不可視のリリィ
「う……ぁ、ここ、は……?」
ジャンヌが意識を取り戻した時、周囲はいつの間にか、鬱蒼とした森の中だった。木漏れ日の具合から察するに、まだ昼間である。そう時間が経っている訳ではなさそうだ。段々とハッキリしてきた頭で冷静に状況を観察してみると、ジャンヌの身体は両腕を頭の上で縛られ、大きな樹の枝に吊られている。それ以外、他に目立った傷はなく、身体に痛みや違和感はない。何かされた様子がないのは一安心だが、何故自分がこうなっているのかが解らなかった。
「ハバキリは……近くにないか。どうなってるの、一体」
倒れた時、手にしていたはずのハバキリは傍にないようである。奪われたか、或いは置き去りにされたかは不明だが、武器がないというのは少し厄介だ。不意打ちだったとはいえ敵は、少なくともジャンヌを一撃で昏倒させるだけの実力を持っている。それだけの力量を持つ相手に、素手というのは心許ないだろう。
「驚いた。もう気が付いたんだ?手加減なんてしてなかったんだけどね」
「っ!?」
ハッとして、声のした方向を見ると、ジャンヌの正面5~6メートルほど先の所に若い女がいた。手にはハバキリを持ち、不敵な笑みを浮かべてジャンヌを見据えている。つい今しがたまで、そこには誰もいなかったはずだ。何が起きているのかまだ解らないが、その女の表情は明らかにジャンヌをからかい、嘲笑っている顔である。負けん気の強いジャンヌは、それに気付くと、動揺を表に出さないよう冷静に口を開いた。
「……いつからそこにいたの?誰もいなかったような気がするんだけど」
「ふっ、気が強いねぇ。そういうのは嫌いじゃないよ。流石、女の癖にMIRAなんてやってるだけの事はある。初めて見たよ、女のMIRAなんてね」
「それが解るって事は、あんたはNeckだってことでいいのかしら?」
「そうだね、隠す必要もない。アタシはNeckさ。一部じゃ、不可視のリリィって呼ぶヤツもいるみたいだけどね」
「不可視の、リリィ……って、あの?!」
Neckの情報を記憶するのはソロの役割だが、ジャンヌにも記憶に留めたNeckはいる。その一人が、今まさに目の前にいる不可視のリリィと呼ばれるNeckだ。とはいえ、彼女はNeckとして手配されてはいるものの、その素顔は公開されていない。何故なら彼女は、その名の通り誰にも、素顔はおろか姿形、声さえも知られた事がない存在だからだ。
不可視のリリィは、およそ3年程前に賞金が懸けられたNeckである。主に盗みを生業とし、狙った獲物は必ず奪うという盗賊だ。そんな彼女が何故存在を知られているのか?それは、彼女が必ず盗みの前に犯行声明を出すからである。狙われた側は何とかして品物を守ろうとするのだが、今の所ただの一度として、リリィが盗みに失敗したという例はない。
複数の国を股にかけて暗躍し、これまでに盗んだ品物の合計金額は1億ドルゴを超えるという、まさに大泥棒だ。先日、彼女に懸けられた賞金がまた増額されたのでジャンヌも覚えていたのだ。
「驚いた……あんたが本当に不可視のリリィなの?」
「ふふん、それを信じるか信じないかはあんた次第だね。まぁ、別に信じなくたって構わないよ。誰かに話した所で、そいつが信じるとも思えないしねぇ」
リリィはそう言うと、また不敵な笑みを浮かべた。確かに、誰もその素顔を知らない不可視のリリィなのだから、よほどの動かぬ証拠がない限り彼女をそうだと証明する手立てはない。逆に、彼女が自称しているだけの偽物である可能性もゼロではないのだ。それを理解しているからこそ、彼女は大胆にジャンヌの前に姿を現したのだろう。つまり、ジャンヌの問いかけは無駄な質問だと彼女は言っているのである。
それについて問答をしたところで意味はないと理解したジャンヌは、すぐに思考を切り替えた。今ここで重要なのは、彼女が本物の不可視のリリィかどうかではない。問題は目の前の人物の目的だ。
「そう、それじゃ違う事を聞くわ。あんたどうして私を捕まえたの?あいつらはあんたの仲間だってこと?」
「んっふふ、賢いじゃないか。そうだね、今聞いておかないといけないのはそういう事だよねぇ。……確かに、あいつらはアタシの仲間だよ。あいつらはスチパだからね。尾行されてることに気付きもしないで、ノコノコとあんたを案内しようとしてたもんだから仕方なくね。でも、良かったよ。命令とはいえ、つまらない寄り道が、あんたのお陰で楽しくなってきた」
(……命令?つまり、不可視のリリィは、誰かに指示されて行動してるってこと?いや、それも重要だけど、そうじゃないわね。今気にするべきなのは……って、ちょっと!?)
