リリィの真価
ジャンヌを部下のロッドに任せたリリィは、森の中のとある場所にいた。そこは見るからに何の変哲もない開けた空間である。カジュミーラ山の裾野に位置する小さな森で、観光都市ジュラからはやや離れた場所だ。
「さて、炎に咲く花か。ずいぶんな名前した花だけど、どこにあるんだかねぇ……」
ざっと周囲を見回すが、これといって変わった草花は見当たらない。他の部下達は近くの茂みの中を探しているようで、あちこちからゴソゴソと物音がして茂みが揺れている。しかし、特に成果はないようだ。そんな中で、リリィは腕を組み、動かずにその場で頭を働かせていた。
(地図で見る限り、ボスが指定してきたポイントに間違いはない。普通に考えりゃ、そんな花なんかないって所だろうけど……そう決めつけるのはちと早いね。となれば、他に考えられるのは時期的な問題か?しかし、ボスがわざわざ見つけて取って来いって言うくらいだ、今は生えてないなんてオチも考えにくい)
炎に咲く花がどんな花なのかは不明だが、植物である以上は、それが咲くのに適した季節というものがあるのかもしれない。だが、リリィはボスが採取しろと命じた以上、そんな理由で見つけられないという事はないと確信しているようだ。それだけ、リリィにとってボスの存在は大きいということだろう。
(そう簡単には見つからない伝説の花だっていうくらいだ、普通に探しているだけじゃダメな、何か条件のようなものがあるってことかね。条件……条件か)
木々の騒めきに耳を傾け、リリィは目を閉じて考える。花や草木のような植物が育つ為には光と水、そして二酸化炭素を含めた空気が必要である。それはこの星でも同じ事だが、果たして本当にそれだけなのだろうか?何か、自分の常識では考えられないような別の見方が必要なのではとリリィはいくつもの考えを巡らせているようだ。だが、答えはまるで思いつかず、時間だけが過ぎていった。そんな時だ。
ガサガサと藪の中で激しく動く物音がする。それが思考を邪魔するような気がして、リリィのストレスが溜まっていった。そして、ついにそれが爆発した。
「あーもう!ガサガサガサガサ、うっさいよ!お前ら、もうちょっと静かに手を動かしな!」
リリィの怒鳴り声が響くと、物音はピタリと止み、周囲は静寂に包まれた。余計な物音を立てなくなったのはいいが、返事がないのは頂けない。リリィはそれにすら苛立ちを隠さず、再び声を上げた。
「お前ら、返事はどうしたんだい!?静かにしろとは言ったが、仕事に手を抜くのは許さないよ!まったく、なんでこんな奴らと組まされなきゃいけないんだ」
リリィは足元の小石を蹴飛ばし、腹立ちを露わにする。彼女が今の組織に入ってからまだ一年と経っていないが、彼らは同期である。何でも、ロッド達は元々エンフィルという国で砂漠のルポンという名前で盗賊団を生業にしていたらしい。盗賊といっても、彼らのやり口はほとんど強盗のようなもので、その雑な性格といい、リリィとは根本的に合わない連中だ。結局、やり過ぎた彼らはエンフィルの軍隊によって壊滅させられ、逃亡の後に組織へと参加した。それが、リリィと同時期だったのだ。
そんな性に合わないと解っている連中が相手でも、組織に入ればボスの命令は絶対である。彼らと組んで行動しろと言われれば拒否する事など出来はしない。幸い、彼らは小間使いとしては優秀なので、ここまではなんとかうまくやって来れた。しかし、ボスから直接受けた命令にさえまともに取り組めないのではもうどうしようもない。
リリィはこの仕事が終わったら、ボスに直談判してでも彼らと組むのを止めさせてもらおうと心に決めた。すると今度は、再びガサガサという雑音が周囲に響いてくる。しかも、その雑音は先程よりもかなり大きい。
「ああもう!いい加減にしろって言ってるだろう!?」
リリィは怒りを爆発させ、その手に握っていた鞘に入ったままのハバキリを振り回した。そもそも、リリィという人間はこうした答えを考えるのが得意なタイプではない。決して地頭が悪い訳ではないのだが、彼女は考えるよりも行動するのが先で、直感に頼って結果を出す人間である。ある種の閃きや持ち前の直感による嗅覚で、彼女はこれまでにも様々な危険を回避したり、狙った女性を落としたりしてきた。そういう彼女にとって、落ち着いてじっくり考えるというのは苦手なのだ。ましてや、それを邪魔するような雑音が入ればなおさらである。
リリィが苛立ちついでに一番近い茂みへいくと、そこにはうずくまって丸まっている部下の一人がいた。さっきまで物音を立てて花を探していたはずだが、彼は微動だにせず、リリィがすぐ後ろに立っているというのに無反応のままだ。
「ここにいたのはロッカか。お前、何してるんだ?ちゃんと手を動かせとあれほど……あっ!?」
リリィがロッカの背中に触れると、ロッカはぐらりと揺らいで崩れ落ちた。その顔をよくみれば泡を吹いて白目を剥いていて、それが何者かによってやられたのは明白である。リリィはすぐに彼から離れ、大声で周囲に警戒を呼び掛けた。
「おいっ!お前ら、ロッカがやられたぞ!何かがいる、一旦集まれっ!」
だが、そんなリリィの声に応えるものは誰もいない。さっきまで聞こえていたガサガサという物音さえも聞こえなくなり、リリィは異常な事態が起きていると理解し始めた。
「お前らっ、なにやってる!?集まれって言って……まさか?!」
(まさか他の奴らもやられたってのかい?!こんな短時間に、一体誰が……そ、そうだ。ロッドだ、ロッドなら!)
