シーザーの願い
ソワレに着き、一息ついたジャンヌ達は、ソロの提案で数日この街に留まることとなった。というのも、アーデを通して、この後訪れる豪雨の予兆を捉えたからである。
本来、森に住む魔獣であるフォレストオウルには、ある程度の天候を読む能力が備わっているらしい。いかに魔獣と言えど自然の猛威に逆らうことは不可能で、嵐や洪水、積雪や落雷といった極端な自然災害に対しては勘が働くもののようだ。人間でさえ空の様子を観察して雨を予想したりできるのだから、人より優れた感覚を持つ魔獣にもそれが出来るのは当然のことなのかもしれない。産まれた時からソロと一緒に暮らしているアーデもまた、他のフォレストオウルと同じく、天候を読む事が出来た。そのイメージをソロと共有する事で、この先数日間、激しい雨が降る事を予測したようだ。
幸い、宿は格安で泊まれるので、数日滞在してもそこまでの痛手にはならないはずだ。昨日倒したナタンの賞金が降りるのは彼の遺体が篤国に届いてからになるから、しばらく先になりそうだが、彼の首に懸けられた賞金は100万ドルゴほどもあったので、まとまった金額の目途が立っているのも大きい。
この街でも稼げる仕事が見つかればそれに越したことはないのだが、そこまでは望み過ぎだろう。
更に言えばこの先、ソワレを出るとしばらくは森林地帯が続き、宿を取れそうな街までは数日以上かかる見込みだ。森の中で豪雨に見舞われれば、そのリスクはとても大きい。多少の雨ならば木々が雨避けになってくれるが、森の中はどうしても水はけが悪く、足場も悪くなりがちなのでキャンプを張るのも一苦労だ。その為、出来るだけ雨を避けようというのがソロの提案であった。
「うわ、凄い空の色……あの赤さだと、今夜くらいから一雨来そうね」
窓の外に見える空を見上げて、ジャンヌがポツリと呟いた。決してアーデの予想を信じていなかった訳ではないが、改めて空の色合いを見てしまうと口に出したくなる。それほどに、空の色は濃い赤色をしていた。
「ホントですね……そう言えば、お父さんも、こうして空の色を見て明日の天気を予想してました。昔は鉱山で働いていたから、大雨の時は鉱山が休みになるんだって」
「ああ、万が一、坑道に大量の水が流れ込んだら大変だもんね。うぇ、この間の湖に落ちたの思い出しちゃった……」
そう言って、ジャンヌは見たこともない渋い顔をした。ボワ湖での騒動は、彼女の中で相当なトラウマになっているらしい。あと一歩で溺死するところだったのだから、当然と言えば当然である。そんなジャンヌの様子を見て、ジーナはクスクスと笑っていた。
ジャンヌの言う通り、鉱山が台風などの大雨により、一時的に操業を停止するのは一般的なことだ。もちろん排水設備のようなものもあるにはあるが、それにも限度はあるし、なにより危険なのは大量の浸水だけでなく、雨水や漏水で地盤が緩むことにより坑道自体が崩落する危険もある。そうした事態を恐れて、大雨の時には鉱山が休みになるのだ。
ジーナの父、ボッシュは、鉱山労働者向けの食堂を営んでいたこともあって、そうして天気を予想する事も必要だったのだろう。労働者達は身体を動かす仕事なだけあって、塩分が多く味の濃い食事を好む傾向にある。身体を動かしている間はそれでもいいが、仕事が休みであるオフの日は、出来ればそうした食事は控えた方が健康の為にはよいだろう。ボッシュは彼らの健康をも気遣って食堂を経営していたのだが、そこまではジャンヌも、娘であるジーナも理解が及んでいないのだった。
「さて、夕飯までにはまだ時間もあるし、どうしよっか。ピリム(※しりとりの事。普通のしりとりとは違い、厳しい時間制限がある。早口でやるしりとり)でもする?」
「いいですね、受けて立ちますよ!ふふふ」
お互いのベッドに腰かけて向かい合う二人は、ジーナが大人びているだけあって、あまり歳の差を感じさせない。仲の良い姉妹のようである。家族と遊んだり触れ合ったりした経験がほとんどないジャンヌは元より、一人っ子で早くに母を亡くし、また父を亡くしたばかりのジーナはそうしたスキンシップに飢えているのだ。年齢の割に子供っぽい所があるジャンヌと、逆に大人びているジーナ。そういう意味でも、二人の相性はいいのである。
そして二人がせーの!で遊び始めようとした時、コンコンとドアをノックする音が割って入った。気合を入れていた二人は出鼻を挫かれ、渋い顔になっている。
「むっ、誰だろ、タイミングが悪いわね。はーい!」
ジャンヌが不満そうにドアを開けるとそこに立っていたのはシーザーだった。少し緊張した様子で、いつもの浮ついた雰囲気が消えている。だが、ジャンヌはその変化を特に気にすることもなく、声をかけた。
「あら、なに?シーザー。どうしたの、何か用?」
「うむ、さっきソロからしばらくこの街に留まると聞いたのでな。せっかくだからこの機会にと、君に頼みがあって来たのだ」
「頼み?なによ。結婚しろとか言ったらぶん殴るわよ」
「そうじゃない。僕と、剣で勝負をしてくれないか?」
「は?」
突然の申し出にジャンヌは思わず間抜けな声が出てしまった。シーザーが言い出したのは全く持って意味の解らない要求で、後ろで聞いていたジーナもポカンとしている。そんな二人に、シーザーは真剣な表情で言った。
「先日の戦いを見てから、僕は君の強さに心を奪われてしまったようだ。とはいえ、僕もこの国の王子であると同時に、騎士としての誇りと強さに自信を持っている。……僕は自分の力を確かめたいんだ。数日この街にいるというなら、多少怪我などしても問題ないはず。この先、そうそうこんなチャンスはなさそうだし、どうか胸を貸してもらえないか?」
「それって、腕試しがしたいってこと?嫌よ、ご飯の前に汗かいちゃうじゃない。大体、そんなことしたって私に得なんかないんだけど。そういうデリカシーのない男は嫌われるわよ?」
「た、タダとは言わない!戦ってくれるなら、僕のポケットマネーから5万……いや、10万出す!だから!」
「10万……?」
その金額を聞いた途端、ジャンヌの耳がピクリと動いた。10万ドルゴといえば、一般人の平均月収の半分ほどだ。それがたった一度、シーザーの腕試しに付き合うだけで手に入るなら、かなりお得だ。それに、よく考えてみれば、これから行動を共にするシーザーの実力を確かめておくのは重要なことである。シーザーが仲間になってまだそう日が経っていないこともあるが、ジャンヌ達は彼の力がどれほどのものかを把握できていない。背中を預けるかもしれない人間ならば、しっかりその力を見定めるのは当然の事だった。
しばらくウンウンと唸って考えるジャンヌに、シーザーはついにトドメの一言を放つ。
「10万で足りないなら……もう10万追加しよう!先に10万、戦ってくれたら更に10万だ!どうだ?!」
「っ、乗ったわ!」
「ええ、じ、ジャンヌさ~ん……」
「よく考えたら、シーザーがどのくらいやれるのか解らないのは困るしね~!あんたの力、しっかり見定めてやるわよ!そうと決まればジーナ、ソロを呼んできてくれる?私達は外にいるから」
「げ、現金過ぎ……!」
「ありがとう!恩に着るぞ!」
ウキウキとスキップをしながらジャンヌがシーザーを連れて宿の外へと出ていく。その後ろ姿にジーナは溜息を吐き、隣室のソロを呼びに行くのだった。
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