反撃のジャンヌ
ニヤリと笑みを浮かべたリリィは、ゆっくりと茂みを進んでジャンヌを探し始めた。考えてみれば、加護による優位性だけでなく、ジャンヌの最大の武器であるハバキリも自らの手の中にあるのだ。絶対に負けるはずはないと、リリィは確信していた。
そして遂に、その時が訪れる。
(見つけたよ!こんな所に隠れていたのか。しかし、残念だったねぇ。これだけ近くに来ても、あんたはアタシに全く気付かない、いや、気付けない。どうせだ、このまま押し倒して可愛がってやろうか?あいつらは眠ってるし、外でってのもたまにはオツなもんだしね)
にんまりと邪な笑みを湛え、リリィは茂みにしゃがんで隠れているジャンヌに近づいた。ロッドが言っていた通り、蛇のように絡み合って、何日も何日もむつみ合うのは彼女の常套手段だ。そういう意味では、彼女は蛇によく似ている。野外でそういうコトに及ぶのを否定的でないのも、彼女が蛇の如き精神を持っているからかもしれない。そして、あと一歩という所まで近づくと、突然、ジャンヌがニヤリと笑ってリリィの方へ向き直った。
(え?)
「な~るほど、そこにいるの……ねっ!」
「っぶ?!ぐわぁぁぁっ!」
ジャンヌは渾身の力でリリィに向けて拳を放った。まさか攻撃されるとは思ってもみなかったからだろう、リリィは身を守る事も出来ずにそれを食らって、激しく吹き飛んでいく。そして、ジャンヌは静かに立ちあがって、リリィに向かって歩きだした。
「あんたのそれ、加護でしょ?魔法じゃないから解りにくかったけど、残念ね。あんた自身とあんたが身に着けてるものは隠せても、あんたが踏んで歩いた草や土は消えてないわ。ただの足跡と違って、物理的に踏んで折れた草木まで隠せる訳ないものね。一か八かで先に隠れて正解だったわー。こっちが隠れて挑発すれば、あんたも隠れて能力を見せると思ったのよ。私の作戦勝ちね」
「あ、そ、そんなバカな……!?」
リリィは鼻血を流しながら、地面を這ってジャンヌから離れようとしている。ジャンヌの言う通り、リリィの加護が隠してくれるのは、彼女が身に着けているものと、彼女が触れたものだけである。臭いや音までも隠せると言っても、二次的に接触したものまでは無かった事に出来ないのだ。その弱点を知っているのは、今やリリィ自身と、ジャンヌだけになったようだ。
こうなると、もはやリリィの優位性は無いに等しい。何しろここは森の中で、痕跡を残すものは山のようにあるのだ。なまじ、自らの加護で戦いになっても一方的に勝ってきたリリィには、この状況を覆してジャンヌと渡り合う経験も、実力もないのである。
(こ、こうなったら、逃げるしか……いや、待てよ?森の中で草木があるから私の位置がバレるってんなら……!)
