二つの結末
「……負けた?ナタンが?」
エルドレッドがそう聞き返すと、フードを被った人物の一人が頷き、その場は時間が止まったような静寂に包まれた。だが、静かだったのはほんの一瞬だけで、エルドレッドの隣に座っていたグレッグが苛立つように声を上げ、静寂はいとも簡単に打ち破られた。
「バカな!奴の加護は使い方次第では無敵の能力なのだぞ。負ける事などあり得るはずが……まさか、加護を使わなかったのか!?」
「落ち着いてくれ、グレッグ。ナタンの誓約は確かに強力だったが、欠点もあった。そこをつかれた可能性もある。ダーラ、詳細を」
「……」
ダーラと呼ばれたフードの人物は一言も発さず、黙って何かを取り出して円卓の上に置いた。それは、ナタンが円卓から出ていく際に、左手に持っていた小さな結晶と同じものだ。それは彼女の持つ加護によって作られた結晶であり、どんなに離れていても情報の共有と保存が出来るという代物である。
余談だが、エルドレッドの言うナタンの加護・誓約の欠点とは、相手が取引に応じなければその効果が発揮されないという点にある。
誓約の正体は、非常に深い催眠のようなものだ。それは相手と言葉を交わし、その了承を得ることで相手の心を縛る力となる。ジャンヌ達の周囲の風景が変わったように見えたのは、催眠状態に入った事による幻覚である。
その能力ゆえに、まず第一に相手がナタンの言葉に耳を傾けなければならない。ナタンがどこか気安い様子で、戦いの最中にあっても休息を入れてジャンヌを挑発していたのはそれが理由だ。普通であれば、戦闘中に敵の話を聞こうとする人間は少ないだろう。ナタンは饒舌に語りながらわざと隙を見せることで、自分のペースに引き込んでいたのだ。
また、誓約はその性質上、予め能力を知っている者には容易に対処されてしまうという弱点もあった。何しろ、一切の口を利かず、黙っているだけでナタンの加護は封殺できるのだ。相手をカタに嵌めてしまえば無敵の能力となり得るとはいえ、その弱点はあまりにも大きい。彼が故郷の篤国で大量の殺人を犯したのも、自らの加護の秘密を守る為だった。
少しの間があってダーラの取り出した結晶が光を放つと、空中にテレビ画面のような映像が映し出された。視点はナタンのもので、ジャンヌ達と出会って戦闘が終わるまでの全てが克明に残されていた。その一部始終を、エルドレッド達は食い入るように見つめ、やがて全てが終わるとまずヴィヴィアンが愉快そうに笑った。
「キャハハハッ!あ~あ、ナタンおじさん誓約まで使ったのに負けちゃったんだ~?フフッ、ダッサーい!」
「おい、ヴィヴィアン。仮にも仲間がやられたというのに、その反応はなんだ!」
「ええ~……ウチ、あのおじさん嫌いだったもん。チビの癖に若作りしちゃってさ~、すぐお説教しようとしてきたしぃ。別に死んじゃってもよくなぁい?」
「お前という奴は……!もういい。しかし、ナタンを倒したあの技は一体」
「天霊刃だね。しかも、剣閃を飛ばすということは、第二段階まで進んでいるな。ナタンが負けるのも無理はないさ」
エルドレッドは事もなくそう語り、薄ら笑いを浮かべて目を瞑った。そのまま椅子にもたれ掛かかるようにして天を仰ぎ何かを考えている。ヴィヴィアンと同じく、どうやら彼もナタンが敗れて命を落とした事に心を痛めてはいないようだ。むしろ、どこか楽し気でさえあって、その異様さにはグレッグだけでなく、ヴィヴィアンさえも気圧されて言葉を失っていた。
(天霊刃の第二段階か。いよいよハバキリに本物の使い手が現れた訳だ。これでムラクモとハバキリの戦いにも決着がつけられるだろう。それさえ成せれば、後は……しかし、あのジャンヌとかいう女、どこかで見覚えがあるな。一体、何者だ?少し、調べてみるか)
エルドレッドはしばらく何かを考えた後、ふぅと息を吐いて目を開き居住まいを正した。だが、その顔には先程と変わらぬ笑みが浮かんでいる。俗に言うアルカイックスマイルというものだ。
