強襲!レッド・オーガ
ゴーシュの顔パスでホテル内に入ると、中は思わず溜め息が漏れる程の高級感漂う空間だった。この国では最新設備であろう魔力灯を惜しみなく使い、随所に散りばめられた、いくつもの宝石達がその輝きを引き立てている。その上、待合のテーブルやチェックインカウンターは言うに及ばず、筆記台のような家具であっても一流の木材や石材が使われている。流石としか言いようのない完璧な内装だ。
「うわ……見てよ、ソロ、ジーナ。あの入口の扉、ギィスじゃないわ、薄く加工した一枚の紫水晶よ。凄すぎない?それが何枚も……あれ一つ作るのに、一体いくらかかってるんだろ」
「王家御用達の一流ホテルだからな。それに、最近では他国の貴族達もこの街のカジノに足を運んでくるらしい。内装だって半端じゃ済ませられないんだろう」
「…………なんか、急に恥ずかしくなってきたわ。着替えさせてくれないかしら?領主様に会うのに、ドレスコードとかあるでしょ。ねぇ、ジーナ、私変じゃない?」
「大丈夫ですよ、ジャンヌさんはいつも綺麗で格好いいです!」
「そもそも、君はドレスなんかもってないだろ。いいから、堂々としてろ。俺達は賞金稼ぎだ、いつどこでだってこんなものさ」
恥ずかしさで顔を赤くしているジャンヌに、ソロはそう耳打ちして笑顔を向けた。普通の女性なら彼の表情にドギマギする所だが、ジャンヌは不満そうに睨むだけだ。そうこうしている内に、ジャンヌ達は豪華な部屋に辿り着いた。
部屋の中に入ると、そこはここまでに通って来たホテルの内装とはまた一風変わった一室だった。ロビーや廊下は高級感と上品さを合わせた空間だったのに対し、金と銀を多用して作られた部屋の中は主張が強く、悪趣味としか言いようのないものだ。
ジャンヌ達は何とも言えない表情をしながら、部屋の奥へと進む。そこには、恰幅がよく、やや過剰とも言える貴金属を身に着けたいかにも貴族といった風貌の男性がいて、ジャンヌ達の訪問を心待ちにしていたようだ。
「おお!ようこそおいで下さいました、バーソロミュー・サマーヘイズ様。それに、相棒のジャンヌ・パルテレミー様ですな。ええと、そちらのお嬢さんは?」
「お招きにあずかり光栄です、ルドマン伯爵。改めまして、バーソロミュー・サマーヘイズです。そしてこっちが」
「初めまして、ジャンヌ・パルテレミーです。それと、この子は」
「初めまして、ジーナ・アノールです。すみません、呼ばれていないの勝手についてきてしまって」
「ああ、構いませんよ。こちらが急に御足労願ったのですから、お気になさらず。こちらこそ、突然申し訳ありませんでした。私はレックス・ルドマン、伯爵の地位を頂いております。せっかくだ、何かお飲みになりますかな?いいワインがありますが」
「いえ、私達は飲めませんので……それより、早速ですがお話というのは?」
ソロが余計な話に付き合うつもりはないと言わんばかりに水を向けると、ルドマン伯爵は額に脂汗を浮かべてあからさまに表情のトーンを落とした。ソロからすれば、急な顔合わせに付き合っただけでも義理は果たしているということらしい。涼しい顔をしているが、有無も言わさずついて来させた事をよほど怒っているようだ。そんな彼の思いを察したのか、はたまたよほど話し難い気の重くなるような話をするつもりなのか、ルドマンはソロの態度に怒りもしなかった。そして、観念したのかたっぷりと間を溜めてから口を開いた。
「……そうですな、時間も無い事ですし、お話に入りましょう。お二人は、赤鬼という人物を知っておいでですかな?」
「赤鬼というと……あのNeckのですか?もちろん、名前は存じておりますが」
(赤鬼って、確か何年も前から、この国だけじゃなくあちこちで暴れてる有名なワルだったわよね。最近じゃ賞金額もまた上がった大物だけど、どうして領主様からそんなヤツの名前が?)
