シーザーvsジャンヌ
宿の中庭に連れて来られたソロは、かなり不機嫌そうな表情をしている。そんな彼を連れてきたジーナは心苦しそうだが、中庭の中心でシーザーと対峙するジャンヌはとても嬉しそうだ。20万ドルゴの臨時収入が、相当嬉しいらしい。
「まったく、久々にゆっくりと魔法の創作でもしようと思っていたところだったのに……」
「ご、ごめんなさい、ソロさん。ジャンヌさんが連れて来るようにって」
「何ブツブツ言ってんの、ソロ!いいじゃない、少しくらい。シーザーと試合するだけで20万ドルゴよ?こんなラッキー、中々ないわよ」
ニコニコと笑いながら言うジャンヌを見て、ソロは溜息を吐いた。20万ドルゴは、Neckに懸けられた賞金としてみれば大きな金額ではないが、一般的な庶民の平均月収クラスの額ではある。ジャンヌの言う通り、それがシーザーと試合……命のやり取りですらない戦いをするだけでもらえるなら、十分破格だ。相手がNeckなら命の危険もあるが、そうではないのだ。
「はぁ……確かに、シーザーの実力を知っておくのは悪いことじゃないがな。仕方ない、二人共こっちへ来い」
ソロはジャンヌとシーザーを呼ぶと、二人に向けて小さく呪文を唱え、印を切った。そしておもむろに、懐から小さな人形を取り出して宿から借りてきたであろう小さなテーブルの上にそれを置く。布と綿で作られたその人形は、ずいぶんと不格好で辛うじて人の形をしているように見える。ジャンヌもシーザーも、ジーナさえも怪訝な顔である。
「なにそれ?」
「これは身代わりの人形だ。今二人にかけた魔法は、この人形と二人を繋いでくれる。二人が範囲内にいれば、ダメージを負ってもこの人形が肩代わりしてくれるのさ」
「へぇー!そんないいものがあるなら、なんでもっと早く教えてくれなかったのよ」
「それほどカバーできる範囲が広くないのと、一度範囲を決めたら解除するまで動かせないんだ。だから、実戦で使うのは難しいんだよ。……あと、人形を作るのも中々難しいしな」
最後に小さな声で囁いたのがソロの本音だろう。彼は魔法に関しては右に出る者はないと言われているが、手先はそこまで器用ではない。というより、この人形を見る限り、彼は不器用な方に分類されるタイプだ。実戦で使いたがらないのも、人形作りが苦だからというのが本音なのかもしれない。
空気の読めないシーザーでさえそこには触れず、ソロを哀れに思ったジャンヌ達はそのまま話を続けることにしたようだ。
「ふぅん。で、ダメージを肩代わりってどのくらい守ってくれるわけ?」
「どんなダメージでも問題ないが、効果は三回までだ。それ以上は人形がもたないし、そもそも魔法で人形との結びつきを持たせる限界がそのくらいだからな。あまり結びつきを強めると、ろくでもない事になりかねん」
「三回ね。オッケー、解ったわ!」
「それと、効果範囲はこの中庭の中だけだ。つまらん怪我をしても困るから、くれぐれもそこから出ないように。宿の建物に影響がないように、結界で出入りを制限しておくぞ。こんなものでいいか?」
「十分よ、やってやろうじゃない!」
「恩に着るぞ、ソロ!さぁ、ジャンヌ君、始めようではないか!」
「なんでそんなにやる気なんだか……まぁいい、では、はじめっ!」
すっかりやる気に満ちた二人の様子に、ソロは呆れつつも、初めの声をかけた。正直な所、ジャンヌとシーザーでは力の差があり過ぎる。今回、ジャンヌはナタンの時ほどハバキリと一体化していない、いわば手加減した状態ではあるがそれでも、ジャンヌには及ばないだろうというのがソロの見立てである。それは決してソロだけではなく、ジャンヌ自身も、ジーナさえも同じ結論だった。だからこそ、そう簡単にシーザーは動かない。そう思っていた。
「行くぞっ!うおおおおおっっ!」
「ありゃ?」
だが、意外なことに、真っ先に動いたのはシーザーの方であった。左手に純白の中盾を持ち、右手にはやや長めのロングソードを構えて、シーザーは猛然と突撃してくる。格上を相手に、迂闊な攻めはこれ以上ないほどに悪手だ。それは誰もが知る戦いの基本であるがゆえに、ジャンヌは虚を衝かれた。
「てやぁっ!せいっ!はあっ!」
