真紅の鬼
ジーナに意識が向いていたせいか、或いはソロがジャンヌほど気配を読む事に長けていないせいか、既にその男はソロにすぐ手が届く場所まで接近していた。これほどの殺気を放てる人物なのだ、それをギリギリまで隠すこともお手の物なのだろう。それでも、ソロは突如感じたその圧に舌打ちしつつ、素早く振り返った。
「ゴーシュ!?ただの執事や召使いではないと思っていたが、その姿……まさか、あんたが赤鬼だったとはな。大したなりきりっぷりだ、Neckとして生きるより、召使いの方が向いているんじゃないか?」
「フフフ、それは買い被りというものでしょう。あなたが初めから私のことを疑っていたのは解っていましたよ。しかし、わざわざ一人で残ってここを調べに来るとはね。もし、あそこに本物の赤鬼がいたらどうするつもりだったのです?大事な相棒を死地へ送る事になっていたかもしれませんよ」
「生憎と、例え本物の赤鬼が相手でも、俺の相棒は簡単にやられるほど柔じゃない。むしろ、あっちに本物がいた時の事を考えて行かせたのさ。こんなすぐ傍に鬼が潜んでいるとは思いもしなかったんでね」
「ほう?では、彼女の方があなたよりも実力は上だとでも?ククク、面白い冗談ですな」
「今の内に笑っておくがいいさ。それより、どうやって俺の人払いの魔法を見破った?こうして喋っていても、あっちにいるルドマン達は気付いてもいないというのに」
ソロがそう言うと、ゴーシュはちらりとルドマン達に視線を向け、鼻で笑った。その表情は、人の好さそうな執事だった時のものとは明らかに違う、嘲笑と侮蔑を含んだ冷たいものだ。
「さて、あんな無能共と一緒にされては困りますな。半年前、手土産ついでにこの街のカジノでも喰らってやろうかと中へ入り込んでみれば、奴らは分不相応な手柄を目当てに赤鬼討伐などという愚策を謀っている始末……これは面白いことになりそうだと様子を見ていれば、策というのは他でもない。ただ腕利きのMIRAをぶつけようというだけの浅知恵だ」
ゴーシュはそう言うと、深く息を吐いてみせた。ルドマン達も、まさか赤鬼本人が自分達のすぐ傍で召使いとして働いているとは夢にも思っていなかったに違いない。そんな彼らが赤鬼打倒と掲げて策を練る様はさぞかし滑稽だったのだろう。恐らくだが、ルドマン達は知らず知らずのうちに、ゴーシュに手のひらで踊らされていたのだと思われる。実に哀れだが、それすらも解らない彼らに、ソロの魔法が見破れる訳もないのだ。
(手土産ついで……と言ったな。コイツには、何か他に目的があるということか?或いは、誰かの命令で動いている?)
ソロはゴーシュの言葉に違和感を覚え、小さな疑問を胸に抱いていた。考えてみれば、赤鬼が初めてその存在を知られたのは7年程前だが、ここ1~2年は、大した動きもなく大人しい様子だった。その為、一部では死亡説も噂されていたほどだ。その彼が今になって動き出した裏には、何かの意図があってもおかしくはない。
そんなソロの疑問を知ってか知らずか、ゴーシュはソロの目を見据えてニヤリと笑った。その瞬間、これまでとは桁違いの圧迫感が、魔力を伴って彼の全身から放たれる。それを間近で受けたソロは、反射的に強く拳を握って臨戦態勢に入っていた。
「な、なんだ!?おい、ゴーシュ!貴様、そこで一体何をして……おぶがべぇっ!?」
より強く解放されたゴーシュの気配は、流石にルドマン達にも伝わったらしい。慌てて飛び込んできたルドマンが背後からゴーシュの肩を掴んだ瞬間、彼はゴーシュの右腕で顔面に裏拳を食らうと、言葉にならない悲鳴を上げて寝室からリビングの反対側まで吹き飛ばされてしまった。辛うじて息はあるようだが、一目で重傷と解る状態である。
