ハバキリの涙
「ずいぶん大層な異名持ってるじゃない。……あんた、Neckね?」
「いかにも。我が首を狙う者は、もういないと思っているがな」
ジャンヌの指摘を受け、ナタンは静かに頷いた。わざわざ隠す必要もないと言いたげだが、ソロはその名を聞き、すぐに思い当たるものがあった。
(ナタン、だと?……あの装いは確か、東の島国、篤国のもの……そうか!)
「気を付けろ、ジャンヌ!そいつは連続殺人鬼だ!」
「れ、連続殺人鬼!?」
「そうだ。そいつはその昔、篤国で無辜の人々を次々と殺害し、この大陸に渡ってきたとして篤国の王から直々に懸賞金が懸けられている。だが、こんな強力な加護を持っていたとは……!」
ソロがそう叫ぶと、ナタンはニヤリとよく解ったと言わんばかりに小さく笑った。だが、その眼光はかなり鋭く、ゾッとするほど昏い光を宿しているようだ。
「ほほう、我が行いを知る者など、とうの昔に全て斬り捨てたと思っておったがな。しかし、知らぬ方が幸せであったと思う事であろうよ。……我の過去を知る者は全て殺す。可哀想だが、たった今、一人残らず殺さねばならなくなったわ!」
「ハッ!ごちゃごちゃごちゃごちゃうるっさいわね!あんたなんかに誰も殺させるもんですか!皆には指一本触れさせやしないわ、かかってきなさい!」
そう言って、ジャンヌはハバキリを抜き放った。ハバキリの刀身がキラリと輝き、ジャンヌの魔力をたっぷりと湛えている。身動きの取れないソロ達には、とても頼もしく見える姿であり、普通の敵ならば、その迫力に気圧されていただろう。
「ほう、確かに似ておる。その威迫、単なる紛い物に出せるものとは思えぬな。……どれ」
ナタンはジャンヌの持つハバキリをしっかりと見据え、笑みを消した。その直後、ダダンッ!という激しい踏み込みの音を立てて、ジャンヌに肉迫する。
「っ!?っぶな!」
敢えて無造作に、自然体で構えていたジャンヌは、その一撃にも敏感に反応することができた。ナタンが繰り出してきたのは鋭い突きで、的確に彼女の喉元を狙っていたのだ。ジャンヌは寸での所で、その一撃をハバキリの刀身で受け止めてみせた。そこから一拍遅れて、ジャンヌは横薙ぎの一閃でナタンに反撃を試みたものの、その動きが遅れた為に間に合わなかったようだ。ナタンは既に攻撃範囲の外へと身を躱し、小さく呟きながら頷いている。
「……ふむ、そうか。なるほど、なるほど」
「躱された……!ジャンヌさん」
「な、なんという動きだ!いつどう動いたのか、この僕の目にも全く解らなかったぞ!?」
「あれは、篤国の剣術独特の技術だ。静から動へ、瞬時に移り変わるという……俺達には馴染みがない戦い方だろう。どちらかというと、野生の獣のようだな。しかし、問題は……」
身動きを封じられているソロ達は、ジャンヌとナタンとの戦いを見つめ続ける事しか出来なかった。その異名が示す通り、ナタンの誓約という加護は、相当強力な効果を持っているらしい。ただ、傍でジャンヌとナタンのやり取りを聞いていただけのソロ達がこれほどの制限を受けるのだ。一体、どれほど強力な加護なのか。その方が、ソロには危険な事のように感じられていた。
(手が、痺れてる。たった一発受けただけなのに。あいつ、あんな小さい身体で何てパワーなの……!これは、気合入れ直さないとヤバイかもね)
ジャンヌの言う通り、ナタクは小柄な男性である。これは、篤国の人間がこの大陸の人間よりも平均的に身長が低いせいだろう。小柄と言っても、大体10~20cm程度の差だが、高身長なものが多いこの大陸出身者からするとかなり小さく見えるらしい。ジャンヌは決して侮っていたつもりはないのだが、それでもどこかで油断があったのは事実だろう。ナタンはその加護の強力さも含めて、楽な相手ではないと悟ったようだ。
「その刀、ハバキリと言ったか?確かにそれはムラクモの片割れで間違いないようだ。確かめろと言われたこと、その一つはよく解った。残るは、使い手の腕か」
――!ムラクモ……そう、目覚めていたの。
「ムラクモ?片割れ?何の事か、解らないことだらけね」
「む?貴様はハバキリの使い手に選ばれたのであろう。何も聞いておらぬのか?」
「……なんですって?」
「知らぬというなら教えてやろう。いいか、そやつらはな……」
――やめてっ!!!!
