ジーナの心境
ジャンヌとシーザーの勝負を終えたその夜。未明からしとしとと降り出した雨は、翌朝には本降りとなっていた。アーデの予想通りなら、この雨は数日間続き、森はかなり足場が悪くなることだろう。無理に出発しなくて正解である。
それからの数日間、ジャンヌ達はめいめいに時を過ごしていた。ソロは魔法の創作と研究に没頭し、ジャンヌとジーナは揃って雨の中でも街を散策しては、食事を楽しんだり本を買って読んだりしている。ちなみにシーザーは、自分で取ったスイートルームで一人全身の痛みに悶絶していた。
ジャンヌが危惧していた通り、ソロの身代わり魔法には欠陥があって、一定以上のダメージは人形へ移し替えることが出来なかったらしい。ジャンヌが放ったドロップキックはその限界を超えており、シーザーは激痛に苛まれることになってしまったのだ。もしもあの時、ジャンヌがハバキリの力をフルに使っていたら、シーザーは確実に死んでいただろう。それがソロのプライドを刺激した為に、彼は魔法の研究に勤しんでいるのである。
そんな日が続いたある日の事、すっかり雨も上がって旅を再開するにはいい頃合いになってきた。ただ、この先は森林地帯を抜ける必要がある為、雨上がりの今すぐに出発するのは危険である。明日あたりには出発しようかと話をしていた時のことだった。
「なんやかんやで、この街には長居したわねー。そんなに大きな街じゃなかったけど、ゆっくりできてよかったわ」
ジャンヌとジーナが二人で昼食に行った帰り道、青空を見上げつつジャンヌはそう呟いた。隣を歩いていたジーナも慣れない旅の中で、久々に腰を落ち着けることが出来たらしく、笑顔でそれに同意していた。
「本当ですね。ご飯も美味しかったし、景色もよくて楽しかったです。また来たいなぁ」
「レガリアに着いたら、その後また来ればいいわ。だいぶ先になっちゃうけどね」
「ふふ、そうですね」
ジーナはそう言って、コロコロと笑ってみせた。やはり、ここへ来るまでに心も体も疲れが溜まっていたのだろう。数日前に比べるとすっかり顔色も良くなって、よく笑うようになっていた。先の事を考えられる余裕が出来たのも一安心である。ジーナの加護がどんなものなのかはまだ解らないが、それが彼女の未来を支えられるものであればいいと、ジャンヌは願わずにはいられなかった。
そんな二人が宿までもう少しといった所で、ふと目に留まるものがあった。そこは、ジャンヌ達がソワレに着いてからいつも開いていなかった店で、何の店だったのか解らずにいた場所だ。だが、この時はちょうど店の主人らしき人物が店先にいて、何かの準備をしている所のようだった。
「あれ?あのお店、やってたのね。いつも閉まってたから、営業してないのかと思ってたけど」
「ああ、そういえばそうでしたね。何のお店なのかな?……何だか忙しそうですけど」
「覗いてみる?」
「はい!行ってみましょう」
好奇心に駆られた二人は、軽い足取りで店に近づいていく。どうやらそこは洋品店のようで、店の主人が陳列されていた商品を店の外へ運び出しているところだった。せわしなく作業をする主人らしき男性に悪いと思ったのか、ジーナは少し優し気に声をかけた。
「こんにちは。今日はお店、やってるんですか?」
「……ん?なんだ、客か?悪いが、もう店じまいだ。服が欲しいなら、他を当たってくれ」
「服屋だったの?ここ。……わ、どれもすごくいい生地ね。おじさん、これ売らないでどうするの?」
店先に出された服を手に取ってみると、どれも一般的には高級品と呼ばれる上等な生地で出来た服ばかりであった。デザインは少し古いが、ドレスなどと違って日常使いの服ならば気にするものは少ないだろう。旅人が多い宿場町で売るにはいささか場違いな感じがするものの、こんな商品があるのに店じまいとはどういうことなのか。ジャンヌはもったいないと言わんばかりに主人に声をかけた。
