変革を望むもの
険しいフォラファ山脈の中央には、立ち入る事が難しい何もない小さな平野が存在する。そこはかつて火山の噴火口だった場所が、長い年月の果てに風化を繰り返し、均されて出来た空間だ。そこを上空から見ようとしない限り、誰も気付かないであろうそこは、言わば、隔絶された天険の秘境と言ってもいいだろう。
その何もないはずの平野の中央に、それはあった。
床から柱、天井に至るまで全てが白陶石で作られたその建物は、まるで神殿のような静かで厳かな佇まいを保ちながら、全体的に白く輝く城のようでもあった。城のようと表現はしたが、実際に存在する様々な王城と比べると、その大きさはやや小ぶりだ。姿形は城のようだが、規模としては砦か要塞のようなものなのかもしれない。そして、薄暗いその中の廊下を、3人の男女がコツコツと足音を響かせながら歩いている。
その中の一人、中央を颯爽と歩く騎士風の装いをした若い男は、やや短めにカットされた黒髪をなびかせ、整った顔に自信の満ち溢れた笑みを浮かべながら円卓の椅子に着いた。両脇に従えていた男と女もそれぞれが彼の隣の椅子に座ったが、体格のいい男の方は険しい表情をしており、逆に小柄な女の方は不気味なほどニヤついているのが印象的だ。
既に他の席には顔が見えない程にローブを深々と被った人物達が座っていて、彼らの到着を待っていたようである。そんな彼らに一通り視線を流すと、黒髪の男はニッコリと笑って声を上げた。
「やぁ、待たせてすまなかったね。色々とイレギュラーがあったものだから、対処に手間取ってしまったよ。で、今日の議題は何だい?」
「……報告の通り、赤鬼が破れました。やったのは、バーソロミュー・サマーヘイズという元エンデュミオン皇国の魔法師団長だった男のようです。今はMIRAとして活動しているようですが」
「ああ、そのことか。うん、彼の事なら心配いらないよ。イレギュラーの対処ついでに拾ってきたからね。今は傷を癒している所さ。すぐにまた、戦えるようになるだろう」
「さっすが、エルドレッド様、仕事がはや~い!でも、あんな使えないヤツ、始末しちゃった方が良かったんじゃないですかぁ~?」
「バカを言うな、ヴィヴィアン。今回は後れを取ったとはいえ、赤鬼めはまだ使える貴重な戦力だぞ。使い捨てにするには惜しいだろう。それに、エルドレッド様がヤツをまだ使うと決めておられるのだ。それとも、お前はエルドレッド様のやり方に反対する気か?」
険しい表情の男が更に眉をひそめてそう言うと、不興を買うのがよほど恐ろしいのか、ヴィヴィアンと呼ばれた女は顔を慌てた様子で真っ赤にし、黒髪の男に必死に懇願してみせた。
「ちょ、ちょっと!ヘンな事言わないでよ~!え、エルドレッド様ぁ、違いますからね!?エルドレッド様が決めたことに、ウチは反対なんかしてませんからぁ~~!」
「大丈夫、解っているよ、ヴィヴィアン。君は僕の言う事に逆らったりしないと信じているさ。それとグレッグ、君は正しいが、あまりヴィヴィアンを恐がらせないであげておくれ」
その必死な言葉を聞いたエルドレッドという黒髪の男は、しな垂れてくるヴィヴィアンの頭を優しい声をかけながら撫でつけた。すると、エメラルド色のツインテールを揺らし、黒いドレスに身を包んだヴィヴィアンは恍惚とした表情で身を任せ始ている。頭を除いた全身をフルプレートメイルで身を包んだグレッグは、険しい表情を絶やさずに小さく溜め息を吐いて答えた。
「……御意。しかし、エルドレッド様、あまりヴィヴィアンを甘やかせすぎるのはよろしくないかと」
「フフ、それも解っているさ。可愛くてつい、ね。それじゃ、報告の続きを聞こうか」
