炎に咲く花
――フォラファ山脈。大陸の中央にそびえ立つその山々は、人類が踏破していない場所がなくなったこの星に於いて、未だに数名の人間しか辿り着いていない秘境というべき場所である。
最高で1万メートルにも到達する絶対の高さを誇り、切り立った崖と槍の穂先のように鋭く尖った頂点がいくつも存在し、人のゆく手を阻むという恐ろしい山脈だ。ここを登って突っ切る事は不可能に近いだろう。この山脈のすぐ東側にエンデュミオン皇国があり、山脈が西に広がっていることから、目的のレガリアへは西回りに迂回せねばならない。
そして、現在、ジャンヌ達はフォラファ山脈の中でも最も低い、カミジューラ山の麓にある街、ジュラに到着していた。
ジュラはカミジューラ山の恵みを受けた豊富な山の幸と、山から見下ろす広大で美しい景色が魅力な街である。特に、この山に生息するキングディーアという動物の肉は絶品で、登山客のみならず、美食を求める観光客も絶え間なく訪れる人気の都市だ。
「うわぁ!凄い人ですね。ドルトの新市街もたくさん人がいたけど、ここはもっとたくさん!」
「ジュラは、観光地としては世界屈指の都市だからな。ここで少し滞在して、色々と準備を整えよう。出来れば、割のいい仕事が見つかるといいんだが」
「これだけ人がいるんだもの、仕事を頼みたい人だって結構いるでしょ。頑張って稼がないとね!」
――……私はあまり人間の多い所は好きじゃないわね、うるさいし、男も多いし。
「またハバキリはそんなことばっかり言って……ダメよ?もうちょっと人生を楽しまないと」
――私は人間じゃないんだから人生なんて関係ないでしょ。
「あ、そっか。じゃあ、刀生?」
――…………なにそれ。
人気の観光地に着いたからか、そんな他愛もない会話をするジャンヌ達の表情も明るいようだ。先日の幽霊騒ぎで青い顔をしていたジャンヌも、すっかり元通りである。ちなみに以前は男のいる場所では話したくないと言っていたハバキリだったが、ジャンヌだけに聞こえるよう声を調整するようになり、こうして時折、話をしてくれるようになった。もっとも、それも機嫌のいい時だけのようである。
そうして街の賑わいに関心していたジャンヌ達だったが、ここで一つ問題が起きた。それは、泊まる予定で目星をつけていた宿に着いてからのことだ。
「えっ!部屋の空きがない?!」
「はい、申し訳ございません。先日から、団体のお客様が連泊でいらっしゃっておりまして……この時期には珍しいことなのですが」
そう語る宿の主人は、平身低頭ですまなそうにしている。確かに観光地として人気のジュラだが、雨期に差し掛かる今の時期はちょうどオフシーズンで、本来ならば一年を通して一番客が少ない時期である。それでもジーナが驚くほどの人混みなのは、いかにこの街が人気のスポットなのかを表していると言えるだろう。
とはいえ、本来の書き入れ時には今よりも更に観光客が訪れるだけあって、通常であれば複数ある宿もそれらを受け入れるポテンシャルがあるはずだ。にもかかわらず満室になってしまうというのは、よほど想定外の客が入ったということなのだろう。こうなると、後は宿を替えるしかないのだが。
「まいったな。ここが一番宿代とサービスのバランスがいい宿なんだが、他の宿で空いているのはかなりの高級宿くらいだぞ」
「こうなったら高級宿でも仕方ないんじゃない?あとで稼いで取り戻すからさ」
「いいお仕事、あればいいですけど……」
宿を出た所で三人が顔を突き合わせて相談していると、どこか少し離れた場所で荒っぽい声がした。ジーナはピンと来ていないが、ジャンヌやソロのようなMIRAにとっては、荒事こそ飯の種である。二人は素早くアイコンタクトをして、喧騒の方へと走り出す。そうして辿り着いた先では13歳くらいの少年と、数人の荒くれた男達が睨み合っている所だった。
「おう、ボウズ!テメェもういっぺん言ってみろ!誰が能無しのドサンピンだと?!」
「へっ!何度でも言ってやらぁ!お前らは群れるだけで能のねぇ、ただの木偶の棒のドサンピンだいっ!」
「っのガキャァ!許さんっ!」
気の強そうな少年が吠えると、激昂した男達が一斉に飛び掛かっていく。だが、寸での所でジャンヌが間に合い、男達は納刀したままのハバキリであっという間に打ちのめされた。その予想外の援軍に、荒くれ者達だけでなく、少年も驚きを隠せない。
