攫われたジーナ
「ああ!ああ……何という事だ。街が、どうして……!?」
ソロの隣で、腰を抜かして四つん這いになったままのルドマンが呆然と呟いている。ここから見渡す限り、街の数か所が何らかの爆破によって火事が発生しているらしい。逃げ惑う人々の声と怒号が響き、まるで地獄のような光景が広がっていた。ソロは息を飲んでその光景を見下ろしていた。
(バカな。これも赤鬼の仕業なのか?だが、何故だ。カジノが狙いなら、こんな事をすれば警戒を強められるだけのはず。何故こんな事をする必要があるんだ。カジノを狙うだけじゃなく、奴にはまだ他に狙いがあるのか?)
ソロはそんな疑問を浮かべながら、同時に街の被害を観察して、火勢の強い場所を優先してその上空にいくつもの水魔法を展開した。まずは火事を鎮火させ、市民を救うのが先決である。一刻も早い対処をしなければ被害者が増える一方だ。そんなソロの消火活動は的確で、見える範囲にある火事がどんどんと消えていく。その様子に、ルドマン伯爵は感嘆の声を上げながら喜びに震えているようだ。
「な、なんてことを……!赤鬼……許せないっ!」
その背後で、ジャンヌは被害を目の当たりにして怒りに打ち震えていた。仕事を引き受けるかどうかはソロの判断だが、この状況を見て黙っていられるほど、ジャンヌはお人好しではない。既に彼女の中で、赤鬼を捨て置く事は出来ないと心に決めているようだ。ソロが仕事を引き受けないと言おうものなら、独りででも赤鬼を討伐に行ってしまいそうな勢いである。
「すごい……どんどん火が消えてく!」
そんなジャンヌの隣で、ジーナはソロの手際に圧倒され、ただただ目を輝かせていた。これほどの被害を前にしての反応にしてはよろしくないことだろうが、それほどにソロの魔法による放水は見事で、芸術的に思えるほどの魔法捌きだった。そして、これほどの爆発が一度に起こったにしてはあまりにも速く街を焼く炎は消え、被害は最小限に押し止められたのだった。
「いやぁ、流石ですなぁ、感服致しました!まさに天才の名に相応しい活躍で。あなたならば、必ずや赤鬼を打ち倒して下さると確信いたしましたぞ!」
爆発による火災がソロの魔法で落ち着いた後、ルドマンはすぐに街の衛士や引き連れていた軍の兵士達を動員し、家屋の倒壊に巻き込まれた怪我人や、炎から逃げる内に怪我を負った人々の救助に当たらせた。その措置が早かったお陰で、爆発に巻き込まれた重傷者こそいたものの、死者はゼロという奇跡的な結果を迎えたのだ。それも全て、いち早く魔法を使って炎を消し去ったソロの手腕によるものだと、ルドマンは絶賛している。
彼の優秀な所は、相手の身分や地位を必要以上に気にせず、正当に実力を評価する所にある。そういう人物だからこそ、適材適所で人を育て、領地の中でいくつもの都市を発展させることが出来たのだろう。でなければ、貴族である彼が、一介のMIRAであるソロにここまでの賛辞を贈る事などあり得ないのだから。
「いや、たまたまです。俺がこの部屋にいなければ、街全体の把握にもっと時間がかかっていたでしょう。それにしても、死者が出なくて本当によかった」
ソロは謙遜しながら答え、ルドマンの押しに困惑しているようだった。いつもの彼ならば、仕事を引き受けるにせよ断るにせよ、もう少しきっぱりと対応するはずだ。だが、今日の彼はそんな気配がなく、少し自信なさげに言葉を選んでいるように見えた。ジャンヌ達にはその理由が解らず、怪訝そうにソロの態度を見つめている。
普段のソロを知らないルドマンは、それが単なる謙遜と疲れによるものだと思ったらしく、ソロ達にホテルの部屋をそれぞれ用意し明日にでも話を聞かせてくれと言って立ち去ってしまった。まだ事態の後始末などが残っているからだろう、ソロは返答をするのにちょうどいい時間が出来たと、全員で宛がわれた部屋へと移動する。
その傍らで、ジャンヌはそっとソロに耳打ちをした。
「……ソロ、どうしたの?何か様子が変だけど」
「ああ、少し待っていてくれ。後でアーデを通して話す、今は考えをまとめたい」
それだけ言うと、ソロはさっさと自分の部屋へと入り、鍵を閉めてしまった。残されたジャンヌとジーナは互いに顔を見合わせ、アーデを連れて自分達の部屋へと入ることにした。