何かを閃いたリリィは、勝負の流れを取り戻すべく不敵に笑って立ち上がった。そして、ハバキリを持っていない方の手に、魔力を集中させる。
「やってくれたね、お嬢ちゃん……けど、アタシにもまだ勝ち目は残っていたよ」
「へぇ、何するつもり?」
「この森が、アタシの居場所を教えてるってんなら、こんな森なんぞ失くしちまえばいい……そうさ、こうやってね!」
「なっ!?」
リリィはそう叫ぶと、魔力を集中させた手から無数の火の玉を作りだし、それを周辺にばら撒いた。雨季を前にして乾いた木々や草花に、それらはあっという間に燃え移って火事を引き起こす。自分の居場所を報せる草花を燃やしてしまえば、再び不可視によって身を隠し、自分が優位に立てるとリリィは考えたのだ。その辺に倒れている部下達は焼け死ぬかもしれないが、彼らが死んでいなくなってくれれば、かえって好都合だ。どうせ使えない部下達で、彼らとはチームを解消するつもりだったのだから、ちょうどいい。
「何てことすんのよ!?この!……えっ」
だが、その目論見は思わぬ結果を生んだ。森全体に燃え移るかと思われた炎が、みるみる内に集まって一つの塊になっていく。やがて、大きな火炎となったそれは、先程リリィが立っていた開けた場所に燃え移ると、その地面から美しく輝く何かが顔を覘かせた。
「炎に咲く、花……あれが、そうなの?」
「そ、そんな……そんな事……はっ!?」
ジャンヌもリリィも、互いに我を忘れてその光景に見入っていたが、先に動き出したのはジャンヌである。長年の経験から、ジャンヌは咄嗟の事態にも素早く順応し、行動することが出来たのだ。そして、ジャンヌはリリィが反応するよりも速く、彼女に接近して強烈な当身を鳩尾に食らわせた。他の連中と同様にあばらは数本折れて、しばらくは意識を取り戻すことはないだろう。仮に目が覚めても、痛みで当分はまともに動けないはずだ。
かくして、ジャンヌは辛くも貞操と生命の危機という二大ピンチを切り抜けた。今回ばかりは、相当肝を冷やした戦いである。
その日の夜、テリーの家である宿に戻ったジャンヌは、食卓に着きながら疲れた顔で事の顛末をソロ達に話していた。帰って来るのが夜になってしまったのは、リリィやロッド達を縛り上げて、街の衛兵達に引き渡していたからである。
「そんな事があったんですか……大変でしたね」
「まったくもう、生きた心地がしなかったわよ。でもまぁ、あの花があればテリーのお母さんも治りそうだし、めでたしめでたしね」
「しかし、まさか炎に咲く花というのが、本当に火を吸収して成長する花だとはな。恐らくは山火事などで火が回った時に、その炎を取り込んで生育するようになったんだろうが……道理で普通に探しても見つからないはずだ」
比較的、雨季が長くカジュミーラ山は冬場になると雪に覆われる地域である為、乾燥が少ないこの辺りで山火事が起こる事は滅多にない。それ故に、滅多に見つからない伝説の花ということになったのだろう。炎に咲く花という名が示す通り、答えは初めから提示されていたとはいえ、まさか植物が火を取り込むなど誰も想像はしない。その意味では生存戦略としてはただしい植生であるとも言える。
ジャンヌは炎に咲く花を刈り取って持ち帰ったが、その正確な場所は敢えて語らなかった。伝説は伝説のままにしておいた方が無難だし、一々その度に森へ火を放っていては危険極まりないからである。あの花をみたのはジャンヌとリリィだけなのだから、そうそう場所が広まることもないはずだ。
「でも、せっかく不可視のリリィを捕まえたのに、すぐに賞金は出ないんですね」
「彼女が不可視のリリィ本人だって、誰も証明できないからね。悔しいけど、仕方ないわ。とりあえず、婦女暴行未遂と傷害罪で官憲に引き渡したんだから、当分は牢屋から出られないでしょ。その代わり、ロッドとかいう砂漠のなんとかって連中は、そこそこなお金になったからいいわ」
「ククッ……!だが、まさかジャンヌを襲おうとしたのが女だったとは……ハハハ!やっぱり君の魅力は普通のオトコには通用しないってことだな!」
「ちょっとソロ!もしかしなくてもバカにしてるわね!?私だって貞操の危機が同性からだったなんて、それなりにショックなんだからね!?笑いごとじゃないわよ、もう!」
恋愛に興味はないというジャンヌだが、彼女は誓ってノーマルである。ロマンスに期待はしなくても、年頃の乙女心としては同性に言い寄られるよりも異性の方がまだいいようだ。プンプンと腹を立てるジャンヌを横目に、アーデは静かにテーブルの端に座って自分用に切られた肉を満足気に頬張り、夜は更けていくのだった。
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