暁の出撃
ジャンヌが部屋に戻った時、既にジーナの姿はなかった。ジャンヌは眠らされたアーデを見て、何があったのかをすぐに察し、部屋を飛び出して隣り合ったソロの部屋の扉を強く叩く。
「ソロ!ソロッ!お願い、出てきて!早く!」
「なんだ、ジャンヌ、話ならもう少し待ってくれと……」
「違うの!ジーナが、ジーナがどこにもいないのよ!」
「なに?どういう事だ?アーデは…………眠らされている?!」
その時になって、ソロはようやく異常な事態が起こっている事に気付いたようだ。いかにアーデとソロが繋がっていると言っても、ただ眠らされただけではソロが気付くのは難しい。殴られたり蹴られたりだとか、或いはジーナやジャンヌが呼び掛ければ別だが、それでもアーデ自身の意識がなければ気付くのは不可能だ。敵はアーデがソロの使い魔であることを正確に見抜き、傷つけるのではなく眠らせる事を選択した。それはかなり狡猾で、極めてうまい一手だった。
ソロはジャンヌ達の部屋へ行き、眠らされたアーデと部屋の様子を確認してジャンヌに問うた。
「どういう事なんだ?ジャンヌ。君はジーナと一緒にいたんじゃなかったのか?」
「私もむしゃくしゃしてて、少し散歩に出てたのよ。そうしたら、街の衛士に襲われて……嫌な予感がして戻ってきたら、もうこの状態だったの!もう、何がなんだかサッパリ解らないわ。敵は赤鬼じゃなかったの?!どうして衛士が襲ってくるのよ!」
「君を襲ってきた?衛士が?………………まさか、いや、しかし」
ジャンヌの話を聞いたソロは、小さく何かを呟いて押し黙ってしまった。さっきから、よほど何か考える事があるらしい。しかし、ジーナがいなくなってしまった今となっては悠長に考えている暇はないのだ。ジャンヌが再び声を荒げて不満を口にしようとしたその時、二人の前にある人物が現れた。
「バーソロミュー様、ジャンヌ様、こんな所で何かございましたか?」
「あ、ゴーシュさん。えっと、実は……っ」
事情を説明しようとしたジャンヌを、ソロは黙って制止しアイコンタクトをした。自分が話すから黙っていろと言いたいらしい。こういう時、普段ならアーデを介して話が出来るのだが、残念ながらアーデは現在夢の中である。ジャンヌはぐっと言葉を飲み込んで、不承不承ながらソロに任せることにした。
「すみません、特に何でもないのです。それより、何か我々に御用でしたか?」
「はい、主から皆様のお世話をするよう仰せつかっておりますので。早速ですが、晩餐などいかがいたしましょうか?」
「そうですか。ですが、今は食欲がありませんので夕飯は結構です。……ところで、つかぬことをお聞きしますが」
「何でしょう?」
「俺達のことをどこでお知りになったんです?俺達はMIRAになって5年ほどになりますが、それほど名の知れたMIRAになっていたとは思えないんですが」
「……ああ、そのことですか。私は仕事柄、様々な情報を入手して主に報告せねばなりませんのでね。その一環で知ったまでですよ。有能な人材の情報は、主の仕事の要ですからね。それでは、何かありましたらフロントに申しつけ下さい。私の元にすぐ連絡が入りますので」
ゴーシュはそう言うと、足早に去っていく。ソロはその後ろ姿を睨むように見つめ続けていた。
「ちょっと、ソロ!どういうこと?!なんでジーナがいなくなったって言わないのよ!」
「落ち着け、ジャンヌ。ジーナは無事だ。少なくとも今の時点で、あの子に危害が加えられたって事はないはずだ」
「そんなこと、なんで解るのよ!」
「俺はジーナの身に何かあればすぐに解るように、アーデを傍に置くだけじゃなく探知魔法もかけてあるんだ。アーデの様子から察するに、彼女はただ眠らされて連れ去られただけだろう。それも、探知魔法が反応しなかったということはそう遠くじゃない。だから、今すぐに心配はいらないだろう」
