突然の訪問者
「そんなことがあったんだ。あ~もう!今回、私はイライラが溜まってばっかりだわ!あの砦にいた奴らは雑魚ばっかりだったし」
少しぬるめのスーを口にしながら、ジャンヌは苛立ちを露わにしている。あの戦いの直後、ジーナと入れ替わるようにして目を覚ましたソロは、そこで何が起こったのかをロディックとハインツから聞き出したようだ。今はその顛末を、砦での戦いから戻り一息ついたジャンヌに聞かせているところだ。
「まさか、精霊樹の枝に妖精達が宿っていたとはな。予想もつかないことだらけだが、今回ばかりは助かったよ。しかし、赤鬼……ゴーシュか、あの男の強さは正直、桁外れだった。この数日は君も戦い詰めだったからな、出会っていたら、危なかったかもしれないぞ」
ソロもゴナを一口飲み、鳩尾辺りを摩った。あの瞬間、ゴーシュの一撃が腹を貫いた感触はハッキリと覚えている。大火力の魔法を使えず、アーデもいないあの状況で戦うには、ゴーシュは厳しすぎる相手だった。同じ条件でないならまだしも、もし仮に今もう一度戦って勝てるか?と問われれば、ソロは渋い顔をする他ないだろう。あれほどの敵を相手にするなら、ジャンヌと言えど万全の態勢でなければ苦戦を強いられるのは想像に難くない。その意味では、結果としてジャンヌを砦に送っておいたのは正解だったかもしれないとソロは思った。
「どうかしら?負ける気なんてさらさらないけど。それより、あのロディックってヤツとハインツ皇子はどうしたの?」
「王弟ロディックは重傷だそうだ。まぁ、赤鬼の巻き添えを食った訳だから、名誉の負傷という形にしたいんだろう。ジーナの事は不問にすると言っていたよ。ルドマン伯爵と一緒に当分は入院生活になりそうだと、ホテルの支配人が言っていた。ハインツ皇子も入院するようだが、近い内にエンデュミオンから迎えが来るらしい。その前に、俺達は出発したい所だな」
「それじゃ、ジーナの目が覚めたらすぐに出ましょ。いくら高級でも、このホテルにいるより野宿した方が遥かに気が楽よ。……なんだか最近、大変な事ばっかりなするもの」
「そこは俺も同感だな。マーロが聞いたら、ここぞとばかりにこれでもかと開運のアイテムを売りつけられそうだ」
二人は溜息を吐いて、ここ数日のドタバタを思い返していた。どういう訳か二人は立て続けに大物のNeckと出会い、戦ってきたのだ。しかも、戦った相手はNeckだけではなく、怪魚だったりモンスターだったりとバラエティに富んでいる。はっきり言って、これほど多くの強敵と、こんな短期間で戦うことになったのは前代未聞である。二人がMIRAとして生活を始めてからの五年でも類を見ないほど、この一ヵ月ちょっとの間で起きたトラブルは異常な数だった。これでは疲弊するのも当然といえる。そして、それなりに死線を潜ってきた二人でさえこれなのだ。妖精を操るような力を使ってしまったジーナが昏倒してしまうのも仕方のない事だろう。
それから三日ほどの時間が過ぎた朝の事だ。前日の夜にジーナは目を覚ましたが、さすがに夜中ということもあって、チェックアウトは翌朝にしようと相談したその朝である。
コンコンと軽いノックの音が響き、ジャンヌ達は顔を見合わせた。ゴーシュとの戦いの後、ジャンヌ達は支配人や王家の関係者から、迷惑をかけたことのお詫びとしてスイートルームを宛がわれていた。それまでは男女で部屋を分けていたジャンヌ達だったが、今回のような事があると、別部屋では対応しきれないと考え、三人は同じ部屋で寝泊まりする事にしたのである。もっとも、ジーナはその間ずっと眠ったままだったし、スイートは大人数でも泊まれるよう寝室が二部屋で構成されている客室なので、それまでとあまり変わらない状態ではあるのだが。
「こんな時間に誰かしら?ソロ、何か聞いてる?」
「いや、俺は何も聞いていないが……もしかしたら、支配人かも知れないな。一応、今朝チェックアウトだとは伝えておいたからな」
ソロはそういうと壁掛けの時計に目をやった。チェックアウトの時間は午前中一杯までだが、今はまだ朝の7時になるかならないかの時間である。支配人が来るにしては少々早すぎる時間だが、思い当たる来客といえば、支配人くらいしかいないのも事実だ。或いは、赤鬼の仲間か?そう考えた二人はアイコンタクトをして、いつでも制圧できるよう警戒しながら、ドアを開けた。