そう感じたジャンヌの疑問はもっともだろう。赤鬼は、およそ7年程前から存在が知られ始めた悪党の異名だ。複数の領地や、場合によっては国家を股にかけて猛威を振るっており、半ば伝説に近い存在である。
赤鬼について解っているのは、その異名と悪事についての触れ込みばかりで、本名は解っていない。彼は殺人や盗みなど言うに及ばず、金と自らの享楽の為なら何でもやるという、無頼の極みとも言うべき人物だ。その首に高額な賞金がかかっていることから、名のある賞金稼ぎ達がこぞって奴を仕留めようとしたものの、それらを全て返り討ちにしているという恐るべき存在でもある。そうして、ジャンヌが抱いた疑問に答えるように、ルドマンは話を続けた。
「実は、その赤鬼が我が領内に現れたようなのです。恐らく、狙いは……」
「この街のカジノ、ですか」
「ええ、まず間違いないでしょう。ああ、手塩に掛けて育ててきた我が自慢のカジノが、こんな災いを呼び寄せることになろうとは……!」
そう呟いたルドマンは、恥も外聞もなく俯き頭を抱えて嘆いていた。無理もない、赤鬼はその力もさることながら、伝えられる残虐さも相当なものだ。赤鬼はほぼ例外なく、それとまみえた存在を生かしておかない事で知られている。奴が気まぐれに襲撃した村や街はいくつかあるが、そのどれもが一人残らず鏖殺されていた。現在手配されている中でも、かなり危険なNeckの一人である。
「それじゃ、もしかして私達にカジノの護衛を?」
「いや、それはないな。まがりなりにも高位貴族が遊びにくるようなカジノだ、用心棒に俺達のようなMIRAを使うとは思えない。そもそも、雇われている用心棒達も相当な腕利き揃いのはず……そんな所に、ポッと出の俺達が入れば、余計な諍いや軋轢を生むだけだ」
「……流石の慧眼ですな。確かに、あなた方に用心棒となってもらえれば心強いことですが、いくら護衛の為とはいえ、MIRAという身分のはっきりしない者を入れる訳にはいかんのです。何しろ、最悪なことにこのタイミングで我がバスカヴィル王国の王位継承者、王弟ロディック様が、近々我がカジノへ視察に来られる事が決まってしまったのですよ。懇意にしている隣国、エンデュミオン皇国の皇族を連れてね」
「……!」
そこで、ソロは事態がのっぴきならない状態に入り込んでいる事に気が付いた。この国だけでなく、エンデュミオンの皇族までも巻き込みかねないのであれば、それはもう一伯爵程度の権限でどうにかなる問題ではない。万が一にでも王族に被害が及べば、責は伯爵家一族の首だけでは済まないだろう。かといって、たかが賞金首一人の為に、王族の予定をキャンセルさせることなど出来るはずもない。王族自身が危険に鼻が利く賢さを持っているなら別だが、往々にして権力者というものは、自分の進む道に邪魔があるなら、自らが退くのではなく退かせるものだからだ。
仮に赤鬼の存在をロディックに知らせた所で、彼は一切予定を変える事などしないだろう。彼はルドマンの全力を持って、赤鬼を排除せよと命令するに違いない。だが、それを成せるだけの力がルドマンにあるだろうか?恐らくはないと断言していいだろう。そもそも、赤鬼はこれまでに幾度も討伐を潜り抜けてきた猛者だ。仮に伯爵家が軍を使っても、討ち取れる確証はない。なにより、万が一軍による討伐が失敗すれば、事は伯爵家だけの損失に止まらなくなる。
領主の保有する軍は、領民全てを守る剣であり、盾である。それは赤鬼ただ一つから領民を守るものではなく、人を襲う魔獣や他の犯罪者、並びに全ての敵対者から守る為の存在なのだ。それを徒に消耗させ、失いかねない状況に使用することなど出来るはずもない。ルドマンはかなりの窮地にある、そう言わざるを得ない状況にあった。
「いかがでしょう?奴の首に懸かった賞金は全てあなた方のもので構いませんし、それとは別に私から褒賞金をお出ししましょう。ですから、どうか赤鬼討伐を引き受けて頂けませんか?」
「それは……」
ルドマンから提示された報酬は、確かに魅力的だ。現在、赤鬼に懸けられている賞金額は1000万ドルゴを超えている。それだけの金があれば、レガリアへの路銀も十分賄えるし、安全な長距離移動用の馬車も馭者込みで雇えるだろう。ただし、奴はロレンツォ以上に危険な相手である。ジーナを連れたまま、一も二もなく飛びつけるような甘い相手ではなかった。
ソロが答えようとしたその時、不意に大気が震えた感覚がした。同時に、窓に使われているギィスが衝撃で激しく震え、それを追いかけるようにして衝撃波がぶつかってギィスが割れていく。その直後、激しい爆発音が遅れて届き、室内の様々な物が散乱していった。
「きゃっ!?」
「ジーナ!ジャンヌっ!無事か!?くそ、爆発だと?一体、なにが……」
ジャンヌとジーナの無事を確認したソロが外に目をやると、眼下の街並みが燃えていた。あちこちから立ち上る煙と、赤々と燃える炎が戦いの始まりを報せているようだった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