「現在、バーソロミュー・サマーヘイズは、女を二人連れているようです。一人は特に変哲もない町娘のようですが、もう一人が……」
「なんだ?何かあるのか?はっきり言え」
「いえ、その女、どうやらバーソロミューと同じMIRAのようで、不可視のリリィを捕まえたのはこちらのようです。それでその、この女がハバキリという刀を所持していたと」
「……ハバキリ?」
「はい、以前、エルドレッド様が仰っていた刀ではないかと思われます。恐らく、あのアマラを倒したという女と同一人物でしょう」
「へぇ……」
エルドレッドはハバキリという単語に反応し、ゾッとするような微笑みをその顔に貼り付けた。整った容姿の分、その笑顔の迫力は普通よりも強い。その場の全員が気圧されて瞬間的に圧倒される中、エルドレッドは静かに振り向き、背後の壁に掛けられた一振りの刀に目を向けた。
「どうやら、向こうも見つけたようだよ。これでようやく、お前の望みが叶いそうだね、ムラクモ」
その刀――ムラクモは、拵えと刀身はハバキリと瓜二つだが、その色合いが全く違う。ハバキリは白を基調とした拵えであるのに対し、ムラクモの拵えは漆黒の闇を思わせる深い黒でまとめられている。そして、見る者の心さえも切り裂きそうな冷厳さを放って応えた。
――ハバキリの使い手が現れたのならば、是非もなし。エルドレッド、当代の我が使い手よ。いずれ奴と決着をつけるその日まで、我に力を捧げよ。されば、我がそなたに無欠の勝利を与えよう。
「もちろんだとも。僕らは一心同体だ、君の望みを叶え、僕らの願いも叶えてみせよう。だけど、その前に、その女が本当にハバキリの使い手として相応しいのかと、そもそも本物のハバキリなのかを確かめなくてはいけないな。そいつらの足取りは掴めているのかい?」
「はっ。どうやら連中はフォラファ山脈の西端に沿って、街道を進んでいるようです。最終的な目的地はまだ調査中ですが……」
「そういう事なら、調べるのにうってつけな人物がいるじゃないか。ねぇ?新入りクン。君の力で占ってくれないかな。君は、そういうのが得意なんだろう?頼むよ」
エルドレッドがそういうと、ローブの人物の中でエルドレッドと対角線上に座っていた人物がコクリと頷いた。そして、頭ほどの大きさをした水晶球を円卓の上に置き、小さく何かを呟いていく。やがて、ぼんやりと水晶球が光を放ち、そこにジャンヌ達の顔が次々と浮かんでは消えていった。それが鎮まりやや時間を置いて、ローブの人物が口を開く。
「……目的地は、恐らくレガリア。それなりに時間をかけて移動するつもりみたいだ」
「ふぅん、なるほどね。では、誰に行って貰おうか?そんなに急ぐ必要もなさそうだけど、実力を量るならそれなりの相手に行ってもらった方がいいだろう。そうだな、ナタン、彼らがMIRAだと言うなら、君に任せようか。ええと、ジャンヌと言ったかな?その女の実力を見定め、本物のハバキリを持っているか確かめてきてくれ。やり方は君に任せるよ。もしも、大した力がないなら殺してしまっても構わない。偽物のハバキリなら尚更だ。いいね?」
「はっ、行って参ります。……『世界の変革をこの手で』!」
「『世界の変革をこの手で』!」
ナタンと呼ばれた男は立ち上がってローブを脱ぎ捨て、合言葉と共に右手を高く掲げた。そして、左手に持った小さな結晶のようなものを胸の前まで上げるとそこに魔力を込める。次の瞬間、ナタンの身体は光に包まれ、光と共にその場から消えた。他の者達も同じ様に合言葉を叫び、右手を掲げている。奇妙な連帯感を伴った空気が建物中に漂う中で、エルドレッドは不敵に笑い壁に掛けたムラクモを見つめていた。
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