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光煌の逆転姫~その女、追い詰められるほど煌めき輝く~  作者: 世界


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決別の時

 それは、ジャンヌの15歳になってすぐのこと。初めて飼育小屋で暮らせと母より命じられてから、実に10年の月日が流れようとしていた。


 この頃のジャンヌは、毎日を無気力に過ごすことが多かった。ヘンリーが屋敷に立ち入らなくなって以来、庭仕事を手伝う事も出来なくなり、面倒を看ていた年老いた動物達ももういない。かといって、屋敷から出る事も許されないので、外で働く事もできない。五歳までの頃に買って貰った本や教科書は何度も読み切ってしまい、ただ生きているだけという状態だ。


「……私、どうして生きているんだろう」


 燦々と照らす太陽に手をかざすと、瘦せ細った腕が薄赤い光を通す。この頃のジャンヌがここまで無気力だったのは、栄養状態の悪さから来る思考力の低下もあったのかもしれない。もっとも身体が育とうとする思春期の心と身体に対して、ジャンヌには絶望的に栄養が不足していた。ヘンリーの一件があってから、両親のジャンヌに対する扱いは更に悪化しており、ただでさえ不足している食事の量が減らされるばかりか、時には一日に一度の食事さえ与えられないこともあったようだ。この状態のジャンヌが命を繋げてこれたのは、加護である大逆転が低い状態で発動し、魔力で強制的に生命活動を維持していたからである。


「ジャンヌお嬢様、アメーリア様がお呼びです」


「え?あ……わかり、ました。いま行きます」

 

 ジャンヌを呼びに来たのは、スーラというメイド長の女性だ。スーラは代々パルテレミー家に仕えたメイドの一族であり、ジャンヌをお嬢様と呼ぶただ一人の人物である。それは別にジャンヌを認めているからという訳ではなく、メイドとしての立場からそうしているだけだ。むしろ、彼女はパルテレミー家のメイドという職業に誇りを持っており、両親よりもジャンヌの存在を疎ましく思い、憎んでさえいるのだった。


 (お母様が私を呼ぶなんて……一体いつぶりだろう?屋敷の中に入るのも久し振りだわ。っ、床が……冷たい)


 白陶石で出来た床は美しく頑丈だが、気温よりも冷えるのが特徴だ。ジャンヌは素足である為、その冷たさが特に身に染みた。服のサイズが合わなくなる以前から、靴が合わなくなったジャンヌはずっと裸足で生活をしてきた。流石のヘンリーも靴まではお下がりを用意してくれなかったからだ。

 飼育小屋周りも含め、屋敷の敷地内は全て舗装されていたので裸足でもそこまで苦は無かったが、そうでない屋敷の中は、かえって辛いものがある。磨き上げられた床を歩くと汚れた足跡が残って、それを見た他のメイド達がヒソヒソと非難の声を囁いた。そんな声が聞こえる度、この家の全てが自分の敵なのだと思い知らされるようで、ジャンヌの心を苛んでいた。


 ジャンヌにとって、母と顔を合わせるのは飼育小屋に住めと命令された時以来であり、約10年ぶりである。出かける時の姿を遠目に見たことは何度もあるが、面と向かって話すのは本当に久しぶりだ。この頃のジャンヌは、既に両親に対する希望はなく、そのほとんどが諦めに代わっていた。ただそれでも、急に呼びつけられれば緊張はするし、諦めていたはずの思いもわずかに期待が上がって来る。


「アメーリア様、ジャンヌお嬢様をお連れしました」


「そう。入っていいわ」


 ドキドキと高鳴る胸を感じながら、ジャンヌはアメーリアの私室へ通された。促されて入ったその部屋の中は、何もかもが整然としていて、飼育小屋の自分の部屋とはまるで違う。室内には爽やかな香りの香が焚かれ、いくつもの調度品がキラキラと輝くように外の光を反射している。その中で、大きく柔らかそうなソファーに座ったアメーリアの姿が目に入ると、それらは全て、この部屋の主である彼女の為にあるのだとジャンヌは理解した。風になびいてそよぐ白いカーテンさえも計算されているようで、ジャンヌは思わず息を飲んで心を奪われていた。


「来たわね、ジャンヌ」


「あ、は、はい!お母様。な、何か、ご用でしょうか?」


 緊張のあまり声を詰まらせながらジャンヌが答えると、アメーリアは静かに頭を振って大きなため息を吐いた。明らかにいい話をしようという雰囲気ではないが、ジャンヌの心の中では、降って湧いた希望と諦めがせめぎ合って揺れていた。だが、返ってきたのは理想とは程遠い言葉だった。


「先日、アネットの『銀の騎士』が見つかったわ。これがどういうことか、あなたにも解るでしょう?」


「あ……」

 