ここにはおらず、ジャンヌの様子を見ているロッドならばまだ健在の可能性は高い。リリィはそう考えてロッドに向けて叫ぶように声を上げた。
「ロォォォッド!敵だ、敵がいるぞ!こっちへ来い!全員やられた!おいっ、ロッドォッ!!」
しかし、帰って来たのはしんと静まり返った森の静寂だけで、リリィの期待した応援はやってこない。リリィの背筋に冷たい汗が流れ、心臓がバクバクと異常な拍動を初めていた。
「そんな……まさか、ロッドまで?だとしたら、敵は」
「フフ、フフフ……」
「だ、誰だいっ!?」
「自分は姿を隠して行動できる癖に、相手の姿が見えないと弱いのね。少しだけど、あんたの弱点が解って来た気がするわ」
「その、声……さっきの!」
「悪いけど、あんたの仲間は全員眠ってもらったわ。殺しちゃいないはずだけど、骨の5~6本は覚悟しておいてもらいたいわね。あんた達の毒牙にかかった女の子達に比べれば、まだまだ大したことないでしょうし」
「く、クソッ!」
リリィは手にしたハバキリを振るって、ジャンヌが隠れていそうな周囲の茂みを刈り取ろうと試みた。しかし、斬る対象を選べるのは元より、鞘に収まったままのハバキリでは雑草一本切り落とす事さえ出来ない。それが更にリリィの焦りを誘い、リリィは完全にパニック寸前になっているようだった。
先程から聞こえていたガサガサという物音はつまり、ジャンヌが茂みに隠れて移動し、部下達を密かに倒している音だったのだ。どうやって拘束から逃れたのかは不明だが、実際に倒れているロッカを見る限り、それは間違いないだろう。そうとなれば、少しだけリリィの精神にも余裕が出て来る。
(ふん、使えない部下達を抑えたからって優位に立ってると思ったら大間違いだよ、お嬢ちゃん……!アタシには究極の、最強の加護があるんだからね!)
少しだけ落ち着いたリリィは内心でほくそ笑み、己の加護を展開させた。リリィという人間は、優位に立てば滅法強いが、逆に相手が優位に立つと酷く脆いという性質を持っている。それは彼女の加護から見ても明らかだ。
リリィの持つ加護は、その名も『不可視』である。偶然、あだ名がそうついたのではなく、彼女がこっそりと噂として流したのだ。そうすることで、自らの神秘性とミステリアスさを演出し、敵を煙に巻く目的もあったらしい。
彼女の不可視は、彼女自身の姿をただ消す訳ではなく、その気配や臭い、果ては物音までもを完璧に周囲から根絶させてしまう能力である。最初にジャンヌが成す術なく昏倒させられたのもそれが理由だ。音もなく、臭いさえも一切消してしまうのだから、気付けなくても無理はないだろう。そして、それこそが、彼女を完全無欠の怪盗へと押し上げた最大の理由なのだ。
(ククク、これで条件は同じだよ。いや、アタシは動いても物音すら立たないんだ。ただ草陰に隠れているお嬢ちゃんじゃあ勝負にならないさ。だが、ここまでアタシをコケにしてくれたんだ、ただで済むとは思わないで欲しいねぇ……!)
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