「ナタンを失ったのは予想外だったが、収穫はあった。彼らに関してはひとまずその動向を掴んでおくだけでいい。まずは、計画を進めよう。この世界に変革をもたらし、完璧で理想の世界を作る為には、君達の協力が不可欠だ。……よろしく頼むよ、同志たち」
「『世界の変革をこの手で!』」
エルドレッドの言葉に合わせ、全員が右手を高く上げる。それに続き、他の者達の合言葉が室内に響き渡る。その声は強く反響し城内にどこまでも響き渡っていった。
ナタンを撃破した翌日、ジャンヌ達は無事目的地であるソワレに到着していた。流石にナタンの遺体をあのままにしておく訳にもいかず、ソロがアーデの闇で包んで翼の中に保管して持ってきている。ジャンヌとジーナは宿を取り、ソロとシーザーが街の役所に出向いてナタンの遺体を引き渡す手筈だ。
ソワレという街はここまでに通ってきた街とは違って、かなりこじんまりとした街だった。古くから宿場町として栄えてきたというが、雨期を前にしたこの時期は旅人の往来も少なく、宿は比較的安く設定されていた。ちなみに、シーザーは自分で金を払って最高ランクの部屋である。ジャンヌが「あんた、自分の宿代は自分で出しなさいよ」と迫ったからだ。庶民の生活を知りたいと言っていたシーザーだったが、そういう所はちゃんと高いランクの部屋を選ぶ辺り、王族としての感覚はあるらしい。
「わ~、割といい部屋じゃない!オフシーズンだからって、この部屋が格安だなんてラッキーだったわね!」
「ホントですね。……でも、ジャンヌさんが無事でよかったです。昨夜はどうなることかと」
「そうね。訳の解んない奴だったけど、強敵だったのは確かだわ。でも、気になるのは、命令がどうのって言ってたことよね。誰かが私達を狙ってるんだとしたら……これからもああいう連中と戦わなきゃいけないのかしら?まぁ、お金になってくれるだけいいけど」
ナタンは強敵だったが、篤国から直々に懸賞金が懸けられているNeckだったのだ。相手が国家ならとりっぱぐれはないだろうし、金銭的に余裕のないジャンヌ達にはありがたい話ではある。ただ、この手の事を考えるのは、ジャンヌとジーナだけでは進まない。ちゃんと考えるのはソロと合流してからということで、ジャンヌは汗と汚れを落とす為、部屋付きのシャワーを使うことにした。
それからしばらくして、ジャンヌとジーナが交互にシャワーを終えて一息吐いている頃、部屋のドアをノックする音がした。
「はーい!ああ、お疲れ様。ソロ、シーザーどうだった?」
「全て問題なく終わったよ。シーザーが一緒だと話が早くて助かった、流石は王子だな」
「ふふん、そうだろう!そうだろう!この国で僕の名を知らん人間などいないからな。どこへ行っても滞りなどあるものか。もっと褒め称えても構わないぞ?ん?」
(こういう所が鼻につくのよねぇ……)
ジャンヌが呆れた顔をしている事にシーザーは全く気付いていない。ソロとジーナは顔を見合わせて苦笑いをする他ないようだ。そのまま二人を部屋に招き入れて、ジーナがスーとゴナの用意をしていると、ふとジャンヌはシーザーが自分を見つめているのに気付いた。
「なによ?シーザー。私の顔に何かついてる?」
「いや、そういう訳ではないんだ。ただ、改めてジャンヌ君は凄い女性だなと気付かされたよ。我が国の騎士団にも女性の騎士はいるが、君のように強い女性は見たことがない。本当に……」
「ええ……?何かキモチワルイなぁ。やめてよ、別に褒められるようなことしてないわ」
「いや、君のように強い女性が僕の妻になってくれたら、この国はもっともっと良くなると思うんだ。どうだろう?もう一度考えてみてくれないか?僕と結婚することを」
「ヤダっつってんでしょ、しつこいわね!もう、今度それ言ったらぶん殴って叩き出すわよ?!」
「手厳しい……だが、僕は諦めないぞ!?」
「もうなんなのコイツ!?ソロ、何とかしてよ!」
「俺に言われてもな……」
ポリポリと頭を掻きながら、ソロはゴナを口にして誤魔化している。そんな二人のやり取りに、ジーナはただただ笑うことしかできないのだった。
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