「……はい、どちら様?」
「おお!これはこれは、わざわざ対応してくれてありがとう、美しいお嬢さん!こんな朝早くに恐縮だが、少し話をさせてもらえないだろうか?」
「はぁ?」
そこにいたのは、金色の前髪をなびかせて、気取った振る舞いで頭を下げる若い男だった。どう見ても支配人ではなく、見覚えのない男だ。ジャンヌが困惑しつつ振り返ると、ソロもまた、不思議なものを見る様な目でこちらを見つめていた。
「――ええっ!?あんたが、王子ぃ?!」
「うむ、その通りだとも。改めて言おう、この僕こそバスカヴィル王国の王子。シーザー・バスカヴィルさ!叔父上の件では、君達にとても迷惑をかけてしまったからね。次期王であるこの僕が、父である国王の名代として、君達に謝罪しに来たという訳なんだよ。すまなかったね、君達!」
「ちっとも謝ってる態度には見えないけど……まぁ、いいわ。私達はMIRAだもの、Neckとやり合うのなんて当たり前のことよ。ね?ソロ」
「ああ……まぁ、そうだな」
ジャンヌがそう言うと、ソロは何とも居心地の悪そうな顔で応えた。ソロはどうも、王族や皇族のような相手に苦手意識があるようだ。それは間違いなく、あのイェルダ皇女によるトラウマのせいなのだが、それを口に出すのは少し恥ずかしいらしい。なにやら煮え切らない態度のソロに違和感を覚えつつ、ジャンヌは話を続けた。
「で、話ってのはそれだけ?それなら、もう解ったから帰って欲しいんだけど。チェックアウトに向けて、準備もしなきゃいけないし」
「おやおや、そんなつれない態度を取られるとは!僕を見たまえ、とても美しいだろう?僕の美貌を間近で見られるだけでも、この国の女性達は泣いて喜ぶくらいなんだよ?そんなこの僕が会いに来たんだから、遠慮なんかしなくていいさ!もっと存分に眼福を賜り給え!」
「そう言われてもね……ねぇ、ジーナ。あんなこと言ってるけど、あなたはどう思う?」
「えっ?!わ、私ですか?私はその……よく、解らないかな」
色々な奇妙なポーズを取りながら自信満々に語るシーザーに、ジャンヌは少し呆れた様子だ。それでも、この国の女性達が泣いて喜ぶというから、ここの生まれであるジーナに話を振ってみたものの、ジーナはあまり興味が湧かないらしい。すると、シーザーは高らかに笑ってみせた。
「ハッハッハ!体つきは立派だが、君はまだお子様なんだろう?なら、仕方ないさ。子供には僕のような顔の良さより、足が速いとかテストの点数が高いとかの方がよく見えるものだからね!まぁ、僕は子供の頃からどちらも人並み以上だったけども。いやぁ、自分の才能が怖いな、アッハッハ!」
「ソロ、私こういう奴大っ嫌いなんだけど……殴って廊下に放り出してもいい?」
「よせ、相手は一応王族だ。まだこの国を出るまでは時間がかかる、面倒を増やすな」
「あ、あはは……」
どうにも自信過剰な所があるシーザーの物言いは、ジャンヌの神経を逆撫でさせる効果があったようだ。しかし、いくらなんでも謝罪に来た相手を殴って叩き出すというのは体裁が悪すぎる。ジーナはただただ苦笑いするしかなかったが、次にシーザーが発した言葉で、状況は一変した。
「僕の何が気に入らないのかな?ジャンヌ・パルテレミー嬢。君は確か、隣国の伯爵令嬢だそうじゃないか。国は違えど貴族同士、少しは仲良く交流してくれてもよくないかい?」
「……っ!なんですって?」
「え?ジャンヌさんが……伯爵、令嬢?」
「失礼は承知だが、君達の事は調べさせてもらったよ。僕は王族なのでね、素性の解らない相手とは席を同じくできないんだ。さて、貴族のお嬢様がどうしてMIRAなんて仕事をしているのか、聞かせてもらっても構わないかな?」
一瞬にして張り詰めた空気の中、シーザーは不敵な笑みを浮かべている。ジャンヌの表情から感情が消える中、窓の外には朝日を遮る黒い雲が見え始めていた。
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