「売りたくても売れねぇんだ、仕方ないだろう」
「売れないって、こんないい服が?ウソでしょ」
ジャンヌもジーナも、吐き捨てるように言った主人の言葉が信じられず、驚きを隠せないようだ。一方で、店の主人は何も知らないジャンヌ達に説明するのも癪に障るようで、深く溜め息を吐いている。と、ちょうどそこへ、一人の男性が近づいてきた。
「おや、まだお客様を相手にする余裕があったんですねェ?もうてっきり諦めになったんだと思っていましたよォ。ヒョヒョヒョ」
「ポンザか。何しに来やがった?うちはもう、お前んとこと張り合う暇なんかねぇぞ」
「えェえェ!解っておりますよォ!ただ、しぶとくみっともなく足掻くのがあなたの性分ですからねェ、デック。何か企んでいないか、しっかり確認しておかなくてはァ」
ポンザという男は、気味の悪い喋り方をしながら、店の主人をデックと呼び、不快な視線を向けている。ショッキングピンクにイエローとグリーンのラインが入ったスーツに身を包み、ピンと直角に曲がり立ったヒゲが目立つ。何とも悪目立ちする格好の男だ。対するデックは、ポンザと違って少し地味で落ち着いた印象の服を着ている。ずいぶんと両極端な二人だが、その間には並々ならぬ因縁があるようだと、ジャンヌは感じていた。
そのまましばらく睨み合っていると、やがてポンザはふんと鼻を鳴らし、踵を返してどこかへと去って行った。デックはポンザの後ろ姿が見えなくなるまで睨みつけると、やがて落ち着いたのか近くに置いてあった椅子にへたり込むようにして腰を下ろしてしまった。困ってしまったのはジャンヌとジーナである。無関係なのだからその場を離れた方がいいのは解っているが、何やら事情がありそうで、放っておくのも忍びない。
少し逡巡したあと、ジーナは意を決してデックに話しかけてみた。
「あ、あの……デック、さん?何かあったんですか?困ったことなら、その……お話聞きます、けど」
「……あ?なんだ、あんたらまだいたのか。あんた達には関係ない、放っておいてくれ」
「ちょっとおじさん、そういう言い方はないんじゃない?この子は困ってるあんたを見過ごせないって言ってるのよ。私はこう見えてもMIRAだし、困ってるなら解決する手伝いくらい出来るかもしれないわよ?」
「MIRAだぁ?……ふん、力で事を解決するしか能のねぇ連中に何が出来る。女のMIRAとは珍しいが、小銭稼ぎがしてぇんなら余所へ行きな」
「むっ?ずいぶんな言い種じゃない。その様子だと他のMIRAに何かされたってこと?まぁ、同業者にも小悪党がいるのは事実だけどね。そこまで取り付く島もないんじゃどうしようもないわ。ジーナ、帰りま……」
言いかけたジャンヌが言葉を止めたのは、ジーナの目に涙が浮かんでいるのが見えたからだ。ジャンヌが言葉を詰まらせていると、ジーナはゆっくりと膝を折り、傅くようにしてデックの手を取った。
「急にすみません、私達の事が信じられないのは解ります。でも、事情だけでも聴かせてもらえませんか?……お願いします」
(ジーナ……そうか、ボッシュさんのことを)
ジーナがどうしてそこまでデックを気に掛けるのかを考え、ジャンヌは心に浮かんだ答えがあった。それは、ジーナの父ボッシュのことだ。たった今、目の前で見たデックとポンザのいざこざが、ボッシュとガンディーノの関係と重なったのだろう。その上、よく見てみれば、デックはボッシュと似た年恰好である。自分の為に、命を賭して逝ってしまった父を救えなかったことがジーナの中でまだ残っているのだ。ボッシュが亡くなってから、まだ一ヵ月弱しか経っていないのだから当然と言えば当然だろう。
そんなジーナの切実な思いに心を動かされたのか、デックは観念したようにポツポツと事情を語り始めた。ジャンヌとジーナはそのまま、彼の話に耳を傾けるのだった。
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