組織の影
「――とまぁ、そう言う事があった訳よ。それで何とか辿り着いた王都でスライをしてたら、ソロに拾われたの。それでソロと一緒にMIRAとして生きて行こうって思うようになったってこと」
「……」
「そんな……ジャンヌさん……」
「そうだったのか。嫌な事を思い出させてしまったね、申し訳ない。改めて謝罪しよう、すまなかった」
ジャンヌが一息に己の過去を話しきると、それを聞いていたソロ達は三者三様の反応をみせた。元々ジャンヌの過去を知っていたソロは口を閉ざし、ジーナは涙を浮かべていて、空気の読めない感じだったシーザーでさえ、深く頭を下げている。
ジャンヌは大きく溜め息を吐いて、立ち上がった。
「はぁ~…………こういう空気になるのが嫌だから昔の事は話したくなかったのよね。別に私は自分の境遇を話して同情されたいとか、理解して欲しいとか思ってないから謝られるような事もないわ。それに、世の中には私以上にもっと大変な思いをして、それでも歯を食いしばって生きてる人がたくさんいるって知ってるもの。それに比べたら私なんて、幸せな方よ。もうあの家とは関わることもないし、気にしないわ」
「しかし!」
「だから、もういいって言ってるでしょ。シーザーって言ったっけ?私達はチェックアウトの時間があるんだから、この辺でおしまいにしてくれない?」
「あ、ああ……」
「おい、ジャンヌ、どこへ行くんだ?」
「……ちょっと外の空気吸ってくる。すぐ戻るわ」
ジャンヌはそれだけ言うと、振り返りもせずにスタスタと部屋を出て行ってしまった。気にしていないと言いつつも、明らかに普段の彼女とは違う様子だ。きっとジャンヌにとって、家族とのことはまだ折り合いをつけようとしている真っ最中なのだ。ああして気にしていないという風を装わなければ、心の安定を保てないのだろう。これ以上、彼女にストレスをかける気にはなれないので、ソロ達は黙ってジャンヌを放っておくことにした。
「私、初めて知りました。ジャンヌさんが貴族の令嬢だったなんて……思い返してみれば、食事の時とか、凄く綺麗だったなって思いますけど」
「五歳までの間に、マナーは厳しく仕込まれたようだからな。本当に、あのパルテレミー家に関しては思う所があるよ」
「まぁ、人は生まれを自分では選べないものさ。僕のように王となるべくして生まれる者もいれば、平民として気楽に生きることを許される者もいる。それは、仕方のないことだろう。それより気になったのは、パルテレミー家が世界を滅ぼす力を封じている、という話だな。それが事実なら、エンデュミオン皇国だけの問題ではなくなるのだが……父上に報告するとしてももう少し詳細を知ってからか」
シーザーの言葉には、どこか重みがあるように感じられる。彼は王子としての出生に誇りを持っているのでそういう感想になるのだろう。シーザーのそれは間違いなく正論ではあるが、誰もがそう割り切れれば苦労はない。ジャンヌは今まさに、自分の中で消化しようとしている最中なのである。
その後、10分ほどの時間のあとに、ジャンヌは部屋に戻ってきた。決して晴れ晴れとした表情ではないが、悩んでいる時間がもったいないとでも言いたげな、彼女の強い心を感じさせる顔つきだ。そんなジャンヌを見て、シーザーはふるふると身体を震わせ、大声で叫んだ。
「ただいま。ねぇ、そろそろ支度を始めた方がいいんじゃ……」
「素晴らしいっ!ジャンヌ、君はなんと高潔で心の強い女性なんだ!君こそ、僕の妻に相応しい……どうか、僕と結婚してくれないか!?」
「なっ!?」
「ええっ!?」
「はぁ?何言ってんの?キモチ悪い……嫌よ。私、誰とも結婚する気なんてないわ」
「なんと無体な!?この僕が、こうまでけんもほろろに断られるとは!この僕が、シーザー・バスカヴィルが!?」
「当たり前でしょ!どこに会って2~3時間しか経ってないような相手と結婚する奴がいるってのよ!?私、あんたみたいな軽い奴大っ嫌いなんだけど。それ以上くだらない事言うなら叩き出すわよ、マジで」
