それぞれの家族模様
「まあまあ!バーソロミュー様、そんなにコワい顔してはいけませんわ。美丈夫が台無しですもの。あなたもダメよ、ギリアム。私の婚約者にそんな態度をとっては」
「申し訳ございません。イェルダ様」
「だから、それは……っ!」
ソロが反論しようと声を上げると、ちょうどイェルダと目が合った。その視線は、ゾッとするほど艶めかしく情欲が籠っていて、一瞬、気圧されてしまいそうになる。そうして言葉を詰まらせたソロを舐めるように見つめて、イェルダは言葉を続けた。
「ねぇ、バーソロミュー様。私、本当に心配でお見舞いに来たのです。あなたが私との約束を破り、薄汚いスライを拾って家に帰ってしまったと、そんなデマを聞かされたものですから。……もちろん、そんなことはウソですわよね?」
(この女、俺がジャンヌ嬢を連れ帰ったことを……あれからまだ4時間ほどしか経っていないというのに、大した地獄耳だ。俺を婚約者だとかいい加減な事ばかり言うのは、その有能さを隠すためか?)
「……何を仰っているのか解りません。さっきも言いましたが、お約束をキャンセルしたのも、医者を呼んだのもあくまで私が体調を崩したからです。それと、何度も言わせないで下さい。俺と貴女は婚約者でも何でもない、赤の他人だ」
「……うふふ、そうですか。では、そういうことにしておきましょう。元気そうなお顔も見られたことですし、安心いたしました。今日の所はこれで失礼させて頂きますわ。行きましょう、ギリアム」
「はい」
イェルダはそう言うと、微笑みを絶やさぬままに振り向いて、軽やかな足取りで去って行った。この場に彼女がいなくなるだけで、空気そのものが大きく変わった気がする。イェルダから圧倒的な存在感と得体の知れない何かを感じ、ソロは深く溜め息を吐き、カムランは腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。
「ふぅ、やっと帰ったか…………しかし、あれが、皇女イェルダ。確かに、ダルクが気を付けろと言った理由が解った気がする。あれは、一筋縄ではいかない相手のようだ」
――そんな接触から、さらに二週間。この日は、イェルダが留学から帰ったことを祝うレセプションパーティーが催されていた。実際にイェルダが帰還してから今日まで時間が空いているのは、皇帝バーンの容態を気遣ってのことである。バーンの容態が思わしくなかったこともあって、開催のタイミングを見計らっていたようだが、逆にこれ以上遅らせると、本当にバーンの命が尽きてしまう。そうなる前に頼れる皇女の帰還を内外に知らしめようと、彼女を推す一部の貴族達が強行した形だ。
当然、第一皇子や第二皇子派閥はそれを快く思っていなかったようだが、今回はイェルダが留学していた国の貴族も招待するということで、各皇子達も黙認することにしたようだ。彼らが国外へ出向くリスクを取る事なく、他国の貴族と直に接することが出来るのは今後の大きな利点になるからだ。
(それにしても、ここまで盛大な催しにするとはな。イェルダ皇女が本気で皇位を獲りに来ているというのは本当のようだ。確かに、実力はあるが……どうもな)
ソロはそのパーティーの出席者として招待され、今は魔法で気配を消して壁の花となっていた。あの後、直接皇女と顔を合わせる機会はなかったが、彼女の手腕には脱帽である。何しろ、彼女が留学から帰って今日までの間に、なんと五人もの大臣達の首が飛んだのだ。彼らはいずれも第一第二皇子派閥の重鎮達で、長く帝国に仕えた忠臣だったのだが、やはり長い間権力の傍にいると、不正や腐敗からは逃れられなかったらしい。皇女は彼らの不正を徹底的に調べ上げて証拠を手に断罪し、辞めさせてしまった。
唯一、その内の一人が罪を認めようとせず、追い詰められた挙句に皇女へ叛意をみせたらしいが、それを容赦なく切り捨てたというのだからその苛烈さは凄まじいと言わざるを得ない。そして、それをやったのはあのギリアムである。
未だ王位継承権の筆頭は、長男である第一皇子パトリックにあるが、いなくなった大臣達の後釜が全員皇女派の人間であることからみても、外堀は埋まりつつあるだろう。もしかすると彼女ならば、第一皇子の命さえも……と噂する者さえいる始末だ。
(いくらなんでもパトリック皇子を排除するなど荒唐無稽な噂に過ぎないが、きな臭いものを感じるのも事実だ。このパーティ、荒れないといいがな。それはそうと、パルテレミー家の関係者は……あれか)
ソロは会場の片隅に居ながらも、とある人物の捜索を行っていた。ソロがわざわざこのパーティに出席した理由は他でもない。ジャンヌの家族である、パルテレミー家の関係者と接触する為だ。