「っ!」
リリィはゆっくりとジャンヌに近づくと、空いている方の手でジャンヌの頬にそっと手を当て、そのまま指先を耳まで沿わせた。ゾクリと肌が粟立つ感覚がするも、両手を縛られていては大した抵抗は出来そうもない。正確に言えば、この程度の拘束を解くのは難しくないが、問題はその後である。リリィがどうやってジャンヌを昏倒させたのかも解らない状況で、ハバキリまで奪われていては仮に今すぐ戦闘になっても勝ち目がない。とにかく今は相手の油断を誘うしかないのだ。
「……必死に堪えて、かわいいねぇ。あんたみたいに強気な女は大好きさ。そういう女ほど、良い声で鳴いてくれるからね。あんたもNeck《賞金首》に捕まったMIRAがどうなるかくらい、解ってるだろ?まぁ、安心しな、すぐには殺さないよ。コイツの事も聞きたいしね。たっぷり可愛がってあげるさ」
「っの!調子に乗るんじゃ、っ……!」
頬を赤く染めて笑うリリィの瞳は熱を帯びていて、彼女の狙いがなんであるかは明らかだった。いくらソロに世間知らずといわれるジャンヌとて、その手の知識はきちんとある。貞操の危機という意味では、まさに絶体絶命だ。とにかく拘束を振りほどいて反撃に出るか?と思った矢先、不意に木々の間から男が顔を覘かせた。
「姐御!ダメです、やっぱ何も出て来やしませんぜ。……お?その女、目を覚ましたんですかい?へへっ、用が済んだらこっちにも回してくださいよ」
「ちっ、これからって時に……バカ言ってんじゃない、こんないい女、あんたらなんかにゃもったいないよ。それよりもよく探しな!半端な探し方で見つからなかったなんて言ったら、ボスにどやされる程度じゃすまないからね!」
リリィはジャンヌから手を離し、荒くれ者の男を怒鳴りつけた。よく見ればその男は、昨日テリーと言い争っていたリーダー格の男だった。ジャンヌとソロにあしらわれた事を根に持っているらしいが、リリィには逆らえないのか、すごすごとまた森の奥へと消えていく。やはり、彼らは何かを探しているのだ。そして、それは簡単に見つかるようなものではにことも、今の男の口振りから察する事が出来た。やはり、彼らの目的は。
「あ、あんた達、もしかして、炎に咲く……花ってのを探してるわけ?」
「なんだ、あんたも知ってるのかい?そうだよ。この辺りに咲く花らしくってね。見つけて持ってこいって、上がうるさいのさ。まったく、組織仕えも楽じゃないね」
「わ、私が知ってるのは、そういう花がある……ってことだけよ。けど、そっちはずいぶん、確信を持って探してるみたい、ね?」
「ふふ、情報源がどこか探ろうってかい?いじらしいねぇ。ああ、ますます殺したくなくなっちまうよ。ずっと手元に置いてかわいがりたくなるじゃないか」
リリィは再び恍惚とした表情で、ジャンヌの身体に手を伸ばす。ジャンヌは睨みつけながら、反撃のチャンスを窺った。
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