ジャンヌが指を鳴らして近づくと、シーザーは冷や汗を流しつつ土下座をして彼女の歩みを制止している。そして、信じられない言葉を口にした。
「ま、待てっ!待ってくれ!その事とは別に、僕は君達の旅に同行させてもらいにきたんだっ!少し、僕の話を聞いてくれないか!?」
「は?なにそれ?同行?嫌だって言ってるでしょ。何考えてんのよ、あんた」
「ち、違う、結婚してくれというのはとはまた違う話なんだ!頼む、話を!」
「ちょっと落ち着け、ジャンヌ。しかし、シーザー王子、どういうことです?何故、我々の旅にあなたがついてくると?」
「す、すまない、恩に着る。えぇと、何から話すべきか……そうだな、まずは組織の事から話そう」
「組織?」
「ああ、そうだ。その組織の存在が初めて確認されたのは、今から10年程前の事だ。奴らは極めて豊富な資金力を持ち、各地でテロ活動のようなことを繰り返してきた。どうやら複数のNeckを囲い込んで自分達の勢力に加えているらしい。先日、君達が捕まえた不可視のリリィや、赤鬼も、組織の一員だったのではないかと言われているんだ」
「リリィと、赤鬼が?!」
「ああ、それだけじゃない。最近、獄中で死亡したドゥガン・ドーラットという男もそうだったと聞いている。確か、ヤツを捕まえたのも君達だったな」
「ドゥガンって……あのアマラとかいう女の、だっけ」
ジャンヌがイマイチはっきりしない様子なのは、ドゥガンとは直接顔を合わせていないからだ。あの時、ドゥガンを捕まえたのはソロであり、ジャンヌはそのドゥガンを守ろうとしたアマラと戦い、力を使い果たして昏倒していた。ドゥガンが死亡していたのは初耳だったが、ソロが捕らえた時には既に病で瀕死の状態だったので、無理もないことだろう。それを聞いたソロは何かに気付いたかのように真剣な表情でシーザーに問うた。
「……もしかすると、我々がその組織とやらに何か関係があると疑っておられたのですか?」
「うむ。正直に言うと、そういう主張をする者も少なからずいた。とはいえ、僕の見立てではそれはないと確信していたがね。君達に組織の息がかかっているなら、リリィ達など捕まえるのではなく始末してしまえばいいはずだ。だが、偶然と呼ぶにはいささか、君達は組織の構成員との戦いが多い。そこで、僕自身が君達のことを確かめようと考えた訳さ!」
「え、それって、危ないんじゃ……?王子様、なんですよね?」
「いい質問だな!我が父ロドリックは大変厳しいお人でね。次期王は、継承権のある人間の中で、もっとも実力のある人物とすると決めてしまったのだよ。なので、この僕も王となる為には、その実力を示さねばならない。その為に、危険を省みずに行動せねばならなかったのさ!」
「なるほど。……しかし、それと我々に同行するというのは、どういう繋がりが?」
「先程も言ったが、君達は組織の構成員と戦う因縁がありそうなのでね。いっそのこと、君達と一緒に行動していれば、組織の尻尾を掴みやすいんじゃないかと思ったんだよ。これは、僕の優れた勘によるものだが、きっと間違いないはずだ!」
どこからそんな自信が来るのかさっぱり解らないが、シーザーの中では何か確信があってそう言っているらしい。バカバカしいと一蹴するのは簡単だが、事実だけをみれば、組織に属するNeckと、ジャンヌ達が戦っている回数が多いのは間違いない。ジャンヌはソロと顔を見合わせた後、気になっていた事を聞いてみた。
「それで、その組織について何か解ってることは無いの?」
「現時点で解っているのは、その組織がメタノイアという名前だってことだけさ。構成員の総数や、彼らの目的は不明だよ。残念ながらね」
「メタノイア……変革か」
ソロは小さく呟き、窓の外に視線を移す。ここから、彼らの運命が大きく動き出す事になるとは、この場にいる誰もが知る由もなかった。
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