「だ、だからって……」
「必ずこの落とし前はつけさせてやるが、とにかく、今は様子を見よう。犯人が何か要求してくるか、そうでなければ……それよりも耳を貸してくれ。実は――」
ソロはそういうと、ジャンヌにそっと耳打ちをした。それを聞いたジャンヌは驚いて目を見開いたが、彼の決意と考えを聞けば反対する事は出来なかったようだ。そして、二人はそれぞれの部屋に戻り、眠れぬ夜が明けた。
その翌朝。まだ日が昇りきらぬ早朝の頃。この時間帯にしか鳴かないキサラという小鳥達がその高い声を響かせ始めた時に、再びゴーシュがやってきた。彼曰く、赤鬼が根城にしているであろう拠点の割り出しが済み、いよいよルドマンが二人に討伐へ出て欲しいと言い出したらしい。確かに、奇襲をかけるならば、夜討ち朝駆けは戦いの基本である。一見するとジャンヌ達の事など何も考慮していないようにもみえるが、相手は貴族だ。中には平民の命など虫けら同然に扱う輩もいるし、ここまでの待遇をみればそこまで悪い扱いをされているという訳ではないだろう。
ソロは改めて依頼を引き受け、二人は朝靄の残る街の中を後にした。目指すは、ティグの北東に位置する棄てられた砦だ。そんな二人の後ろ姿を眺め、邪悪に微笑む者がいるとは気付かずに。
ジャンヌ達が向かっているダイロス砦は、カジュミーラ山の裏手にある渓谷に造られた砦である。かつて、カジュミーラ山には多くのモンスターを生み出すダンジョンがあったという。そこから溢れ出したモンスター達を監視し、場合によっては撃退する為の兵士達を駐留させていた砦だ。しかし、今やその砦は役割を終えて久しく、取り壊すにも金がかかる為に放棄されていたらしい。そこがいつの間にか、赤鬼の拠点にされてしまったのだ。
ジャンヌは足早に駆け抜け、歩けば3時間はかかる道程をわずか小一時間で到着した。ダイロス砦は放棄されてかなりの年月が経過している為、そこに至るまでの道も舗装などされていない完全な悪路だ。そこをこの短時間で走り抜けたのは途轍もないことである。ジャンヌ達が街を出たのは朝陽が見え始めた頃だったので、そこから小一時間ではまだ十分に日が昇っていない。奇襲には最適の時間帯だ。
ジャンヌは軽く息を整えると、ダイロス砦が遠目に見える位置で仁王立ちしていた。その肩にはアーデが留まり、ゆっくりとソロの声で喋り出す。
「……速いな、もう着いたのか?ジャンヌ」
「まぁね。道が悪いって言ったって、この程度の距離なら大したことないわよ。さーて、一丁暴れてやろうかしら!」
「ここから見る限り、砦はかなりボロボロだが、薄っすらと煙が上がっているからな。人が生活しているのは間違いないだろう。くれぐれも気を付けろよ、ジャンヌ。赤鬼は本人の能力もさることながら、かなりの数の部下を揃えた一団を率いていると聞く。ヤツの面も割れていないんだ、うっかりすると足元を掬われるぞ」
「はっ、誰に言ってるのよ!赤鬼だか何だか知らないけど、誰が相手だろうと負けるつもりなんかないわ!私、本っ気で怒ってるんだから!」
そう言い放つジャンヌの言葉には、並々ならぬ殺気と怒気が浮かんでいる。もしもジーナがこの場にいたら、腰を抜かしてしまうかもしれないとソロが気に掛けるほどの怒りである。とはいえ、こういう時のジャンヌは頼もしい事この上ないのもまた事実だ。そうして、ジャンヌが静かに砦へと歩き出すと、アーデはその肩から飛び上がって彼女の背中を見送った。
カミジューラ山から吹き下ろす風は、嵐のように強く、冷たさをまとっている。
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