「る、ルドマン!?おい、召使い、お前……あっ!?貴様は、バーソロミューとかいう……どうして貴様がここにいる!?」
「ちっ……!ゴーシュの放った魔力で人払いの魔法がかき消されたか。コイツ、魔法の方もかなりの腕前だ。やはり、ジーナを攫ったのもお前だな?」
ゴーシュはそれに答えずに、不敵な笑みを浮かべるだけだった。しかし、ソロの人払いの魔法を見破っただけでなく、魔力のみでその効果を消し去ってしまうのは、並の魔法使いに出来る芸当ではない。すんなりとジーナやアーデを眠らせて攫う事が出来たのも、ゴーシュが相当な魔法の使い手であることを示している。
後を追って寝室に入ってきたロディックとハインツは、ゴーシュと対峙するソロを見て二重の驚愕をみせた。ソロがせっかく一人で忍び込んだというのに、まさか赤鬼本人が待ち受けていたとは予想外過ぎる事態だ。連絡用にアーデをジャンヌに預けてしまった事も、ソロにとってはマイナスである。彼とて単独で戦う能力がない訳ではないが、名高き赤鬼を相手に片手落ちでは分が悪いのも事実だ。
ソロは空中で手を動かし、手の中に自分専用の槍杖を取り出して構えた。ソロの槍杖は、ちょうど剣と槍の中間ほどの長さをした杖で、先端には満月のようにやや大きな円形の刃がついており、その刃の中心には大三連月を模した三つの魔石が嵌め込まれている。自らの魔力を増幅させ、魔法を扱うだけでなくその刃で敵を斬る事も出来るのが槍杖の特徴なのだ。
「面白い。……そろそろ茶番も飽きた所だ、少し遊んでやるとするか!」
ソロが戦う姿勢を見せたことで、ゴーシュはそれまでの執事然とした仮面を脱ぎ捨て、鬼を思わせる凶悪な笑みを浮かべて構えた。真紅の手甲を嵌めた両手を高く顔の前まで上げ、拳を握るのではなく軽く開いて、べた足ではなく軽く前後にステップしている。見た目とは裏腹にかなり軽快な動きだ。近づいて殴るよりも、相手を掴もうというスタイルのようだ。つまり、投げか関節技を狙っているのだろう。
対するソロは両手で握った槍杖に魔力を集中させながら、やや後方に重心を掛けた中段の構えである。魔法を使って牽制したい所だが、室内では炎や雷系の魔法は二次被害が起きかねないので使えない。水や風の魔法ならば使えるが、ゴーシュの後ろにはロディックとハインツがいるのだ。あまり激しい魔法を使うと、彼らを巻き込んでしまうだろう。出来れば、それは避けたい所だった。
「てやぁっ!」
先に動いたのはソロである。魔法による牽制が出来ない以上、後手に回るのは得策ではないと判断したようだ。部屋の天井ギリギリまで高く跳んだソロは急降下しつつ上段から槍杖で斬りつけた。その鋭い一撃はゴーシュに命中するかと思われたが、ゴーシュは完璧に間合いを見切って軽く後ろにステップをし、余裕を持って回避してみせた。
「ちっ!……ぐぅっ!?」
槍杖の刃が大理石のように硬い白陶石の床を容易く削り、深い一筋の傷がつく。ソロはすかさず刃先を上げて、ゴーシュの反撃を防ぐように再び中段に構えを取り数歩下がった。しかし、そんなソロの身体の数か所に激痛が走る。今の、二人の身体が接近したほんの一瞬の間に、ゴーシュは高速のパンチを繰り出していたらしい。恐るべき早業だ。ソロは苦痛に顔を歪めつつも、構えを崩さぬように必死で堪えた。
「どうした?その程度か?」
「コイツ、なんて速さだ……!迂闊な攻撃をすれば、やられる!?」
ソロは痛みを堪えながら、密かに魔法による治療をしてダメージを最小限に食い止めた。しかし、戦闘中では完全な回復は難しい。ましてや、相手は恐るべき実力を持つ赤鬼なのだ。そんな底知れぬ力の一端を体感し、ソロは必死に勝利への道を模索するのだった。
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