、これで私の人生も安泰ですよォ!あとはデックが音を上げるのを待つだけでェ……ムヒョヒョヒョヒョ!」
(カタス……トロフ?あのオブジェの名前か?いや、それより加護だと?もしやこの男、加護を悪用して書類を……ハッ!?)
ソロが気付くよりも先に、アーデは危険を察知し宙へ跳んだ。するとその直後、アーデの停まっていた枝に数本の鋭いナイフが突き刺さっていた。何者かが屋敷を護衛しているのは明らかで、このままではアーデが危険である。ソロはすぐにアーデに指示を出し、翼から漆黒の闇を染み出させてその中にアーデを隠した。その瞬間、再びナイフがアーデに向けて投げられ、アーデは堪らずその場を離れていった。
「あの状態のアーデに攻撃を……!ポンザという男、一体どんな護衛を用意しているんだ?!クソ、このままでは済まさないぞ!」
傷ついたアーデに魔力を供給しながら、ソロは事件の裏に得体の知れない何かがあると確信し、拳を握るのだった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




