お金がない!
「ん、む……夢、か。久し振りに昔の夢をみたな。ん、んん……!」
ソロはベッドの中で目を覚ますと、のそのそと動き出して思いきり身体を伸ばした。昨日はジャンヌ達とレガリアへ向かうルートの相談をした後、自室に戻って寝てしまったのだが、かつての夢を見たのはそのせいだろう。ソロにとって、5年前のことはまだ何一つ終わっていないことなのだ。
(結局、あの直後にバーン陛下が身まかられたことで、俺達に対する追手は弱まり、なんとか国外へ脱出することは出来た。しかし、あの一年後にはイェルダ様が皇帝に……噂で聞く限りでは、段々とエンデュミオンの内情が酷い物になりつつあるらしいし、急いでいてジャンヌに詳しく話さなかったのは正解だったかもしれないな)
着替えをする動きがいつもより鈍いのは、夢見が悪かったからだろうか。ソロはあの時の事を片時も忘れたことはないが、だからこそ、今の状況でエンデュミオンに立ち入ることはしたくなかった。ジャンヌに相談する形を取ったのは、あくまでポーズである。未だ対抗手段の見つからないイェルダ皇女と出会うリスクは、絶対に避けねばならないことだ。もっとも、ジャンヌ自身も、実家のあるエンデュミオン皇国に立ち寄ることはしたくないと思っているだろうが。
ゆっくりと時間をかけて着替えを終え、溜め息交じりに宿の一階へ降りて行くと、ソロはその足で食堂へ向かった。こういう気分のスッキリしない時は、濃いめのゴナを飲むのが一番である。そうして食堂に一歩足を踏み入れると、そこでみえた光景にソロは思わず崩れ落ちた。アーデやジーナと一緒にテーブルを囲み、ジャンヌが豪華な食事を大量に食べまくっていたからだ。
「あ、ソロ、おはよー!」
「おはようございます、ソロさん」
「…………ジャンヌ、何をしてるんだ?朝っぱらから!」
「え?だって、ここの食事美味しいんだもの。ちょっとくらい贅沢してもいいでしょ?お金はあるんだし」
「~~~~っ!」
あっけらかんとしたジャンヌの返事を聞き、ソロは言葉にならない声を上げるとジャンヌの手を引っ張って強引に部屋へと戻っていく。慌ててその後を追うジーナも、何故ソロが怒っているのかはよく解っていないようだ。
ジャンヌ達に金がなかったのは、ジャンヌがすぐに装備をダメにするせいでそれにばかり金がかかっていたからだが、他にも理由がある。それは、ジャンヌの金銭感覚がちょっと、いや、だいぶおかしい所にもある。ざっくり言うと、彼女は金勘定が大雑把なのだ。
ジャンヌ達の部屋に入るや否や、ソロはジャンヌを手近な椅子に座らせ、何かを素早く紙に書くとそれをテーブルに叩きつけた。そのあまりの剣幕に、ジャンヌも、二人を追いかけてきたジーナも驚きを隠せない。そして、ソロは怒鳴るように叫んだ。
「あのなぁ!俺達の金に余裕なんかある訳ないだろうっ!?これを見ろ!」
「えっ?!だってほら、ジーナが500万ドルゴも出してくれたじゃない。あのお金、どうしちゃったの!?」
「ったく、君の世間知らずは相変わらずだな!いいか?俺達は一年以上をかけてレガリアに向かわなきゃいけないんだ。三人でだぞ?!安宿に泊まるとしても、一泊2万ドルゴで計算してみろ、500万あったって足りないんだよ!」
「ええっ!?そんな………………あ、ホントだ」
「あ、あの、ソロさん。私の分は自分で……」
「ジーナ、君はレガリアで加護を調べてもらうのに寄付をしなければならない。はっきり言って、寄付はかなりの高額なんだ。君のお金はその為に取っておいてくれ」
「あ、はい、すみません」
ソロにぴしゃりとそう言いきられては、ジーナに反論することなど出来るはずもない。実際、加護を調べる為の寄付は10万や20万ドルゴでは足りない額だ。加護を調べるだけでそんなに金が要るというのも妙な話だが、月光教はそれらの寄付やお布施を基に運営されているのだから仕方がない。人が自分の加護を知る事は、生きる上で絶対必要なことでもないのだ。