「三連撃!?っとと!ヤバ、かすっちゃった!?」
シーザーの剣は、上段からの打ち込みに始まり、それが一切止まる事なく、下段から斬り上げてまた上段から打ち込みに戻るという三連撃であった。それはかなりの速さを持った鋭い攻撃でシーザーの腕が常人のそれを超えている証とも言える。油断していたジャンヌといえど、流石の動きで咄嗟にそれを躱したが、ほんのわずかに剣先がジャンヌの履いているパンツの太もも部分をかすめていた。すると、ソロの隣に置かれたジャンヌの分の身代わり人形がピシっと音を立てて崩れたようだ。
「えっ?人形が……」
「ウソでしょっ!?ちょっとかすっただけじゃない!そんなのでも反応するわけ!?」
「うーん、ちょっと反応が過敏過ぎるみたいだな。少し調整が必要か」
「のんきに言うなぁっ!欠陥魔法じゃないの、それじゃ!」
「失礼な。仕方ないだろう、魔法師団長時代に作ったはいいが、すぐに使う機会がなくなってしまったんだから。それっきりだったんだよ」
使う機会がなくなった、というのはつまり、イェルダ皇女の魔の手から逃れるために、エンデュミオン皇国を脱出したことを言っているのだろう。ということは、五年振りに使う魔法ということになる。しかも、今の口振りからすると、その魔法を正式に使うのは初めての事のようだ。始める前に、人形との結びつきを強めるとろくでもない事になると言ったソロの言葉を思い出し、ジャンヌとジーナはゾッとする嫌な予感に襲われた。
「あ、あのソロさん。その魔法って、人形の方から人間に影響もあるんですか?」
「ん?……いや、そうか。考えたことがなかったが、言われてみれば可能性はあるな。ふむ」
「ふむ、じゃないっ!バカじゃないの!?そんなの危なすぎるじゃない!ちょっとソロ、その人形使ってヘンなことしないでよね!?」
「ば、バカな事を言うなっ!その発言は名誉棄損だぞ!?大体、俺が今まで一度でも君に何かした事があったか?!」
「そんな事言ってる場合じゃ……あっ」
ぎゃあぎゃあと言い争うソロとジャンヌだったが、その背後から、再びシーザーがジャンヌに牙を剥いているのを、ジーナは見てしまった。シーザーの勢いはかなりのもので、最初の一撃よりも速さが増している。油断して気が抜けているジャンヌとは雲泥の差だ。
「隙ありっ!」
「っとぉ!?このっ!」
辛くもシーザーの一撃を躱しつつ、ジャンヌは身体を回転させながらハバキリで薙ぐように反撃を試みた。しかし、その反撃をシーザーは左手の盾でいとも容易く防いでしまう。攻防共に隙がない、良く鍛錬されている動きだ。シーザーはそこで動きを止め、剣先をジャンヌに向けて激しく怒鳴った。
「勝負の最中だぞ、ジャンヌ君!真剣にやりたまえ!」
「っ、そうね。ごめん、真面目にやるわ」
ジャンヌは油断していた自らの行いを恥じ、素直に頭を下げた。命のやり取りをするわけでもなく、思わぬ臨時収入に浮かれていたのは自分でも理解している。だが、シーザーは本気で自分自身の力を試そうとしているのだ。せめて気持ちだけでも、正面から向き合わなくては失礼だとジャンヌは反省したようだった。
ジャンヌが頭を下げるのを見て、シーザーは嬉しそうに笑みを浮かべた。ジャンヌのこうした素直な所に、シーザーは好感を持っている。王族である自分に寄って来る女性は皆、大なり小なり裏表のある人物ばかりだ。それが貴族というものである以上、仕方のないことではある。だが、やはりそんな相手ばかりでは疲れてしまうのだ。しかし、ジャンヌは違う。彼女は自分に対し、立場を知っても言い寄って来たりしないし、恩を着せようとしたりもしない。若干嫌われているような態度を取られているが、それは自分の魅力で挽回できるだろう。だからこそ、シーザーはジャンヌを欲しているのだ。
自分の力を試したいと思ったのも、今の自分がジャンヌにどれだけ誇れる存在であるかを確かめたい、という気持ちがあったからである。動機に不純な点が含まれているのは、ジャンヌもシーザーも同じなのであった。
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