 銀の騎士が見つかった、ということは、妹アネットの伴侶となる銀髪の子供が発見されたということだ。伝承によれば、その二人はいつしか出会って結婚することになるのだが、それは単に子供の人生を縛る為のものではない。そうして対となる子ども達が生まれたということは、初代銀の魔女が()()()()()……世界を滅ぼす力が未だに息づき、封印が正しく機能しているという証拠に他ならない。銀の魔女と銀の騎士が結ばれ、次の世代が生まれなければ、封印が維持できなくなるからだ。アメーリアのいう銀の騎士が見つかったということは、アネットがパルテレミー家を引き継ぐ正当な証を手に入れたということである。

 

 パルテレミー家と歴代の皇帝は、ある契約を交わしている。それは、銀の魔女の一族が封印を維持する間、パルテレミー家に一定の自治権を与えるというものだ。つまり、パルテレミー家が伯爵という地位を与えられているのは、その封印のおかげでもある。事実、パルテレミー家はかつて、伯爵ではなく公爵という極めて高い地位を持っていた。しかし、数百年という長い時間が経つ内に、次第に皇帝とパルテレミー家の関係にも変化が現れた。

 

 かつて、現在の皇帝バーンより数えて四代前の皇帝ローアンが、パルテレミー家の封印と伝承に疑問を呈したことを発端とし、パルテレミー家に難癖をつけて取り潰しを図るという事件が起きた。具体的には、ローアンが当時のパルテレミー家当主である銀の魔女・ジャクリーンに惚れて自らの妻に迎えようと画策したのだが、それによって封印に綻びが生じ、エンデュミオン皇国全体に恐ろしいほどの災害が巻き起こったという。

 

 事態を重く見たローアンが矛を収め、ジャクリーンが当時の銀の騎士と結ばれると災害はパタリと止まった。そして、詳細が広まって皇帝の権威が危うくなることを恐れた皇族達は表向きパルテレミー家を伯爵に降格させはしたが、裏では多額の金銭による賠償と、封印が生きている間はどの貴族もパルテレミー家への干渉を行わないという不文律を作ったのだそうだ。


「でもね、最近、皇帝バーン陛下の健康が思わしくないそうなの。その為に、各貴族達はこぞって、自分達が推す第一皇子や第二皇子、そして皇女を次の皇帝にすべく行動を始めているわ。私達パルテレミー家は特定の派閥に属してはいないけれど、かつてのローアン陛下のような事もあるし、皇帝の代替わりに際して強い後ろ盾が欲しい所ね。そこで」


 アメーリアはギラリと視線を強め、ジャンヌを睨みつけた。ジャンヌはその目が恐ろしくなり、後退りしそうになる。だが、当然ながらジャンヌに逃げ場はなく、死刑宣告のようにアメーリアの言葉が告げられた。


「次の皇帝を決める上で、今、もっとも重要視されているのは魔法師団長のバーソロミューという男だわ。彼がどう動くかで、皇帝直下の魔法兵達全てが決まる。そんな彼らの手綱を握る事が出来れば、この上ない後ろ盾になるでしょう。だからね、ジャンヌ。あなたはバーソロミューの元へ嫁いでもらうことにしたわ」


「と、嫁ぐ……結婚するってこと、ですか?私が?」

 

「ええ、そうよ。今まであなたをこの家に置いていたのは、アネットの身にもしもの事があった時の代わりだったけれど、あの子は無事10歳になり、銀の騎士も見つかった。もう心配はいらないでしょう。となると、もうあなたを置いておく意味もないの。だから、あなたにはせめて、我が家の役に立ってもらわなくては」


 予想外過ぎるアメーリアの宣告に、ジャンヌは思わず目を回しそうになった。顔も知らない相手に嫁げと言われたこともショックだったが、何よりも衝撃だったのは、自分が妹のスペアだったという母の言葉だ。いや、それもほとんど後付けの理由だろう。ジャンヌの置かれていた環境は、たまたま彼女だったから生き延びられただけで、他の人間だったら耐えられるはずもないものだったのだから。結局の所、母は自分のことなど単なる道具以下の存在でしかなかったのだと改めて知り、ジャンヌは打ちのめされた気がした。


「バーソロミューは魔法にしか興味の無い、冷徹な男と聞いているけれど……まぁ、あなたが目に留まれば儲けものだわ。もう既に釣書は送ってあるから、返事待ちね」


「そ、そんな……もし、その方が受け入れて下さらなかったら……?」


「その時は仕方がないわね。他国の貴族にでも当たってみましょう。きっとどこかには、受けてくれる人がいるはずよ」


 それはもはや、何がなんでもジャンヌを追い出そうという、アメーリアの強い意思を感じさせる計画だった。この家のどこにも、もう居場所はないのだ。目の前が真っ暗になったような感覚に陥り、ジャンヌはその後の事をよく覚えていない。

 そして、その日の夜、大三連月(ルイーナ)の光に導かれるようにして、ジャンヌは飼育小屋を抜け出して家を出た。そうして数日かけて山野を歩き通し、辿り着いた王都でスライ(浮浪者)となり、そこでソロと出会ったのだった。

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