ジャンヌを連れ帰ってから二週間が経ち、現在のジャンヌはソロの屋敷で見習いの侍女として働いている。元々怪我もなかったジャンヌは、ソロの屋敷で栄養を摂らせるとみるみる内に回復し、次第に元気を取り戻していった。そこで、ジャンヌに何故スライとして生活していたのかを聞くと、信じられない答えが返って来た。どうも彼女は、実家で虐待としか思えない暮らしを余儀なくされていたらしい。
流石に彼女の言い分を全てそのまま鵜呑みには出来ないとはいえ、涙を流して家に帰りたくないと懇願されては、叩き出すのも忍びない。下手に追い出せば、またスライに逆戻りするのは明白だ。結局、彼女を雇い上げることで一応の解決をみたのだが、そこはソロも冷静な男である。このパーティにパルテレミー家の関係者が出席していれば、探りを入れてジャンヌの言葉を確かめようと考えたのだ。
今日までにソロが独自に調べた所、長女であるジャンヌがいなくなっても、パルテレミー家やその領地では特に焦ったり探している様子はない。もしや、当主やその奥方に何かあったのでは?とも思ったが、ああして元気に話をしている所を見るとそういう訳でもないようだ。
パルテレミー家の当主ジャンゴとその妻アメーリアは、ごくごく自然な形でパーティに溶け込んでいた。二人の間には、まだ幼いながらも落ち着いた立ち振る舞いをする美しい少女が立ち、パーティ客と歓談している。その少女こそがジャンヌの実の妹で、ジャンヌが虐げられる元凶となったというアネット・パルテレミーである。
(ジャンヌがいなくなったというのに、彼らは全く気にしている様子はない。どうやら、あのアネットという娘をお披露目する為に、パーティに参加したようだな。やはり、ジャンヌの話していたのは事実だったのか?)
ソロはそっと魔法を解くと、人の流れをうまく利用してパルテレミー家に近づいた。改めて近くで見ると、彼らはとても仲睦まじい家族だ。誰が見ても完成された一家だと思うだろう。だが、ジャンヌの存在を知るソロにとって、それは何とも異様で、おぞましい形にも見えた。
「失礼、初めましてパルテレミー伯爵。私は魔法師団長を任されているバーソロミュー・サマーヘイズと申します。以後、お見知り置きを」
「おお、あなたがかの有名な猛禽の月卿殿ですか、お噂はかねがね窺っておりますよ。何でも、魔法師団始まって以来の天才と謳われているとか。我が領地にも魔法兵が任務に就いていますが、皆一様にそれはもうあなたの事を褒めていらっしゃる。我がパルテレミー家も魔法についてはそれなりのものと自負しておりますが……これは確かに素晴らしい才能をお持ちのようだ」
ジャンゴはそういうと、ソロの全身に素早く視線を送り、にやりと笑みを浮かべてみせた。ソロはその一連の行動だけで、彼がソロの内に秘めている魔力を推し量ったのだと理解した。優れた魔法使いは、相手の実力を量る能力も高いのだ。このジャンゴという男は柔和な気配を漂わせているものの、相当な実力と自信を持った人物であることが窺える。
「ああ、申し遅れました。私がパルテレミー家当主のジャンゴ・パルテレミーです。それと、こちらが妻のアメーリア、そして」
「初めまして、バーソロミュー様。私はアネット・パルテレミーでございます」
アネットはまだ幼さの残る少女だが、それでも完璧な振る舞いでソロにカーテシーをしてみせた。その姿と内在する魔力をみれば、彼女が令嬢としても、またとても優秀な魔法使いになることも想像は容易いだろう。だが、だからこそソロはジャンヌが余りにも不憫に感じ、つい言わずにはいられなかったようだ。
「まだお若いのによく出来た娘さんですね。御父上としては鼻が高いでしょう。ああ、娘さんと言えば、パルテレミー家にはもう一人ご令嬢がいらっしゃったのでは?確か、名前はジャンヌ……っ」
その名を出した途端、ジャンゴとアメーリアの表情が一変し、激しい敵意と憎悪がソロに向けられた。余計な事を言うなと、脅すつもりなのは明らかだが、自分達がジャンヌの縁談をソロに持ちかけたことなど忘れてしまっているかのだろう。たったそれだけで、ソロはジャンヌの話が全て真実だったと確信が持てた。彼らにとって、ジャンヌは不要な邪魔者であり、家族の一員としても見られていなかったのである。
一触即発の空気が漂い、ジャンゴが口を開こうとしたその時、音楽が止み、すぐに会場が暗闇へと包まれた。次の瞬間、スポットライトを浴びながら会場に入って来たのは皇女イェルダである。燦然と輝くように立つ彼女の姿に、参加者達は息を飲む。そうして、静まり返った会場で、イェルダは声を上げるのだった。
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