湖畔にて
晴れ渡る青空の下、温かい陽の光が水面に反射し、キラキラと美しい輝きを放っている。ジャンヌ達の目の前に広がる湖はかなりの大きさで、対岸まではかなりの距離があるようだ。湖面を撫でて吹く風は適度に冷えていて、歩いて火照った身体を冷ますのに最適だ。
「うーん、いい天気で気持ちがいいわね~!私、この生活しててこういう瞬間が一番好きなの。ね?いいでしょ、ジーナ」
「はい!ドルトとは全然違いますね。出来ればお父さんとお母さんにも、この景色を見せてあげたかったですけど……」
ジャンヌは、旅暮らしにも良い所があると言いたかったようだが、ジーナにとっては故郷との違いから思わず今は亡き父と母への思いを馳せさせる形になってしまったようだ。ジャンヌは胸に詰まる思いを感じながらも、ジーナを優しく抱きしめて、頭を撫でてやることしか出来ないのがもどかしく感じている。
ジャンヌ達は、ジュラの街を出て街道沿いに次の街へと進んでいた。炎に咲く花を見つけた森を抜け、目前に広がるボワ湖に沿って歩けば、次の街ティグへと辿り着けるはずだ。ジュラからティグへは、徒歩でおよそ3日ほどかかる距離がある。長距離移動用の馬車を使ってもよかったのだが、生憎と馬車の予約は一杯で、2週間以上先まで埋まっていた。うかうかしていると雨季に入ってしまう事もあって、徒歩で移動しようという結論に至ったのだった。
「今日はこの辺で休む事にするか。明日は朝から早めに移動すれば、夜までにはティグに入れるだろうしな。アーデ、周辺の見回りを頼む」
「ホゥ!」
ソロの言葉にアーデはすぐさま反応し、その場で高く飛び上がってぐるりと上空を旋回した。アーデの眼があればそれだけで、近くに危険なものがないかを調べることが出来るのだから、楽なものである。しばらくするとアーデが降りてきて、胸を張って警戒の結果をアピールしてくれた。
「よし、近くには魔獣などの姿もないみたいだな。必要以上に森の中へ入らなければ大丈夫だろう。二人共、あそこの木陰に移動するぞ」
「はーい、行きましょ、ジーナ」
「はいっ」
湖畔にいた二人は、ソロに促されて街道沿いの木陰に移動する。ジャンヌ達のような旅人は、時にこうして野宿をするのも当たり前の日常である。大抵は、往来の妨げにならないよう森の中や木陰で焚火をし、その周辺で雑魚寝するのが一般的だ。寝袋のようなものもあるにはあるが、場所によっては魔獣などに襲われたりする可能性もあって、いざという時に動けないのであまり使われる事はない。
当初、こういう生活に慣れていないジーナには酷かと考えていたのだが、意外なことにジーナは特に問題なく外でもよく眠れているようだった。むしろ、木々の周りでは心が落ち着くとまで話していたので、彼女の精神はかなり強いのかもしれない。
「この辺でいいだろう。俺は飯の支度をするから、ジーナは薪になりそうな枝を集めてきてくれるか?気をつけてな」
「はい、行こう!アーデ」
「ソロ、私は?何かすることある?」
「君は……湖で魚でも釣って来てくれ。夕飯の足しにしよう」
「りょ~かい!」
魔法の使えないジャンヌは、こういう時にやれることは少ない。ソロは調理の為に鞄から保存食や鍋などを取り出し、ジーナが持ってきた薪に火を点けて、火の番をするようだ。そして薪集めには二人もいらないとなれば、ジャンヌに出来る事は食材の調達くらいしかないのである。
ジャンヌは湖畔までの道すがら、ソロから貰った釣り針と糸を適当な長さの枝に括りつけて、即席の釣り竿を作ってみせた。街から街へ、或いはNeckを探して山野を駆けまわり野宿をするのもよくあるので、こうやって釣りをするのもジャンヌにとっては慣れっこだ。その手際の良さは大したもので、とても彼女が元貴族の女性だとは誰も思わないだろう。
湖畔に立ち、餌を付けた釣り糸を湖に放り込む。透き通るような水質の湖には、そこそこ大きな魚の影が見えるので、釣果にも期待出来そうである。そうしてアタリを待つ間、ジャンヌは呟くように口を開いた。
「……ねぇ、ハバキリ」
――なに?