それから二時間程が経過した頃だろうか、ジャンヌはソロからの連絡を待っていたが、一向に彼から連絡はない。苛立ちを隠せないジャンヌは、ウロウロと室内を歩き回りながらブツブツと文句を言っている。
「ソロの奴……何してるのかしら。後で話をするって言ってた癖に。ああ、もう!むしゃくしゃするわね!」
「ソロさん、赤鬼を討伐するのを躊躇っているんでしょうか?ジャンヌさんとソロさんなら、負けないと思うんですけど……」
「あんな酷いことする奴なんかに、私達が負けるはずないわよ。なんなら私一人でだってやってやるわ!まったくもう!」
「あ、ジャンヌさん。どこへ?」
「散歩っ。ソロから連絡が来たらすぐ戻るから待っててって言っておいて!」
イライラがピークに達したのか、ジャンヌは気分転換のため出掛けることにしたようだ。彼女はこれまでにたくさんのNeckと出会い渡り合ってきたが、ここまで他人を容赦なく巻き込み、大勢の人間の命を奪おうとした相手は初めてである。もしもあの時、ソロの魔法が間に合っていなければ、どれほどの被害が出たかは解らない。だが、赤鬼はそんなことなど一切気にしていないのだろう。そうした悪党のやり口を、ジャンヌは誰よりも嫌うタイプだ。金の為に悪と戦うMIRAを自認しているジャンヌは、自身が正義の味方であると騙るつもりはない。ただ、生来の気質としてそうした悪党を嫌い、憎んでいるだけだ。
足早にホテルを出たジャンヌは、被害を受けた街並みを見ながら歩き、唇を強く嚙み締めた。魔法の使えない自分は、なんと無力なのか。ソロのようにとまでは行かなくとも、簡単な水魔法でも使えればソロの手伝いも出来たはずだし、回復魔法を使えれば、傷を負った人を癒してやることも出来ただろう。だが、そんな誰もが当たり前に出来る事が自分には出来ない。そんな負い目も、ジャンヌを苛立たせる理由の一つでもあったのだ。
そんな中で、ジャンヌは自分を尾行する気配に気づいた。相手はジャンヌが自分に気付いているとは思っていないのか、或いはバレても構わないと思っているのか不明だが、明確な殺気を纏い、一定の距離感でジャンヌの後をつけてくる。そうして、ジャンヌはその人物をつれたまま、人気のない街外れまで移動すると、振り向きもせずに言った。
「ちょっとあんた、いつまでそうやってつけてくるつもり?そんな殺気を隠しもしないで尾行してくるなんて、気付かれないとでも思ったの?ずいぶんと舐められたもんね、私も」
「!?……ククク」
尾行の相手は、ジャンヌにそれを見破られた事に一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに平静を取り戻して不敵に笑った。やはり、尾行がバレることなど想定済みだったという事だろう。そして、ジャンヌが振り向くのを待たず腰に佩いたロングソードを抜き、飛び掛かるようにジャンヌへ襲い掛かった。
「っ、舐めんじゃないわよっ!!」
だが、ジャンヌは背後からの攻撃をその目で確認することもせず、振り向きざまにハバキリを振るった。二人の影が交差するようにすれ違うと、尾行者は音も立てずに崩れ落ちた。ジャンヌはあれほどに怒りを見せていたにも関わらず、峰打ちで済ませており、襲撃してきた尾行者は辛うじて生きているようだ。しかし、その姿を見て、ジャンヌは驚愕し言葉を失う。
「コイツ、この恰好、街の衛士!?どういうこと、赤鬼じゃないの?……まさか?!」
その頃、ジャンヌ達の部屋に訪れる人影があった。その人物は一人で何かをボソボソと喋りながら進み、しかし堂々と、真っ直ぐにジャンヌ達の部屋のドアをノックする。
「はい、ジャンヌさんおかえりなさ……え?あ、あなたは!?うっ!」
ジャンヌが戻ってきたと勘違いをしたジーナは、あっさりとドアを開けてしまい、その人物と出くわしてしまった。ジーナがそれ以上の声を上げる前にその人物は魔法を使い、ジーナと部屋の中にいたアーデを眠らせると、ジーナを抱き上げてその場を後にするのだった。
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