「ふぅ。危ないとこだったわね。ちょっとあんた達!子供相手によってたかってなんて、ちょっとあんまりじゃないの!私、そういうの大嫌いなんで、勝手に邪魔させてもらうわよ!」
「なっ!?なんだ、このアマ!クソっ、こうなりゃガキ共々……うぎゃあっ!?」
残った荒くれ者達が気勢を上げた瞬間、地面を強烈な稲妻が走って男達に襲い掛かった。ソロが使ったのは、地を這う稲妻という魔法だ。かなり威力を手加減したのか、男達は痺れて倒れただけでそこまでのダメージは受けていないようだ。もしもソロが本気で魔法を使っていれば、彼らは一人残らず消し炭になっていただろう。ジャンヌだけでなく、魔法使いまで敵にいると判断した彼らは、捨て台詞を残してあっという間に逃げ去っていく。それを近くで見ていた群衆は、ワッと歓声を上げてジャンヌ達の勝利を讃えてくれた。
「ぐっ……く、そ……っ!お、覚えてやがれっ」
「ちょっと、ソロ。少しは残しておいてよ。せっかく格好良くキメて出てきたのに、見せ場がないじゃない」
「バカ言え、こんな所で必要以上に暴れたら、今夜の宿が牢屋になりかねないぞ。どうせあんな奴ら、大した連中じゃない。蹴散らすだけで充分さ。それより君、大丈夫か?」
「お、お前ら……余計なことしやがって!あんな奴ら、俺一人でも勝てたんだぞ!」
「はぁ?助けてあげたのに、ずいぶんな言い種ねぇ」
「うるせぇ、ババア!」
「バッ!?誰がババアよ!こちとら二十歳よ!?ピッチピチのお姉さんよ!もういっぺん言ってみなさいよっ!」
「ウ、ギギギッ!」
激昂したジャンヌが素早く少年の頬をつまみ、思いっきり引っ張った。流石にその状態では喋れないはずだが、少年は目に涙を浮かべながら、それでも謝ろうとはせず、逆にジャンヌの頬をつねり返している。少年の口は悪いが、中々の根性があるようだ。そこへ、ようやくジーナが走って追い付いてきた。
「はぁっはぁっ!ふ、二人共早すぎます……!って、何してるんですか?」
「ああ、ジーナ、すまなかった。いや、どうもこの二人の精神年齢が近いらしくてな」
「はぁ……?」
「っ!?」
「はによ、ふぁんた、ひゅうにひからを……!」
「ジャンヌさんももう止めて下さいよー!可哀想ですよっ」
割って入るジーナの顔を見た途端、少年はジャンヌの頬から手を離した。ソロはすぐに彼の気持ちを察したようだが、ジャンヌは訝し気に眉をひそめたままだ。それから少しして、四人は近くのベンチに集まり、事情を聴く事になった。
「あーイテぇ……なんなんだよこの怪力バ……ネーちゃんはよ」
「あんた、次ババアって言ったら奥歯どころか全部の歯圧し折るからね。私はやるって言ったらやるわよ?」
「そんな具体的に恐いこと言わないで下さいよ、もう!……ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。へっちゃらだよ。俺、こう見えても強いんだぜ!……なぁ、お前、名前何てんだ?」
「あ、ごめんなさい。私、ジーナです。ジーナ・アノールといいます。あなたは?」
「俺はテリーだ。テリー・ギブソン!ジーナってのか、よろしくな!」
「テリーね。私はジャンヌ・パルテレミーよ。よろしくね、テリー」
「俺はバーソロミュー・サマーヘイズだ。ソロでいい」
「……ジャンヌとソロだな。解った。で、お前ら何してんだ?観光か?」
「何してんだはこっちの台詞なんだけど……まぁ、私らは旅の途中よ。それよりテリー、あんたどうしてあんな連中と揉めてたの?」
ジャンヌがそう問いかけると、テリーは仏頂面になって口をへの字に尖らせた。あまり話したく無さそうな様子だが、間に割って入った手前、ジャンヌ達も聞いておく必要があるだろう。しばらく睨み合いのような間が空いたあと、テリーは渋々といった様子で説明を始めた。
「アイツらが腕自慢をしてたから、ちょっとからかってやっただけさ。本当に自分達でいうような凄腕なら、炎に咲く花を見つけてみせろって。そうしたら、出来る出来ねぇって言い争いになって……それで」
「炎に咲く花?なんなんですか?それ」
「この山のどこかに咲いてるって伝説がある花のことだよ。その花はすげぇ綺麗で、煎じれば万能薬にもなるって伝説があるんだ。そいつがあれば、かーちゃんもきっと……」
テリーはそう言うと、俯いてしまった。ジャンヌ達は半信半疑ながらも、テリーに何かのっぴきならない事情を感じ、顔を見合わせるのだった。
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