詰まる所、ジャンヌ達はこの旅の間も仕事をしていかなければならないのである。
「――さて、一通り村で話を聞いてきたが、今すぐに引き受けられそうな仕事はあまり無いな」
「だ、大丈夫ですか?ジャンヌさん。だいぶお疲れですけど……」
「ひ、久し振りにソロのお説教聞くと、効くわね~……アーデとダブルになるんだもの」
たっぷり一時間のお説教を受けたジャンヌは、目を回してテーブルに突っ伏してしまっていた。ソロは本気で怒って説教をする時、相手が逃げられないように自分の言葉をアーデを通しても伝えてくる。つまり、普通に喋っているソロの声とアーデを通して頭に直接響いて来るものと合わせて、ステレオ説教を行うのだ。一時間という時間は説教にしてはそう長くないが、この説教となると話は別だ。魔法師団長時代から、ソロを怒らせてこれを食らった団員は例外なく人格が矯正されるとまで言われ恐れられていたらしい。
そして現在、ジャンヌは説教を受けた後ヘトヘトになってダウンしてしまったので、ソロが一人で村を巡り依頼になりそうな話を聞いてきた所である。
今朝、ジャンヌが浪費した食事代はざっと10万ドルゴを超えていた。山間にあるこの村は、貴重なルボル茸の産地であり、それをふんだんにソースへ使ったステーキや料理をいくつも平らげたせいだ。一皿3万ドルゴもする料理を、5枚も6枚も食べていれば当然の結果である。これに宿泊代を合わせれば、出費はかなり大きい。ソロが怒るのも無理はないだろう。
「この近くにNeckがいるという情報もない。いっそ、次の大きな街で仕事を探した方がいいか?」
「は~い……わたしはそうした方が、うっぷ……!いいとおも、うぅ……」
「じゃ、ジャンヌさん、お水です!大丈夫ですか!?」
「やれやれ、大きな街は宿代も高いからあまり長く滞在したくないんだがな。ん?」
ちょうどその時、コンコンとドアをノックする音がしてソロは首を傾げた。特にルームサービスなどは頼んでいないし、宿代と今朝の食事代もきちんと清算済みだ。当然、宿の主人から文句を言われるような覚えもない。かといって、旅人であるジャンヌ達を訪ねて来る人物がいるとも思えない。ソロはやや警戒しながら、部屋のドアを開けた。
「はい、何か?」
「あの~、すみません。こちらに依頼を引き受けて下さる方がいると聞いたのですが……」
そこに立っていたのはすっかりハゲた小さな老人であった。杖をついていないので、足腰は丈夫なのかもしれないが、所在なく立ち尽くす姿からは生気が感じられない。幸薄そうなお爺さんといった人物だ。
しかし、パッと見てもソロはその人物に見覚えはなかった。ただ、依頼を引き受けてくれる相手を探しているという事は、恐らくだが、ソロが依頼を探している所を目にしたのだろう。そう考えると無下には出来ず、ソロは話を聞いてみることにした。
「ええ、まぁ、内容によりますが……何かお困り事でも?」
「へえ……実は、村外れにあるお屋敷に……その、出るんです」
「は?出るって、何が?」
「その~……幽霊というやつが」
「へ?」
「ゆ、幽霊ぃ~~っっ!?」
ジャンヌはその言葉を耳にした途端、絶叫して椅子から転げ落ちた。かくいう彼女は、霊や怖い話というものが大嫌いなのである。ソロがいくら理由を聞いても頑として答えようとしない辺り、過去に余程怖い思いをした事があるようだ。ソロは嫌がるジャンヌを無理矢理椅子に座らせ、老人から詳しく話を聞くのだった。
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