「きゃっ!?」
「なんだ、今の声は?頭の中に、直接聞こえたような」
「ハバキリ、あなた……」
それまで、ジャンヌだけに聞こえるよう絞られていたハバキリの声が、念波となってその場にいた全員へと拡散された。初めてその声を聞いたシーザーは混乱し、ジャンヌから多少の事情を聞いていたジーナとソロは、その悲痛な声に胸を痛ませている。だが、誰よりもハバキリの思いを痛感しているのは他でもないジャンヌだ。ジャンヌには、ハバキリが持つ美しい少女のようなイメージが見えている。ジャンヌの脳内では、うずくまって泣きじゃくるようなハバキリの姿が浮かんでいて、それがジャンヌの心を締め付けているのだ。
「むぅ、今の声、間違いなくそやつはムラクモと同類よな。だが、聞いていたものとはだいぶ違うようだ。ムラクモの言葉では……」
「黙りなさい」
「ぬ?」
「黙れって言ったのよ、聞こえなかったの?あんたが何を知っていて、何を言うつもりか知らないけれど、ハバキリがそれを望んでいない以上、それ以上は言わせないわ」
「なんだ?貴様、何を言っている?まさか、支配されているというのか?その刀に」
「支配なんかじゃないわ。大事な仲間が泣いていたら、それを止めるのは当然でしょ?連続殺人鬼さんは、人の心もわかんないのね」
「バカな。それでは貴様は、そのハバキリを慮っているというのか?これは滑稽だ。いかに相手が生きた剣とはいえ、武器の心情を酌んで情けをかけようなどという奴がいるとはな!それは正真正銘、人を傷つけ、殺す為の道具なのだぞ?それを思いやろうなどと……ククク、呆れ果てて物も言えぬわ!多くの輩を殺した我よりも度し難い物言いではないか!」
――くっ……!
「ハッ!?」
次の瞬間、ジャンヌの放った一閃がナタンの眼前に迫っていた。いつの間に動いたのか、ナタンも、ソロ達も、なによりハバキリさえも気付いていなかっただろう。それほどに、ジャンヌの動きは早く、正確だった。ナタンは咄嗟に顔だけを逸らし、その頬に一筋の傷が浮かぶ。
「き、貴様……!?」
「黙れって言ったのにベラベラ喋ってるからよ。私、お喋りな男って大嫌いなの。でも、惜しかったわ。その口、二度と喋れないようにしてやろうと思ったのに」
――じゃ、ジャンヌ、私は…………。
「……いいから、何も言わなくていいって言ったでしょ、ハバキリ。あなたが話したいと思った時に話してくれれば、それでいいのよ。私はあなたを信頼してる。それをあなたも信じて」
――ありがとう。
ジャンヌの中で、囁くように礼を言うハバキリの姿は、先程までの泣きじゃくるものではなく、目に涙を浮かべながらも微笑みに変わった。ジャンヌがここまでハバキリを信頼しているのは、かつての子供時代、自分を見守り支えてくれたヘンリーの言葉があったからだ。
かつてヘンリーが愛用の仕事道具を隅々まで手入れしているのを見て、子供だったジャンヌは何故そこまで大事にするのかと疑問を投げ掛けた。何も持っていないジャンヌと違い、ヘンリーほどの人間になれば、壊れた道具はまた買い直したり、新しく性能の良いものに替えればいいはずだ。だが、ヘンリーは若い頃に初めて買ったという剪定ばさみを、自慢の我が子の如く大事に手入れをし、使い込んでいた。
それは職人にとっては当たり前の事なのだが、幼いジャンヌにはその意味が解らなかった。その質問を受け、ヘンリーはいつもの厳しい表情を一変させ、少し困ったような照れたような顔をしてこう言った。
『道具ってのはな、大事に愛情をかければかけるほど、ちゃあんと応えてくれるもんなんだよ。ジャンヌ嬢ちゃんが大きくなった時にどんな生き方をしているか解らんが、もし自分の命を預ける道具があったなら、それは持ち主である自分が一番信用して、大事にしてやるんだぞ』
その何気ない一言を、ジャンヌは今でも常に、心の中に留めている。その考えがジャンヌの中で、指針として息づいているのだ。
「さぁ、ここからが本番よ!ソロ達もハバキリも、あんたの好きになんかさせやしないわ!」
ハバキリを握るジャンヌの手に、力が入る。本格的な戦いは、これから始まるのだ。
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