「あの時、リリィが言っていた、あなたに似た刀のことなんだけど……その、思い当たる事とか、あるの?」
――…………。
「別に、無理に話して欲しいとは言わないわ。ただ、リリィは何かあなたにも特別なものがあるような口振りだったから。気になっちゃってさ」
――……ごめんなさい、ジャンヌ。今はまだ、話したくないわ。
「そ、そう」
――でも、いつか話すわ。必ず……必ず話すから、もう少しだけ待って頂戴。お願いよ。
ハバキリはそう言うと、殻にこもるようにして口を閉ざしてしまった。ジャンヌには実体のないハバキリの最後の嘆願が、まるで泣いているように聞こえて、それ以上追及する気にはなれなかった。
その後、ジャンヌは無事に三匹ほどの魚を釣り上げて手際よく捌くと、ソロ達の元へ戻った。インペラトルサーモンというこの魚は、淡水で獲れる白身魚としては最高級の魚である。身はほのかに甘く一年中脂がのっていて、臭みが全く無いため焼いても生でも食べられる優秀な魚だ。滅多なことではお目にかかれない魚であるはずだが、この湖にはたくさん生息しているようである。
ジャンヌ達はその魚を串に刺し、表面を炙って食べることにした。軽く火を通す事で、じんわりと身の中から脂が浮いて何ともいい匂いが漂ってくる。ただの塩のみで味付けしただけなのに、一口齧っただけで強烈な魚の旨味が口一杯に広がっていく。これにはジャンヌ達全員がうっとりとしてしまう程に美味しい魚であった。普段は肉食のアーデも、インペラトルサーモンだけは喜んで食べるのだから大したものである。
「ああ、幸せ!」
「ホント、美味しいですねぇ……!」
「まさか、こんな所でご馳走に出会えるとはな。ジャンヌの釣りの腕も大したもんだ」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、私の腕がどうこうじゃなくて、この湖にたくさん棲んでるみたいよ、これ。たくさん姿が見えたもの。でも、この湖、漁場としてはすごく良さそうなのになんで誰も釣らないのかしら?町同士の中間だし、小さな宿場町くらいあっても良さそうだけど」
「昔はあったみたいだぞ」
「え?そうなの?」
「ああ、以前、この辺りの古地図を見て知ったんだが、何百年か前にはこの辺りに街があったみたいだ。何が理由なのかは解らないが、ここに住んでいた人達はここを捨てて、湖から少し離れた場所に移り住んだんだそうだ。それがこれから向かうティグという街さ」
「へぇ、そうなんだ。不思議ねぇ、いい所なのに」
ジャンヌはインペラトルサーモンを頬張りながら、不思議そうに湖の方へ視線を向けた。既に日は落ち夜になり、穏やかな湖面には大三連月の姿が反射している。連なる月の光は湖の中央を照らしていて、湖の中から光が溢れているようだ。
「……ん?あれ?なんだろ」
「どうかしたか?」
湖の方を見ていたジャンヌが何かに気付き、立ち上がって更によく観察を始めた。それと同時に、それまでは穏やかだった湖が微かに振動し、やがてそれはハッキリと解るほどに湖面を揺らしている。何かが水中から出て来るようだ、と思った瞬間、湖面に移った月を飲み込むかの如く、クジラよりも巨大な魚がその大きな口を開けて湖の表面へと飛び出してきた。
「なっ!?」
「マズい……大波が来るぞ!皆、集まれ!」
ソロの叫びにジーナが急いで立ち上がり、ソロの手を掴もうと手を伸ばす。だが、ほんの一瞬だけ足がもつれて転びそうになってしまった。
「ジーナッ!」
ジャンヌは咄嗟にハバキリをジーナの足元に突き立てて、彼女の支えを作った。そのまま大きな津波が三人を飲み込み、一気に引いて行く。あとに残ったのは、ソロとジーナ二人の姿だけであった。
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